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精霊流し  作者: 名夢子
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コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ

四十六


 あれから15年が経った。僕の右手は微かではあるが命を吹き返してきた。これも献身的な介護をしてくれた加代と母のおかげだ。高校を出た後、僕はジアノ院長やマリアンヌ教区長の献身で、教区の印刷工場で働くことができた。送り迎えも最初は、父を東京において帰ってきた母の仕事だったが、やはり父の面倒は母が見るべきだと僕が言い、東京に送り返した。実の子ならば、親を気遣うはずだ。

 加代は地元の短期大学で看護婦の資格をとった。今は教区の病院の外科病棟で働いている。

 音楽とは歌を歌うことで、まだ付き合っている。教区のミサに出かけ賛美歌を歌う。声帯の筋肉がうまく動かせないときもあるが、大きな問題ではない。なにより、音楽が体の中から湧き上がるのは、うれしい。それにときおり加代が、僕だけのために歌ってくれることが、一番の喜びだ。僕の音楽は、加代の音楽と一体となり、二人だけのものになった。

 そして、左手だけで演奏できる楽曲があることを知り、久しぶりにピアノに向かう気持ちが出てきた。小振りの電子ピアノが発売され、さっそく買ったのだ。

 何よりも変わったのは、僕と加代が結婚したことだ。一番喜んだのは、僕の両親と、加代の両親だ。しかし、こんな体で申し訳ないと加代の両親に言ったのだが、体で婿は選ばんよ、と加代のお義父さん言ってくださったとき、僕は思わず涙した。その後にお義母さんが、「体じゃなくて顔で選ぶかも」とぽつりと言ったので、加代とお義父さんが笑い出し、僕もつられて笑ってしまった。加代は一人娘なのに。感謝しています。加代との結婚で、彼女の両親、僕の両親との結びつきが、さらに強まったのは確かだ。僕たちの結婚を知人皆が祝福してくれた。ジアノ院長は涙を流して加代に抱きついて、「私に妹ができた」と喜んでくれた。


 シュウちゃんはしっかり医師免許をとり、諫早の養父の大病院で働いている。忙しすぎて、ほとんど会えない。しかし、電話は良くかかってくる。携帯電話というものは便利なようで、人を遠ざけるものだとつくづく感じる。話をすればするほど、近くにいないもどかしさが、体中を這い回るのだ。シュウちゃんにも好きな人ができたらしい。僕はうれしかった。今度会おうという話はしている。

 ツカこと大塚は、大阪の大学に進学した。卒業後、大阪で介護施設を立ち上げ、今では立派な経営者だ。もちろん美佳も大塚の後を追って一緒に働いている。そろそろ結婚する腹を固めたと、暑中見舞いに書いてきた。

 精一は、福岡の教育大学を出た後、世界放浪の旅に出たままだ。妹の玲子が、小学校の先生になり、連絡をとっているらしいが、どこにいるのか不明だ。大塚のじいさんの目利きの通り、放蕩息子になったようだ。

 ソプラノの長島紀子は、プロのソプラノ歌手として鋭意活躍中と言いたいが、結婚して子育てと演奏活動に奮闘している。主に福岡を拠点として毎週の様にステージに立っている。

 木田は、思った通り、高校教諭となった。今は離島で複数の教科を教えているらしい。合唱部は無いが、よく島の宴会では、張りのあるバリトンを披露しているという。

 松尾先輩は、喉の手術が成功して、1年留年後、東京の有名私立音楽大学に進んだ。そのまま、その大学で教鞭を執っていると、辻先輩から聞いた。その辻先輩はすでに結婚し、幸せな家庭を築いている。左手のピアノ曲があるのを松尾先輩が楽譜を集め、伝言してくれたのが、辻先輩だ。

 米田と岡は、二人とも警察官になった。米田は離島に赴任し、岡は県警の本部に勤めて、忙しくしているらしい。あの事故の後、二人とも一緒に、騒々しく泣きながら、仲良く病室に見舞いに来たのが、懐かしい。


 久保はその後、その後というのは大学入学後だが、しばらくの間、行方がわからなかった。東京藝大のピアノ科に猛レッスンの結果、合格して通っていたのだが、母親が亡くなった頃から、僕らとは連絡が途絶えていたのだ。それがついこの間、長崎に舞い戻ってきた。藝大卒業後、ニューヨークの音楽大学院に通っていたそうだ。向こうで結婚し、娘さんができ、演奏生活をしていたらしい。しかし離婚し、東京に戻ってきたが、住みにくいし、知り合いも少ないので、長崎に帰ってきたという。作曲もし、DJもできる音楽家ということで、すでに地元のラジオ局でレギュラー番組を持つほどまでになった。特に音楽解説が、うまい。食べ物に例えたり、季節の風物詩に例えてみたりと、わかりやすいので、リスナーが急増しているそうだ。加代は久保と久保の娘さんと既に会っていて、定期的に近況を交換しているらしいが、僕はまだ会っていない。もう会う必要も無い。もういいだろう、久保は自分の音楽を手に入れたのだ。だから堂々と、僕の住む街に帰ってきた。そうだよね、加代。

「ええ」

 加代は、優しく答えてくれる。そして僕の背中に腕を回して抱きしめると、僕の右耳をガリっと囓った。いててて、左手で右耳を押さえるのはつらい。加代がまた抱きついてきた。お前は本当にあの、サルスベリの花か?僕の右目にはずっとその薄い桃色の、咲いたばかりサルスベリの花が笑うように揺らめいている。ああ、もうすぐやね。お精霊様。「そうよ」と加代が静かに囁く。今年は大塚の代わりに、大塚のじいさんの墓にでも参ろう。

 お盆はまだかと、気の早い打ち上げ花火が、どこかで上がっている。そうだ、僕には歌える、お精霊様の歌が。


 コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

 コッコデショー、ヨーイ、ヨーイ。

 ここでよかでしょうか、よかよ、よかよ、こっちにこんね

 こっちでよかでしょうか、よかよ、よかよ、ここにこんね



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

※この物語はすべてフィクションです。

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