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三匹の鬼 10-8

3色目        『三匹の鬼 10―8』


雲ちゃんのお兄さんが落ちてから3日、


お兄さんも文ちゃんもまだ意識が戻らずにいた。




「・・・」


ちらりと隣で座る雲ちゃんを見る。


昨日もあまり寝つけていなかったから、目の下には真っ黒な


隈が出来ていて、とても痛々しいよ・・・。


「雲ちゃん」


「ん?」


「大丈夫?疲れているならおうちで・・・」


「大丈夫だよ」


「・・・」


「大丈夫だよ、玄ちゃん」


あの日から、お兄さんの事件を知ってしまった日から、雲ちゃんは


私のことを『嫁さん』と呼ぶのを止めてしまった。


私は全く気にしてなかったけど、でもどうしても今、


私のことを『嫁さん』と呼んではいけないって言われてしまったから、


だから私は何も言わず了承して、それからはずっと私のことを雲ちゃんは


『玄ちゃん』と呼んでいる。


少しこっ恥ずかしいけど、雲ちゃんがそうしたいなら私は雲ちゃんの意見を


尊重するだけだ。


それで少しでも雲ちゃんの気持が楽になるなら、それでいいの。それで・・・。


「初めまして」


突然声を掛けられたので、私の視線は雲ちゃんから声を掛けてきた奴に移動する。


私がそいつの顔を見たのと同じ位のタイミングで雲ちゃんもそいつの顔を見た。


「・・・っ・・・あ・・・」


一瞬で顔色を今以上に悪くする雲ちゃん。その手をギューって両手で握ってあげながら、


私は雲ちゃんの目を見る。


じーっと、瞳を逸らさないように、雲ちゃんの目を見て、雲ちゃんの心がどっかに


行っていないか確認してから片手だけ離してポケットの中に入れている


コインケースを雲ちゃんの手の中へしっかりと握らせると、御遣いを依頼。


「雲ちゃん、ジュース買ってきて」


「じゅ・・・ジュース・・・?」


「そうよ。3本よ、3本」


「3・・・本」


「いちごミルクとリンゴ100%とホットのコーヒー。全部紙パックで」


「紙パック・・・。・・・ホットは無いんじゃないの?」


「あります。この病院の一番奥にある売店で売ってるから」


「・・・うん」


「買ってきて。急がなくていいから」


「・・・・・・分かった」


頷くと、雲ちゃんはゆっくりとした足つきで売店へ向かって歩いていく。


ふぅ、まずは第一関門は突破。よっしゃ。


じゃあ、次は第二関門・・・ていうか本題に入らなきゃ。


「・・・お待たせ」


「待ったわ。座っていいかしら?」


「左になら」


「了解」


私の左隣に座った女。平然とした顔でそこに座る女・寵愛 本初。


奉ちゃんの事件を引き起こすことになった元凶で、お姉ちゃんの親友。


そして被害者家族。


「・・・何ですか」


「特に何も」


「そう」


「ただ」


「ただ?」


なんだというのだ。私に感謝しろとでも言うのだろうか。お姉ちゃん


が再起不能状態で誰も文ちゃんの容体を見てあげられないからって、


毎日病室で文ちゃんの様子を見て貰っていることを。


あの日、誰よりも早く救急車を呼んだことを。


「あなたとは今まで直接話したことがなかったから」


「・・・だから?」


「だから。だから声を掛けたの」


「・・・」


意味わかんない。


「ねぇ」


「何」


「あなたはやっぱり私を恨んでいたのよね?」


「はい」


「あなたの友達、讐居瑠葉さんが持つ優れた殺傷能力を利用してこの町の住人全員を


襲わせて私自身の復讐を果たそうと思い、その子の友達だった外路さんを囮にする


ために襲おうとしたことを、あなたは恨んでいるのよね」


「・・・あの時は、恨んでいた」


でも、それはもう私にとってはどうでもいい過去と成り果てた。


この女がお姉ちゃんにそのことを話している所を立ち聞きしてしまった私は当時、


あの時はまだ信じていた外路に事情を説明して二人をこの件に巻き込まないように


出来る限りのことをしたのに・・・、なのに外路のせいで全ておかしな方向に


歪んでしまって・・・。


ま、もう外路は居ないし、奉ちゃんは彼氏のお蔭で安定しているから、


もうこの話を私が蒸し返すことも思い出すことも、悔やむことも、もう・・・


しなくていいんだ。


「今は?」


「どうでもいいです」


「弟塚の事件について私が貴方たちに全てを話してしまったことは?」


「別に」


「お姉さんを殴ったり、孟徳をあそこまで落ち込ませたのに?」


「それは、私には関係が、ない、こと、だから」


「そう」


「そう、です」


嘘、本当は心底恨んでる。殺してもいい。


でも、そんなことをしても意味が無いのは分かってるから、過去改変が出来るわけが


ないのだから。だから私は何もしないし、思わないようにした。


ただあえて言うのなら、私の大切な人の心を傷つけるような話を今更、しかもみんなが


一番幸せだったあの時に蒸し返してきたことだけは、一生許すつもりはない。


それでもこの女にそれを言わないのは、ただ単に邪魔だから。


これ以上私たち三姉妹や雲ちゃんたち三兄弟だけで創り上げてきた世界に介入するの


だけはやめて欲しい。


だから


「私も、雲長も、あなたのことを、恨むなんてこと、ありませんから」


「・・・」


「殺そうなんて、しませんから」


「・・・・・・そう」


「はい」


「・・・そう」


「・・・」


どこか寂しそうな声でそう言うと、寵愛は立ち上がり、そして私の方を見る。


寵愛 本初は笑っていた。笑いながら、私に最後の言葉を送った。


「じゃあ、私はこの町から出て行くから」


「そう、・・・ですか」


「元気でね」


「あなたも」


とても爽やかに別れを告げて、寵愛は歩き出す。しかし何かを思い出したのか、


立ち止まり私に向かって大きな声で言った。


「お姉さん、意識戻ったよ!」


「え・・・」


手を振り、再び歩き出す寵愛 本初。その横をトボトボとジュースを抱えながら


雲ちゃんが通り過ぎたけど、彼女は雲ちゃんに声を掛けることもせずそのまま


出口に向かって歩き出してしまう。だから私も御遣いから戻ってきた雲ちゃんには


何も言わなかった。


「ただいま」


「おかえり」


「あったよ」


「何が?」


「ホットのコーヒー。紙パック製品で」


「・・・でしょ?」


買ってきてくれた紙パックジュースを受け取ると、


私は雲ちゃんに文ちゃんの意識が戻ったことを報告する。


雲ちゃんは凄く喜んでくれて、そのまま私の手を取り病院の廊下を走り出した。


人間に無関心なこの町では、病院内で走っても誰も注意をしないので私たちは


文ちゃんのいる病室に向かって手を握り合いながら、駆けていく。

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