三匹の鬼 10-9
3色目 『三匹の鬼 10―9』
我が主が部屋に籠って3日。俺が我が主宅に寝泊りをして3日目、
寵愛氏が来た。俺に会うために。
「・・・どうぞ」
我が主は未だに部屋に籠っているので代わりに客人へ家に置いてあった
紅茶とクッキーを拝借して差し出すと、俺は寵愛氏の前に座りまずは
軽く頭を下げた。
「此度は・・・我が兄が大変失礼なことを・・・」
「あ、そういうことは言わなくていいから」
「しかし」
「いいから。顔を上げて貰えないかしら?折角淹れてくれた紅茶が
不味くなっちゃう」
「・・・はぁ」
顔を上げて改めて寵愛氏の顔を見る。特に怒っている訳でもなく、
ただじっとこちらを見ていたので少し恥ずかしくなり視線を逸らす。
「な、何でしょうか」
「いや・・・、孟徳が好きになった男の顔をこんなに間近で見るのは初めてだなーと
思って。あなた結構カッコいいのね」
いきなり何を言い出すのかと思えば・・・。氏は一体、何しにここへ来たのだろうか。
「あ・・・ありがとうございます」
「褒めてない」
「・・・」
うん、どうも自分はこの人が苦手だ。我が主の御親友でなければ正直関わりたくない
方だ。
「そんなハンサムな貴方は、どうして人が死ぬところを見ると性的興奮を起こすの?」
「・・・・・・さぁ」
「自分でも分からないんだ」
「・・・そうですね」
「そう・・・。まあ、だからこそ殺人狂である孟徳と相性がよかったのかな」
「・・・」
こいつ・・・、いや、氏は本当に何をしに来たのだ。我が主に声を掛けるでもない、
俺に話しかけて来たかと思えば人の性癖に触れて来て・・・。意味が分からないし、
気分が悪い。
・・・気に喰わない。
「・・・あなたは」
「え?」
「なら、あなたはなぜ『町内アイドル』などと、ご自身のことを言っているのですか?
そんな風に言っているのはあなたと我が主二人だけだし、あなたがいつも連れている
奴ら。あれだって・・・」
「あれはバイトよ」
「は?」
「親衛隊のフリをするバイトをしている子たちよ、彼らは」
「はぁ?」
意味が・・・いや、そもそも寵愛 本初という女、本人すらよく分からなくなってきた。
そして・・・我が主のお気持ちも・・・その心中を読み解くことが俺にはどうにも
出来そうにない。
「彼らは私が雇っているバイト。私の指示通りに動くこと、命令を聞くことを業務として
それをやってくれた子たちには毎日お金を渡しているの」
「なんでそんなことをしてるんですか。そこまでしてあなたと我が主の二人だけで
創り上げた『町内アイドル』設定を押し通したいのですか?」
ぶっちゃけ、二人とも馬鹿なんじゃないか?・・・とは言えなかった。
「・・・だって、アイドルを崇拝する人間はその人のためなら何でもしたいと思うし、
好きなアイドルに何かお願いされれば絶対に断わることはしないでしょ?」
「何を言ってるんですか」
「私は『町内アイドル』なの。
アイドルを支援して崇拝するのが『親衛隊』なの」
「だから何言って・・・」
「だからそいつらは、崇拝する私が死んでくれと言ったら喜んで死を選ぶでしょ?」
「・・・!」
「その死に悲しみはない。あるのは、愛する者の命令に従って死ねた悦びだけ」
「いや、いや、それは・・・」
そんなのは・・・極論だろ。そんな風に考える奴なんて誰も居ないぞ?
「だから私は悪くないの」
「悪いでしょ」
「相手の同意を得てから殺してるから」
「そういう問題じゃなくて」
「何の断りも無く相手を殺したわけじゃないから」
「だからそういうことじゃ・・・」
・・・無い・・・んだけど・・・。だけど、だけどだけどだけどだけど・・・。
「だから私は、あなたたちのお兄さんとは違う・・・・・・の」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごめんなさい・・・。
あなたに言ったって・・・どうこうなる話じゃないのにね・・・」
顔を俯かせ、寵愛氏は一人涙を流し始めた。こっちが泣きたいんだよ、
このバーカ。
そう言えればいいんだが、如何せんどうもそういうことを心で思っても口では言えない
若干他人と距離を置いてしまう弱虫な奴故に何も言うことが出来ず、とりあえず
目の前にあるクッキーを口に含んだ。甘い・・・甘いが美味しいとか、そういう感覚が
今はどうにも鈍っていて何も感じられない。ムシャムシャと無言で幾つも口に頬張るが
どれもこれも味が感じられず、まるで砂でも食べているようだった。
不味い・・・不味くて、とても虚しい。
思い返せば我が主からある日、突如誘われた夜のデート。
初日、俺は心躍らせて夜を待っていた。我が主がうちにきて、さあどこへ行こうかな
―・・・なんて思っていたら、我が主は突然うちに置いてある武器を所望してきた。
?となりつつもご命令には従わなければと思い何となく倉庫から持ってきた斧。
それを我が主に渡すととても喜ばれ、そしてそのご満悦なお顔のままで仰ったのだ。
『これからここに書いてある地図の家を回って、その家に住む人間を全員襲うわよ』
??となったけど、我が主がそうしたいならとノコノコ付いていった俺は、初日から
ヘビーな現場を見せられたゲロの一つでも吐けばいいものを、我が主の美しき
技の数々と飛び散る赤い雨に魅入られて勃起していた。
帰り道、その日奇襲した家全てか寵愛 本初氏の親衛隊の家だという事を知らされた。
なぜそんなことをするのかと我が主に尋ねたが、その答えは『私が本初のことを
気に喰わないから。
あいつの周りにいる奴らをどんどん減らして本初を困らせてやりたいの』だそうだ。
しかしそうは言っていたものの、寵愛氏本人からメンバーの地図を貰っていたり、
二人っきりで話をしている時は我が主も寵愛氏も普段とは違いとても落ち着いていて、
罵倒し合うことは無く終始穏やかにお話をするだけで、どう見てもお互いがお互いを
嫌ってるようには全く、全然、見えなかったしそう思えなかった。
だけど我が主が『本初は私のライバル。敵よ、敵』と言うのだから、配下である俺は
我が主の意見をそのまま受け止めるしか無く、結局夜のデートの真意を聞くことも
無いまま、今日まで我が主と共に夜の町を歩き、抱き合っていた・・・。
ま、我が主のことはいいのだ。我が主の言う事は絶対。間違っていても我が主が
正しいと言えば正しくなり、私のものと言えば我が主のものになるんだ。
そういうお方なのだよ、あの方は・・・。
などと考えていたら寵愛氏の口が再び開く。ゆっくりと、消えそうな声で。
「懺悔・・・だったのかも」
「誰に対してのですか?」
「・・・さぁ。自分でも分からないや・・・」
「・・・・・・そうですか」
―・・・じゃあもう喋るな。
俺にとって、あんたはどうでもいい存在だ。
今改めてそう思ったよ、寵愛氏。
それから暫くして、寵愛氏は出て行った。
何でもこの町から出て行くそうな。妹さんの件もあったし、まあ賢明な判断だな。
我が主にも会わず、俺に懺悔とかふざけたことをペラペラ喋った挙句に家を出る際、
彼女はぽつりと呟いた。
「さよなら」
それが我が主への言葉なのか、それともこの名前の無い町への言葉なのか、
そんなこと俺が分かる訳もなかった。




