その取引
読んでいただきありがとうございます。
日本語にはまだ不自然な部分があるかもしれません。
もし誤訳や不自然な表現などがありましたら、コメントで教えていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
「お前は死んだんじゃない……」
「行方不明になったんだ……」
男の苦い笑みは、無理やり笑おうとしているかのように、どんどん歪んでいく。
「そうだ……」
ボスはアウエルの目をまっすぐに見つめた。
「お前は――失われた王子だ」
アウエルもまた、男の目を見返した。
「それで?」
その声は、完全に冷静だった。
「怖いのか?」
ボスの身体がわずかに震えた。
「……はっ。なぜ俺が怖がる?」
「なら、俺をここから出して取引をしないか?」
「取引だと?」
ボスは鼻で笑った。
「おい、坊主。身の程を知れ」
「お前が重要な人物だってことは分かった」
「だが、なぜ俺がお前を解放して、取引なんかしなきゃならない?」
アウエルは黙った。
そして――ゆっくりと身体を後ろへ傾ける。
――ドンッ!
牢の柵へ、頭を叩きつけた。
部屋にいた全員が、びくりと身体を震わせる。
「おい、何やってやがる!?」
盗賊の一人が叫んだ。
アウエルは身体を起こす。
そして再び、背中を引く。
――ドンッ!
また。
そして――
――ドンッ!
何度も、何度も頭を柵へ叩きつける。
額から血が流れ始めた。
それでも止めない。
何度も頭を叩きつけ続ける。
「お前……自殺する気か?」
アウエルの動きが止まった。
顔を伝って流れる血越しに、ボスを見つめる。
「……忘れているものがないか、確かめてみよう」
そう言うと、再び頭を柵へ叩きつけ始めた。
ボスの表情が変わった。
しばらく考える。
そして――思い出した。
あのペンダント。
男の目が見開かれる。
「おい、そいつを出せ」
「で、ですが、ボス――」
「出せと言ったんだ!」
ボスが声を荒らげる。
二人の盗賊はそれ以上何も言わず、慌ててアウエルの牢を開けた。
手首の拘束を外し、二人は距離を取る。
アウエルは牢から出る。
そして、手の甲で額から流れる血を拭い、ボスの顔を見つめた。
「さて……話をしよう」
ボスは無理やり笑みを作った。
「ああ……」
「話そうじゃないか」
* * *
アウエルとボスは、ボス専用の部屋へ移動した。
そこは普段、ボスが取引について話し合うために使っている部屋だった。
アウエルが先に口を開く。
「単刀直入にいこう」
「まず、俺の仲間を解放してもらう」
「そしてもう一つ」
「ここにいる奴隷を全員、解放してもらう」
ボスが眉をひそめた。
「おい、おい、おい」
「誰もお前に取引のやり方を教えなかったのか?」
「取引ってのは、双方に利益があるものだ」
「それなのに、どうしてこの取引ではお前だけが得をする?」
アウエルは冷静なままだった。
「生きて帰れることは、利益にならないのか?」
ボスは舌打ちする。
「チッ……そんなことを言われても、利益とは言えねぇな」
男は目の下の傷を指で擦りながら、しばらく考えた。
「……こうしよう」
「お互いに利益がある取引にする」
「まず、お前と仲間は解放する」
「ただし、お前たちの持ち物は全部置いていけ」
「そして二つ目」
「ここにいる奴隷の半分を解放する」
「ただし、誰を解放するかは俺が決める」
「……どうだ?」
ボスは本当に落ち着いた様子でアウエルに尋ねた。
アウエルは少し考える。
「奴隷は何人いる?」
「んー……五十人くらいだったか」
「なら、話を簡単にしよう」
「俺は二十五人だけ残して、残りを解放する」
そう言って、ボスは続けた。
アウエルは椅子にもたれ、再び黙り込む。
「おい、いいだろ?」
「十分だと思わないか?」
「こっちはすでにかなり商売に損が出てるんだ」
「利益の半分を手放すってのは、俺にとっても痛い」
「だから公平にするために、お前たちの持ち物を置いていけと言ってる」
「少なくとも、それなら売ることができるからな」
アウエルは小さく息を吐いた。
「……分かった」
ボスはようやく笑みを浮かべ、アウエルへ手を差し出す。
「それじゃあ……取引成立か?」
アウエルはその手を握った。
「ああ。成立だ」
「なら、先に仲間を連れていく」
「奴隷のことはお前に任せる」
ボスはそれ以上何も言わなかった。
「ああ」
アウエルは部屋を出ていく。
残されたボスは一人、頭を抱え始めた。
額には血管が浮き出ている。
「あのクソ王子……」
「よりによって、なんであいつなんだ?」
「それに……どうやってここへ来た?」
「なんであいつが、こんなにも俺の邪魔をする?」
「なんでだ……?」
「なんで……?」
「なんでだ!?」
「なんでだあああっ!?」
その時、再び扉が開いた。
入ってきたのは、先ほどの二人の盗賊だった。
「あの……ボス、どうしたんですか?」
ボスは深く息を吸い、どうにか落ち着こうとする。
「俺のことは気にするな」
「安い奴隷を全部解放しろ」
「そして、高く売れる奴は残せ」
「……え?」
二人の盗賊は信じられないものを見るような目でボスを見る。
「で、でも、どうして……?」
「いいから言った通りにしろ」
「俺たちには、もうどうすることもできねぇ」
「早くしろ!」
ついにボスが怒鳴った。
「は、はい! ボス!」
二人はそれ以上何も尋ねず、すぐに命令を実行し始めた。
* * *
しばらくして――
アウエルは洞窟の外で待っていた。
雨はまだ降り続いている。
一人、また一人と、奴隷たちが洞窟から出てくる。
彼らは木々の下へ集まり、全員が解放されるのを待ちながら、互いに身を寄せ合って寒さを凌いでいた。
シルフィーもそこにいた。
彼女はまだ意識のないエリンの隣に座り、彼女が無事であることを確かめていた。
シルフィーは布切れで、エリンの頬についた雨を優しく拭う。
すると――
エリンがゆっくりと目を開いた。
「こ、ここは……?」
「あっ……エリン! やっと起きたのね!」
シルフィーはすぐにエリンを抱きしめる。
「な、何があったんですか?」
「盗賊にさらわれたの。でも、もう大丈夫よ」
「盗賊……?」
エリンは周囲を見回す。
そして――
「あ、アウエル!」
すぐに立ち上がり、アウエルのもとへ駆け寄った。
「お、おでこ……!」
「俺は大丈夫だ」
アウエルはそう言いながら、隣に倒れているリカを指差した。
「先にリカを治してくれ」
リカの身体は、無数の痣に覆われていた。
「リ、リカ……何があったんですか?」
「あいつらにやられた」
アウエルは答える。
「先に治してくれ」
エリンはもう一度、周囲を見回した。
「わ、私の杖は……?」
「悪い。装備を取り戻すことはできなかった」
「そ、それなら大丈夫です」
「アウエルさんのせいじゃありません」
「まだ魔法は使えますから」
エリンはその場に座り、リカの痣を治し始める。
リカの身体が、緑色の光に包まれていく。
その時、シルフィーが近づいてきた。
「それで、これからどうするの?」
彼女は腕を組む。
「この状態じゃ、クエストを報告することもできないと思うんだけど」
「それに、装備はどうするの?」
「武器もないのに、どうやってお金を稼ぐのよ?」
「明日まで待て」
アウエルは答えた。
「その後で考える」
その時――
洞窟からボスが姿を現した。
雨の中を歩き、こちらへ近づいてくる。
そして、三人の目の前で立ち止まった。
シルフィーはすぐに拳を握り締める。
「これで最後だ」
「これで、お前たちは自由だ」
「待って」
シルフィーが尋ねる。
「私たちがここを出た後、あなたたちが後をつけてこないって、どうやって信じろっていうの?」
「おい、落ち着け……」
ボスは両手を上げる。
「俺たちにもルールってもんがある」
「取引は取引だ」
「お前たちから何かを奪ったり、追いかけたりはしねぇよ」
「その通りだ」
アウエルが口を挟む。
「ありがとう」
ボスは薄く笑った。
「どういたしまして」
そう言うと、背を向けて洞窟へ戻っていった。
「ちょっと!」
シルフィーは眉をひそめる。
「どうしてあんな盗賊の言うことを、そんな簡単に信じるのよ?」
「受け入れろ」
アウエルは答える。
「俺たちには、もう何もできない」
「まずリカを街へ連れて帰れ」
「俺はあいつらと話をする」
そう言って、アウエルは木の下で身を寄せ合っている奴隷たちのもとへ歩いていった。
「ねぇ、エリン」
シルフィーはエリンのそばにしゃがみ込み、小声で尋ねる。
「アウエルが王子だってこととか、あのペンダントについて何か知ってる?」
エリンは少し考えた。
「わ、私は何も……」
「何があったんですか?」
「……何でもない」
「今のは忘れて」
シルフィーはアウエルの背中を見つめる。
(あいつ……一体何なのよ?)
アウエルは奴隷たちの前まで歩いていった。
ほとんどの者が怯え、寒さに身体を震わせている。
「怖がらなくていい」
「俺はお前たちに危害を加えるつもりはない」
「自分の家へ帰れ」
「ただし、もし村がなくなっているなら――」
「この街の東に小さな村がある」
「そこにいる人たちは優しい」
「きっと、お前たちを受け入れてくれる」
何人かはすぐにその場から走り去っていった。
残った者たちも最初は戸惑っていたが、やがて一人ずつその場を離れていく。
だが――
一人だけ、その場から動かなかった。
獣人だった。
虎の獣人で、大きなお腹をしている。
彼女は突然、アウエルの前に跪いた。
身体を震わせながら――
「あ、ありがとうございます……」
アウエルは冷たい声で答える。
「……行け」
獣人はすぐにその場を離れていった。
* * *
夜は更けていった。
やがて雨も止む。
アウエルたちは宿へ戻り、そのまま眠りについた。
――アウエルを除いて。
彼はベッドの端に座ったまま、起きていた。
やがて、静かに部屋を出る。
宿を抜け、近くの路地へ入っていく。
そのまま進んでいくと――
路地に面した一つの扉が開いた。
中から、一人の男の影が現れる。
男は静かに扉を閉めると、そのまま路地の中央に立った。
月明かりが、その人物の姿を照らし出す。
アウエルの前に立っていたのは、背が高く、洗練された雰囲気を持つ年配の男だった。
白い髪は綺麗に後ろへ撫でつけられている。
上唇には細い口髭。
仕立ての良い黒いスーツに、白い手袋。
足元には磨き上げられた靴。
その身なりには、一分の隙もなかった。
貴族に仕えることに慣れた者だけが持つ、静かな品格を漂わせている。
アウエルが足を止める。
同時に、老人が頭を下げた。
「お会いできて光栄です、若様」
「顔を上げろ、セバス」
アウエルが命じる。
老人は静かに身体を起こした。
「申し訳ありません……」
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「聞きたい」
アウエルは尋ねる。
「最後に、森の周辺を警備兵が巡回したのはいつだ?」
「私の記憶が正しければ、先月です」
「ギルバートもか?」
「はい」
「ギルバートは現在、魔王軍への対抗部隊として、兵士と冒険者たちを指揮する任に就いております」
「ですので、彼もこちらまで手が回らないかと」
「何か問題でもございましたか?」
セバスが尋ねる。
「ああ」
アウエルは答えた。
「お前一人で処理できると思う」
「森の中に盗賊の拠点がある」
「そこを片付けてほしい」
「奴隷の半分はすでに解放した」
「だが、残りの半分がまだあそこにいる」
「それと、俺たちの装備も全部奪われている」
「……任せられるか?」
セバスは自信に満ちた小さな頷きを返した。
「はい。私一人で十分に対処できます」
「なら、あの村は?」
アウエルが尋ねる。
「何か進展はあったか?」
「はい。すべて予定通りに進んでおります」
「これで十分かと思います」
「もう他のことを心配する必要はございません、若様」
「そうか」
「なら、報告を待っている」
アウエルは背を向けた。
宿へ戻ろうとした、その時――
セバスが再び声をかける。
「若様、一つお尋ねしても?」
「何だ?」
アウエルは振り返る。
「次の計画についてです」
「本当に……予定通り進めるおつもりなのですか?」
アウエルはしばらく黙った。
そして、セバスを見ずに前を向く。
「……ああ」
「俺には、他にどうすることもできない」
それだけ答えると、アウエルは宿へ戻っていった。
セバスは路地にある扉の一つを開け、その中へ入っていく。
* * *
夜はさらに更けていった。
もうすぐ朝だった。
アウエルは部屋の椅子に座り、窓の外を眺めていた。
リカはまだ眠っている。
その時――
ドアノブが動いた。
カチャ……。
扉が音もなく開く。
黒い仮面をつけた男が、部屋へ入ってきた。
その仮面には赤い線が走っている。
まるで悪魔の顔を模したような仮面だった。
男は静かに扉を閉める。
「それで、どうだった?」
アウエルが振り返り、尋ねる。
男はゆっくりと仮面を外した。
そして、その顔を露わにする。
「問題ありません」




