イケメンと大和撫子
廊下に出て購買部を目指していたところ、目の前に――イケメン。
――水木生徒会長。
そして、その隣には黒髪ロングの女性。いかにも“大和撫子”って感じの落ち着いた雰囲気だ。
――あれが、パートナーの方かな?
どちらも凛としていて、隙がない。ただ歩いているだけなのに、周囲の空気が違う。
――やっぱり、格が違うというか……オーラってやつか?
儂とアキラが無意識に足を止めると、向こうもこちらに気づいた。
――目が合った。
儂は一瞬、息が詰まる。
――なんだ、このプレッシャー。
けど、ここで固まっているわけにはいかない。
「はじめまして。先輩方。新入生の岩村です」
自然と背筋が伸びる。アキラもすぐに続いた。
「初めまして。水沢です」
水木先輩は穏やかな笑みを浮かべて軽く頷いた。
「水木だ。君たちのことは聞いているよ」
――聞いている?
そうだ、軍曹が言っていたっけ。適性の話で、グラフも比較されていた。つまり、もう儂たちは生徒会長にまで知られている。
「こちらは僕のパートナーの高橋リンだ」
水木先輩が隣の女性を紹介する。
「高橋です。よろしくお願いします」
リン先輩は柔らかく微笑みながら落ち着いた声で言った。黒髪がさらりと揺れて、仕草ひとつとっても品がある。
「よろしくお願いします!」
儂もアキラも、ほぼ同時に頭を下げる。
――美人だな。いや、生徒会長もそうだし、並んで歩いてるだけで絵になりすぎだろ。
そんなことを考えていたら、水木先輩がふっと笑った。
「ちょうどよかった。君たちのところに行こうとしていたんだ。同じ特機型だろ?そのことで少し注意も兼ねて、相談相手になれればと思っていてね。よかったら、今から一緒に弁当でもどうかな?」
――性格までイケメンかよ。
儂、内心で頭を下げたくなる。ごめんなさい、アキラが昨日「女泣かせ」だの言ってました。儂も少し思ったけど、口には出してないのでセーフだと思いたい。
「ありがとうございます!ただ、今日は弁当がなくて、今から購買で買おうと思ってまして……」
アキラが少し申し訳なさそうに言う。その瞬間、隣の高橋先輩がピシャリと口を挟んだ。
「止めておきなさい」
――怖っ。
思わず背筋が伸びる。
「昼食がなければ、端末から注文しなさい。その方がトラブルにならずに済むわ」
落ち着いた声だが、有無を言わせぬ断定口調。
「……トラブル?」
儂が思わず聞き返すと、水木先輩が静かに頷いた。
「君たちは特機型だ。私たちの時もそうだったけど、どうしても他の生徒から見れば“特別扱い”されていると思われる。購買部や食堂は、そういう不満を持っている者が集まりやすい場所だ。君たちを見つければ、何か言ってくるかもしれない」
「そういうことです……か」
――ここでもヘイト役ってやつか。食堂もダメ、購買もダメ……ちょっと怖いな。
「でも、それって……ずっと避けろってことですか?」
アキラが少し困った顔で尋ねる。
「そういうわけではないわ。ただ、慣れるまでは無駄に敵を作る必要はないでしょう?」
高橋先輩が淡々と答える。
「まずは、地盤を作りなさい。実力を示せば自然とそういう視線も変わってくるものよ。いい例が、このポンコツよ」
ん? 今、ものすごく酷いことを言った気がするんだが?
「リンはいつも厳しいな。僕はそんなことないと思ってるんだけどね」
水木先輩が困ったように笑う。
「いや、実際ポンコツでしょ?いい、こいつは運動能力はすごいんだけど、勉強はできないダメな奴なのよ」
――容赦ねぇ。
儂とアキラ、揃って目を丸くする。
「そんなに言うことないだろ……」
水木先輩は苦笑しつつも、どこか慣れた様子だ。まるで日常茶飯事って感じ。
「実際そうじゃない。子どものころから私が教えてあげて、やっと赤点を回避してるだけでしょ」
高橋先輩が淡々と言い放つ。
――幼馴染か。
儂は、ふとアキラの横顔を見る。
――あぁ、なんか分かるわ。多分、こういう関係になる未来もあり得たんだろうな。
水木先輩は「はは……まぁね」と肩をすくめる。
「でも、僕はリンがいたからここまで来れたわけだしね」
「そういうところは素直ね」
高橋先輩が少しだけ柔らかく笑った。
――なるほど、これが“信頼し合ってるパートナー”か。
儂は、なんとなく胸が温かくなるのを感じながら、同時に心のどこかで焦りも感じていた。
――儂とアキラも、ああいう風になれるんだろうか。
万能型を目指すって決めた。でも、それを支えるのはパートナーであるアキラだ。水木先輩たちの関係は、そんな未来の理想形にも思えた。
儂もアキラも、自然と少し背筋が伸びる。
「まぁ、そういうことで、君たちの教室に行こう。その間に端末で注文しておいた方がいいよ」
水木先輩が優しい顔で語りかけてくる。
――いい人だな。
こんな人が特機型としてヘイトを浴びる立場に立ちながら、それでも皆に信頼されて満票で生徒会長とは。
儂、九十過ぎの爺だけど、完敗だよ。生前でも、あんな器の大きい人間には到底なれなかった。
「はい、ありがとうございます!」
アキラが笑顔で答え、儂も頷く。端末を操作しながら、ふとちらっと水木先輩を見る。
――器って、こういう人のためにある言葉なんだろうな。
そんなことを考えつつ注文を終えた儂たちは、四人で並んで特機型専用の教室に向かった。足取りが少し軽くなっているのを感じる。
「先輩たちの弁当って毎日なんですか?」
アキラが何気なく尋ねる。
――それ、今聞くか? どうでもいいと思うが?
そう思いつつも、儂は黙って耳を傾ける。
「そうだね。リンが毎日作ってくれるんだ。ありがたいよ」
水木先輩が照れくさそうに笑う。
「昔からの癖よ。それに、一人分も二人分も変わらないしね」
高橋先輩も、どこか誇らしげに言う。
――リア充でした!
儂、心の中で絶叫。憧れのセリフだよ!『一人分も二人分も変わらないから』って、人生で一度は言ってみたいし言われたい!
水木先輩の、ちょっと嬉しそうな顔。高橋先輩の、世話焼きが板についている落ち着き。
――完璧じゃねぇか。儂、九十過ぎの人生でもそんな場面なかったぞ!
チラッとアキラを見る。
――頼む、儂にも毎日作ってくれ。
心の声が届くはずもなく、アキラは素直に感心していた。
「凄いですね。私、料理したことないんですよ。両親が料亭で働いてるので手を出すと逆に怒られちゃって」
――儂の夢、終了。
その瞬間、希望が砕け散る音がした。――そりゃそうだ。料亭で働くプロたちの料理が毎日出てくる環境なら、家庭料理とは別次元だろう。
「そうなんだ。それはそれで、羨ましい環境だね」
水木先輩が柔らかく言う。
「まぁ……食べる専門になっちゃってます」
アキラが苦笑い。
「でも、いずれ覚えたらいいんじゃない?誰かのために作るのって、意外と楽しいわよ」
高橋先輩がさらりと言う。
――誰かのために。
儂、勝手にアキラがエプロン姿で台所に立ってる図を想像してしまう。
――いい。それ、いいぞ。
「……まぁ、機会があれば」
アキラが言葉を濁しながら照れくさそうに笑う。
――今、儂にも希望が見えた気がした。
そんなことを考えているうちに教室に到着。昼飯タイム――ただの休憩時間のはずなのに、なんだか妙に濃い時間になりそうだ。




