第五話
ある日、私は怪我をした。度々嫌がらせをけしかけてくるクラスメイトに、ぶつかられたことが原因だった。階段から転がり落ちて、血が出た足は捻挫をしていた。
「ごめんなさい。前をよく見ていなかったから」
保健室のベッドに寝かされた私は、クラスメイトに頭を下げられた。隣には担任の先生が立っていた。かつて私の親友になった先生と、同じような雰囲気を纏っていたように思う。
「これからはちゃんと気を付けて歩くようにしなさい。梓くんは病院に行きましょう」
先生にそう言われて、クラスメイトの口角が微かに上がったのを私は見逃さなかった。言い返す勇気もない自分が悔しくて、悲しくて、私はただ虚しさに震えた。
“お前なんか、いなくなったっていいんだ”
階段の上から身体が空に投げ出されたとき、確かにそう聞こえた。その声は大人になった今でも、耳が鮮明に覚えている。
その日の夜だった。私は初めて、命の終わりについて考えた。
誰とも関わらず、誰にも干渉されずにこれまで過ごしてきた。孤独は自分が我慢をすれば済むことだった。私はただそこにいて、時を過ごしているだけだった。
けれど今日、私は存在しているだけで他の邪魔をしていることに気が付いた。息をしているだけの私は、存在しなくてもいいと突き飛ばされた。
気が付くと私は、自室の窓の傍に立っていた。開け放たれた窓は、冷たい風を真正面から吹き入れた。窓枠を掴んだ手は震えていた。あと一歩。身を乗り出せば全てが消える。そうする勇気は、結局持ち合わせていなかった。
翌朝は足の痛みで目が覚めた。必死に閉じ込めた感情は、すっきりと消えていた。
『気分はどうだ』
「悪くはありません」
珍しく菖にが先に声を発した。何も考えずに返事をしてから、部屋の異変に気が付く。私は目を見張った。あらゆるものが部屋中に散乱している。ゴミ箱の中身までが四方に散っていて、カーテンは裂かれていた。
「……これは、あなたの仕業ですか」
『そう思うか』
私は返す言葉に悩んだ。菖の行いは、私の行いだ。
『すっきりしただろう』
「どういう意味ですか」
『お前が可哀想だったからだ』
菖はただの友達でないことを、このときようやく悟った。
『そうだろう?』
「どうしてそう思ったんですか」
『お前のことは、何でも知っている』
菖の声は嘲笑に揺れたような気がした。
菖が自我を持つのは決まって夜。その間、私の意識は奪われる。
それは不定期で予測が出来ない。敢えて考えてみれば、強すぎるストレスに耐えられなくなったとき、理性が失われそうになるときに私は姿を消す。
昨夜、菖のことを怒らせた原因は私にある。決められた夜の行動を変えようとしたこと。それがきっと、菖の逆鱗に触れたのだろうと思う。
私は上手く共生しているつもりだけれど、菖にとってはそうでもないらしい。
「姉さん。少しだけ外出をして来てもよろしいですか」
散らかった部屋を片付けて、姉さんに声をかけた。身支度は既に整えてある。
「どこに行くの?」
「ちょっとそこまで。散歩です」
「いいけど、時間までにはちゃんと帰ってくるのよ」
「分かっています」
活動に制限があるのは夜だけだ。日中は特に何をしたって問題はない。それでも何となく、いつも許可を得るようにしている。誠実なようでいてそれは、責任から逃れたいだけなのかもしれない。
両耳をイヤーマフで覆って、眩しい世界が待つ外への扉を開けた。
コメントありがとうございました!読んでくださって嬉しいです。
まだ展開が定まらず、読み辛い文章になっていると思います。すみません。
お暇なときに、気が向いたときに、追っていただけたら幸いです。




