エルフ王国 - 7
シルフィは人生で最も幸せな日々を過ごしていた。
再び、大切な誰かと旅をすることができたからだ。
町から町へ旅をし、依頼をこなし、ランクを上げ、新しい思い出を積み重ねていく。
少しずつ、フォエンたちを失った悲しみも薄れていった。
だが、幸せは永遠には続かない。
ある日、彼女たちは盗賊団討伐の依頼を受けた。
その依頼は、またしても悲劇で幕を閉じた。
再びシルフィは、自分を守ろうとして命を落とすカリフを目の前で見届けることになった。
「シ、シルフィ……逃げろ……」
必死に彼女を庇うカリフ。
その胸には剣が深々と突き刺さっていた。
刃から血が滴り落ちる。
剣を握る盗賊は、不気味な笑みを浮かべていた。
シルフィの体は動かなかった。
動けない。
助けられない。
叫ぶことすらできない。
そして今回も、彼女にできたことは――
……逃げることだけだった。
「また……死んじゃった」
シルフィは静かに呟く。
「同じ顔の人が、また私の目の前で死んだ」
「そのあと私はギルドへ戻って、依頼失敗の報告をしたの」
俯きながら続ける。
「でも……また不思議なことが起きた」
「誰かが私に声を掛けて慰めてくれたの」
「その人も、同じ顔だったの?」
ヘレンが静かに尋ねる。
シルフィは頷いた。
「うん」
「最初は本当に怖かった」
「私には呪いが掛かってるんじゃないかって思った」
「私に近づく人は、みんな死んじゃうんじゃないかって」
「だから、その人が話しかけてきた時も距離を置いた」
「他のみんなみたいに、不幸になってほしくなかったから」
彼女は小さく微笑む。
「でも数日後、その人は冒険者じゃなくて、ただの農家だって分かったの」
「それからは畑仕事を手伝うようになった」
空を見上げる。
「あの日々は……本当に普通だった」
「魔物もいない」
「危険な依頼もない」
「ただ穏やかな毎日」
「まるで夢の中にいるみたいだった」
「その時初めて思ったの」
「……この人の隣でずっと生きていけるかもしれないって」
少女たちは静かに話を聞いていた。
「でも、それも長くは続かなかった」
「その人は少しずつ年老いていった」
「髪は白くなって」
「手には皺が増えて」
「ある日、『最後に流星群を見たい』って言ったの」
「だから一緒に見に行った」
シルフィは優しく笑う。
「あの夜は、人生で一番幸せな夜だったと思う」
その笑顔がゆっくりと消えていく。
「でも同じ夜に……また私を置いていった」
静寂が流れる。
「ギルドへ戻った時には、もう驚きもしなかった」
「また同じ顔の人がいたから」
苦笑する。
「何度も」
「また何度も」
「名前は違う」
「思い出も違う」
「生き方も違う」
「でも顔だけは、いつも同じだった」
「その時、ようやく気付いたの」
「呪われていたのは、私がみんなを不幸にすることじゃない」
「本当の呪いは――」
「……何度でも同じ人と出会ってしまうことだった」
自分の手を見つめる。
「大切な人と過ごす時間は、本当に幸せ」
「でも同時に……」
「その人がいなくなる瞬間には、もう耐えられなかった」
「だから冒険者を辞めて、エルフの国へ戻ってきたの」
「もう二度と、あんな思いはしたくなかったから」
「そして今……」
アシュリーが静かに言う。
「またアウエルとして、その人に出会ったのね?」
シルフィは頷いた。
「うん」
「久しぶりにあの顔を見た時、本当に、本当に嬉しかった」
「エルフの国へ戻ってきて、もう三年近く経ってたから」
「また外へ出たいって思っちゃった」
「また一緒に旅がしたいって」
「ここであった出来事を全部話したいって」
膝を抱える。
「でも……怖いの」
「また最後に、一人だけ残されるあの気持ちに耐えられるのかなって」
ヘレンは腕を組んだ。
「でもさ」
「もしアウエルだけは違う人だったら?」
シルフィは目を瞬かせる。
「前の人たちはみんな明るい性格だったんでしょ?」
「でもアウエルは全然違うじゃない」
「そうそう」
アシュリーも頷く。
「今回は結末が違うかもしれないよ」
「あー……分かんない」
シルフィは肩を落とす。
「あの人の暗い雰囲気、本当にゾクッとするのよね」
それからエリンを見る。
「エリンは、どうしてあんな顔をしてるのか聞いたことないの?」
エリンは少し考える。
「えっと……聞いたことはないです」
「でも、聞いたとしても答えは分かる気がする」
ヘレンが言った。
「何て?」
シルフィが尋ねる。
「きっと教えてくれない」
全員が少し黙る。
「は、はい……たぶんそうだと思います」
エリンは苦笑した。
シルフィは再び俯いた。
「もう分からない……」
「私はまた冒険者になるべきなのかな……」
◇
一方その頃、王宮では。
アウエルたちはついに王宮へ到着した。
門の前で二人の衛兵がすぐに行く手を塞ぐ。
「外の者がここで何をしている」
冷たい声が飛ぶ。
「枢機卿様にお会いするためです」
ヴェインが答えた。
「ヴェイン、お前正気か? いつから外の者が王宮へ入れるようになった」
「俺は枢機卿様の命令に従ってるだけだよ」
「この人たちと話すように言われたんだ」
「信じられないなら、誰か呼んできて確認すればいい」
衛兵たちは顔を見合わせ、やがて道を開けた。
一行は王宮へ入る。
内部は息を呑むほど美しかった。
白木で造られた巨大な柱が天井まで伸びている。
ヴェインは一行を会議室へ案内した。
「また待つのか?」
リッカが尋ねる。
「いや、もうすぐ来るよ」
ヴェインが答えた直後だった。
扉が開く。
二人のエルフが入室する。
どちらも豪華な緑色の法衣を纏っていた。
一人は眼鏡を掛け、もう一人は装飾の施された帽子を被っている。
ヴェインとアウエルはすぐに頭を下げた。
他の者も一拍遅れて続く。
「皆さん、こちらが枢機卿のケイル・オーウィン様と、アレン・ヴァルサー様です」
「そしてこちらが、お話しした冒険者たちです」
枢機卿たちは無言で一行を見渡した。
やがてケイルが口を開く。
「お前たちの真の目的は何だ」
誰もすぐには答えない。
やがてアウエルが口を開いた。
「行方不明になった国王を見つけることです」
「なぜ、お前たちなら見つけられると思う?」
「その保証はありません」
「ですが、私たちが協力して損をすることもありませんよね」
ケイルは眉をひそめる。
「外の者の助けが必要だと?」
「はい」
アウエルは落ち着いたまま続けた。
「二か月調査して、何も見つからなかったのでしょう?」
ケイルの目が細くなる。
「あるいは――」
アウエルは静かに言った。
「犯人が、この中の誰かだからかもしれません」
「……何だと?」
「一つ忠告します」
「私たちには手を出さない方がいい」
「私たちは正式な依頼を受けて、ここへ来ています」
「もし一か月以上戻らなければ、冒険者ギルドは私たちの捜索を始めます」
「その後どうなるかは、分かりますよね?」
ケイルは舌打ちした。
するとアレンが口を開く。
「では、お前たちはどうやって国王を探すつもりだ?」
「私たちはあらゆる方法を試した」
「それでも何も見つからなかった」
グラムが答える。
「だからこそ現場を調べたいんです」
「調査許可をいただければ、何か手掛かりが見つかるかもしれません」
枢機卿たちは小声で話し合う。
しばらくしてアレンがため息をついた。
「いいだろう」
「王宮の調査を許可する」
「ただし条件がある」
「単独行動は禁止だ」
「ヴェインが常に同行する」
そしてヴェインを見る。
「ヴェイン」
「彼らの行動はすべて報告しろ」
「承知しました」
ヴェインは深く頭を下げた。
「今日の話は以上だ」
「今から調査を始めても構わない」
枢機卿たちは部屋を出ようとする。
その時、リッカが呼び止めた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
二人は足を止める。
「今まで調査した中で、一番怪しいと思っている人物は誰なんですか?」
ケイルは即答した。
「ダークエルフだ」
そう言い残し、二人は部屋を後にした。
「ダーク……エルフ?」
リッカは呆然と呟く。
「待てよヴェイン!」
「ダークエルフの話なんて一度も聞いてないぞ!」
「お、おい落ち着けって」
「俺は最初からダークエルフが犯人だなんて思ってない」
「だから話さなかったんだ」
「じゃあ何で枢機卿たちはそう思ってるんだ!」
リッカはヴェインの服を掴む。
「ま、待って! 離して!」
ヴェインは慌ててその手を外した。
「理由は単純だよ」
「他種族への偏見さ」
「えっ!?」
「でもダークエルフもエルフなんだろ?」
グラムが尋ねる。
「その通り。でも決定的な違いがある」
「どちらの種族も、生まれつき特有のオーラを持っている」
「エルフのオーラは自然を豊かにする」
「植物はよく育ち」
「花は咲き誇り」
「森は活気づく」
「でもダークエルフのオーラは逆なんだ」
「自然を枯らし、腐敗させる」
「それだけで多くのエルフは彼らを恐れるようになった」
「だから国から追放された」
「その力が、いつか自然だけじゃなく他の生き物にも影響するようになるんじゃないかと恐れたんだ」
「もちろん、そんな証拠は一度も見つかってない」
「国王もそんな話は信じていなかった」
「だからダークエルフを国へ戻そうと何度も提案した」
「でも全部否決された」
「結局、国王は彼らのために小さな村を用意して住まわせることしかできなかった」
ギルは眉をひそめる。
「つまり枢機卿たちは」
「ダークエルフが国へ戻るために、国王を誘拐したと思ってるのか?」
「その通り」
ヴェインは頷いた。
「でも――」
その表情が曇る。
「ダークエルフが疑われる理由が、もう一つだけある」
「何だ?」
リッカが尋ねる。
「毒入りのケーキを覚えてる?」
全員が頷く。
「あの毒は――」
「……ダークエルフの村にしか存在しないものだったんだ」




