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先輩たちの昼食指導

 教室に着くと、端末で注文したパンとコーヒーが載ったトレイがすでに届いていた。


 ――早いな。


 10分も経ってないんだが?


 思わず目を丸くしていると、水木先輩がクスッと笑った。


「驚いたかい。ここには食堂と購買部と直結している搬入ルートがあるから早いんだ」


「私たちも最初はびっくりしたわ。懐かしいわね」


 高橋先輩が、少し柔らかい口調で続ける。


 ――なるほど、そういうことか。


 便利すぎるだろ。


 特別扱いもここまで来ると、もうマヒしてきたわ。


「しかし、12歳でブラックコーヒーとはね……」


「あ……あぁ、まぁ慣れてるんで」


 ごまかすように答えながらカップを持つ。


 ――九十過ぎの爺だった頃の習慣とは言えないからな。


「苦くないの?」


 アキラが少し不思議そうに聞いてくる。


「むしろ落ち着く」


 儂がそう言うと、水木先輩と高橋先輩が笑った。


「ふふ、渋いわね」


「そういうの、嫌いじゃないな」


 ――なんだろう、ちょっと嬉しい。


 パンをかじりながら、コーヒーを一口。


 ――やっぱり、ブラックはいい。


 ふと横を見ると、アキラは甘いジュースとサンドイッチ。

 高橋先輩は手作りのおにぎり、水木先輩は卵焼きとおかずが詰まった弁当。


 ――家庭的だなぁ。


 昼食をとりながら、話題は自然と日常のことに移っていく。


「それでさ、水木ったら演説前にネクタイ曲がってて、私が直してあげたのよ」


「いや、あれはリンが急に触るから余計緊張したんだよ」


 そんな先輩たちのやり取りに、儂とアキラはクスクス笑う。


 ――こういう時間、いいな。


 万能型とか、特機型とか。

 先のことを考えれば不安は尽きないけど、今は――


「おいしいね」


 アキラが笑顔でそう言った。


「うん」


 儂も自然と頷いていた。昼食のパンは、やけに旨かった。


 食事を終え、そろそろ本題に入ろうとしていた時だった。


「さて、二日目だけど、もう気付いているよね。同級生からの嫉妬と不満、そして憎悪」


 水木先輩が、少し真剣な声で切り出す。


 ――直球だな。


 アキラも思わず背筋を伸ばす。


「……はい。正直、朝から感じました」


 儂も素直に認める。


「僕らも同じだったからね。正門から入ろうとしたら止められて、『君たちは特別だ。専用の入り口に行きなさい』ってね。その時居た同級生の視線、怖かったな」


 水木先輩が少し遠くを見るような目になる。


 ――ああ、やっぱり同じだったんだ。


「特機型は特別。そう思われてる。だけど、彼らからしたら『なんであいつらだけ?』ってなるのも当然だ」


 ――分かってはいるけど、きついな。


「でも、彼らだって本当はわかってるの。特機型になるには適性と覚悟が必要だって。それでも、感情が追いつかない人もいる」


 高橋先輩が淡々と言葉を重ねる。


「つまり、時間が必要ってことですか?」


 アキラが尋ねる。


「そうね。結果を出せば、自然と認められる。でも、それまでの期間は耐えなきゃいけない。それと、もう一つの役割があるのよ」


「役割……ですか?」


 儂が聞き返すと、高橋先輩は静かに頷いた。


「それは、向上心を植え付けること。彼らに『あいつらに負けてたまるか』って思わせて、さらに上を目指そうとする気持ちを引き出すことよ」


 ――向上心。


 儂はその言葉を噛みしめる。


「あいつらは特別だ、仕方ない……って諦めさせるんじゃなくて、あいつらに勝ちたいって思わせるんですか」


「そういうこと」


 高橋先輩が微笑む。


「確かに、そういう奴らもいたわね。私たちが結果を出すたびに、『俺も、もっとやってやる』って燃える奴もいた」


 水木先輩も懐かしそうに頷く。


「僕たちはただ特別扱いされているわけじゃない。特機型には、周りを引っ張る役目もあるんだ」


 高橋先輩が頷きながら、静かに続けた。


「これは、過去にあった話だけど、その後の訓練で成長して特機型を手に入れたペアもいるのよ」


 ――そうか!


 儂の中で、一気に点と点が繋がる。入学式の時に言っていた“事前適性”ってやつだ。つまり、今はメインやサブじゃなくても、訓練や実績次第で、特機型に昇格する者もいるってことだ。


「ということは……これからも定期的に試験が?」


 儂がそう確認すると、高橋先輩が「その通り」と頷いた。


「年に三回、大きな適性試験があるわ。メインもサブも見直されるし、特機型も例外じゃない」


 ――じゃあ、これからもずっと気を抜けないってことか。


「逆に言えば、僕たちも試験の結果が悪ければ、特機型から降ろされるからね。赤点には気を付けないと」


 水木先輩が、冗談めかして笑う。


「ポンコツがそれ言う?」


「そこ突っ込む?」


 高橋先輩と水木先輩がまた掛け合いを始める。儂とアキラもつられて笑った。


 ――でも、わかった。


 特機型だからといって、一生安泰じゃない。力をつけなければ、降ろされる。逆に、今は違っても努力次第で上に行ける奴もいる。


「だからね、同級生には貴方たちなりに気をかけてあげなさい。ここで折れないよう、『どうせ私たちはダメなんだ』と思わせないようにしないといけないわよ」


 高橋先輩が、少し真剣な表情で言葉を続ける。


 儂は、はっとする。


 ――確かに。ヘイトを向けられるからって避けてばかりじゃダメなんだ。


「僕たちも最初は、距離を置いていたけどね。でも、やっぱりそれだけじゃ解決しなくてさ」


 水木先輩も頷きながら話し出す。


「時々でいいんだ。同じパイロット候補生として、声をかけたり、困ってる時に手を貸してやるだけで変わることもある」


「最初は嫌味言われたりもするわ。でも、あとで『助かったよ』って感謝された時は、やっぱり嬉しいものよ」


 高橋先輩が微笑む。


 ――強い人たちだ。


 儂は素直にそう思った。ヘイトを受け流すだけじゃなく、同級生たちに寄り添うことも忘れない。


「そういう積み重ねが、結局、互いの信頼に繋がるのよ」


「でも、無理しろってわけじゃないぞ。疲れたら引くのも大事だ」


 水木先輩が柔らかく付け加える。


 儂はアキラと視線を合わせる。


「……やってみます」


 アキラが力強く答えた。


「儂も、頑張ります」


 自然と、そう言葉が出た。


「うん。君たちなら大丈夫」


 水木先輩の言葉が、妙に嬉しかった。


 ――万能型を目指しながら、周りにも気を配る。簡単じゃないけど、やってみよう。それが、これからの儂たちに課せられた“もう一つの役割”なんだろう。


「何かあれば相談に乗るよ。端末に僕たちの連絡先を追加しておいてくれ」


 水木先輩が優しく言いながら、自分の端末を取り出す。


「いい?無理しないことよ。教官にも言われてると思うけど、何かあれば教官や私たちを頼りなさい。私たちもそうだったから、大丈夫よ」


 高橋先輩も、真剣な表情で続ける。


 儂とアキラは、同時に端末を取り出し、先輩たちの連絡先を登録した。


 ――安心感がすごい。頼れる人がいるって、こんなにも心強いものなのか。


「ありがとうございます!」


 儂とアキラは、自然と頭を下げる。


「ふふ、そんなに畏まらなくていいわよ。私たちも、最初は散々だったもの」


 高橋先輩がくすっと笑う。


「そうそう。最初の頃は、僕なんて毎日凹んでたしね」


 水木先輩も肩をすくめてみせる。


 ――そんなことがあったんだ。


 今の2人からは想像もつかない。でも、そうやって積み重ねてきたんだろう。


「私たちも、頑張ります!」


 アキラが力強く言う。


「儂も、必ず万能型になります!」


 自然と、口からその言葉が出ていた。


 水木先輩と高橋先輩が、同時に笑う。


「期待してる」


「楽しみにしてるわ」


 その言葉を胸に刻みながら、儂たちは再び午後の授業へ向けて、身を引き締めるのだった。

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