第87話 メサイア(油を注がれし者)
えっと……メサイアって本当に「油を注がれた者」って意味らしいです(汗)
ビットリオは宮殿の謁見の間で同盟国のベアトリーチェから渡された式次第を読み込み、頭を抱えていた。
式次第にははっきりと勇者一行は二名欠員しているということと魔王の首はハーブの花穂なので驚かぬようにと、そしてそれを確かに魔王の首であると認め勇者一行に褒美を取らすようにと指示が書かれている。
そもそも、バビローナ帝国は群雄割拠する軍閥を取りまとめ最近出来たばかりの新興帝国であり、軍事国家ではあるが皇帝の権力基盤や正統性はきわめて弱く、たまたま最大の軍閥の長であったからその座に付いているに過ぎない。オイランダのような伝統的な王家とは台所事情が大いに異なる。そこで軍閥たちに示しを付けて帝位の正統性を示すために、聖女の水源地同盟にも加盟したし、魔王討伐という人類未踏の大プロジェクトに予算も確保した。
それが、要するに魔王は居ましたが脅威ではありませんでしたという前提を覆すような報告と二名の人的損失を出したというのだ。皇帝の面目丸潰れである。
ルキウスも勇者たちやっちまったなと頭を抱えている。だからあれほど髪に花を挿せていったのに、おそらく忘れて入城したのだろう。二名の欠員が出るというのはそういうことだ。残り三人についても無事とは思えない。
「勇者到着です。各自定位置にスタンバってください」
斥候が勇者の到来を告げ、各地の貴族たちと臣下一同が並ぶ花道を勇者一行があの日の服を纏ったエリーヌとベアトリーチェ、そしてまさかの聖女猊下共に進んできた。水源地条約締結の日の恥ずかしい記憶がフラッシュバックし、ビットリオの額に冷たいものが走る。もはや勇者の報告も耳に入ってこないが、内容は既に事前に知らされている。そしてそれを認める以外の行動は許されない。もしここで怒りをあらわにしたらエリーヌとベアトリーチェは容赦なく暴露するだろう。
ビットリオは籠いっぱいのハーブの花穂を前に顔を引き攣らせながらわざとらしい大仰な手振りを伴い決められた台詞を言う。
「二名の欠員は大変残念であるが、これぞ伝説の魔王に相違ない。勇者マリウスとスラよ、大義であった。褒美を遣わすので好きなものを言うが良い。」
ようやく決められた台詞を絞り出したビットリオのこめかみはぴくぴくと痙攣している。マリーはその痙攣を見逃さなかった。
「バビローナ皇帝ビットリオ、あなたには塗油が必要です。」
マリーはビットリオのところへまっすぐ進み、特製ハーブオイルをこめかみと額に擦り込んだ。
ルキウスはそれを見届けすかさず、声をあげた。
「見よ!聖女猊下はビットリオをこの国の皇帝として塗油なされた!」
聖女から油を注がれるということは、この世界ではその国の正統な皇帝であると神が認めたという儀礼的な意味を持つ。
ビットリオの顔は以前の猜疑心の塊ではなく、ハーブの香りと皮膚からの有効成分の浸透により穏やかになっていた。
ジャック君の聖油の「塗ってよし」な使い方の一つです。




