表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊流し  作者: 名夢子
30/46

宗猛君くん

三十


 部活に行くと、まず加代に叱られた。その手で指揮ができるのかと。怒っているのは、目の前で僕の姿を見るまで、僕がけがをしてしまったことを、知らなかったことに対してだと思う。大塚のじいさんが無くなったときも、誰もが加代に連絡するのを忘れてしまい、加代が駆けつけてきたのは、夜も更けてからだった。のけ者にされたかも、という思いはあっただろう。すまない、加代。

 結局、代指揮は井沼先生が行い、僕はコーラスに加わった。久しぶりに歌の仲間の中に浸かるのは、楽しい。コンテストで歌う曲が終わると、平和記念式典で歌う「平和の鐘」の練習だ。小学生の頃から歌っているので、市内の学生は問題ないが、対馬から来た宗は、はじめて対面した曲だ。長崎県は広島県同様、原爆の悲劇や平和教育の教育時間が多くとられている。しかし、長崎市内と実際に被害に遭っていない地域ではその温度差は大きい。

 歌いながら、大塚のじいさんを思い出した。葬式の時に、大塚利一郎の生涯が簡単に紹介されたが、やはり原爆の被害にあった件は、念入りに紹介された。本人が語ることができない今、代わりに語り残そうと、大塚の親父さんがそう考えたのだろう。


 当時、浦上地区は製鋼所や多くの兵器工場などがあった。そのためそこで働く人々の住居、家族が通う学校、そして病院、労働者の娯楽施設である競馬場、映画館などがあった。広島に原爆が落とされた後、次の目標に、この長崎の浦上だという噂は皆聞いていたらしい。事実、周辺各県から長崎への現場投下直前に「長崎市民全員避難」という臨時ニュースが流されている。非番でそのニュースを聞いたものは、持つものも携えずに、時津方面や大浦方面へと逃げていき助かった人も多い。しかし、大半の人々は逃げ切れず、またどこに逃げてよいのかもわからず、被害にあったのだ。大塚利一郎は警察官で、原爆投下時、稲佐署管内で総員待避命令を遂行すべく、住民の退去を指示し手伝っていた。

 利一郎の被爆は外見ではほとんどわからず、本人もすぐにはわからなかったそうだ。そのため、被害者達を港から運び出し、被害の無かった地域へ運搬する仕事を精力的に行った。降り出した雨が、自分の警察官の服を濡らし、下着にまでしみこんできたとき、脇腹の痛みに気がついた。服をめくってみると、そこには大きく腫れたものがあった。それが何だったのかは、今となってはわからないが、あまりの痛みに、帰宅途中で意識を失い、幸い被害に遭わなかった自宅に送り届けられ、三日ほど寝込んだままだったという。起き上がったときは腫れた脇腹は元に戻り、かすかなケロイドが残った。原爆病といわれているような症状は亡くなるまで出なかった。ただし、原爆病患者認定基準は十分に満たしていたし、かすかなケロイドだけが、その肉体的特徴だった。

 この大塚のじいさんの話を葬式で話したのは、原爆を語り残そう会の人だ。ご自身も被爆者で、大塚のじいさんより少し若いぐらいの上品なおばあさんだ。浦上駅のミルクスタンドで働いているところで被爆し、ぼろぼろになった体と思考力を失った頭で、浦上川に沿って港へと歩いているときに、大塚のじいさんに腕を捕まれたそうだ。こっちにこんね、と言われるまま木造船に乗せられていき、助かったという。

 その後、多くの被爆体験を集める活動を続けてこられて、大塚のじいさんの体験記録も残っている。葬式ではその口述の一部を、そのおばあさんが紹介したのだった。


 パート練習で僕は、宗の上達ぶりに驚いた。野球をやってきて走り込んでいるせいか、心肺能力が極めて高い。今でも、登校時には下宿先から10Kmほどを走ってきているという。音楽もこれまでは、別の世界と思っていたようだが、わからないなりにまじめに取り組む姿勢は、部の経験者達をも真摯な態度にする影響力を持っているようだ。

「宗、良うなったやっか」

「はあ、ありがとうございます。」

「腹式呼吸もできるようになっとる。ようけ練習したとやろ。」

「先輩方に教えてもらった方法で、床で寝転がったまま、発声練習しとります。」

「下宿で?」

「はい。」

「苦情のこんやったか。」

「はい、きました。誰か、太か象ば、飼っとらんかって」

 確かに声帯をリラックスさせた声は、たしかに象の叫び声に聞こえるだろう。

 声帯と耳、というのは歌手にとって重要な道具だ。声帯をコントロールするのが反回神経で、喉や胸を支配する迷走神経の一部だ。聴覚は音が鼓膜を振動させ聴神経、内耳神経を通じて大脳に到達し、大脳で音を認識する。認識された音と、イメージとして持っている主に記憶された音との差を再び迷走神経を通じて声帯の筋肉をコントロールするのだ。こうやって僕らは歌声を制御している。

 この時大切なのは、発声する際に、声帯だけを使わないことだ。目を見開き、眼球や顔面の筋肉運動を声帯運動と連動させる。それ以外にも呼吸は強く吸ったり、ゆっくり吐いたりと、様々な呼吸パターンで発声する。顔面は三叉神経、眼球は3つの神経系が関与する。そして、特に大切なのが、笑顔である。唇の両端を耳の方まで引き上げる。顔面筋肉の運動にもなるが、引き上げた口の中が大きく広がり、舌が自由に動き回れる。この舌の動きも発声練習では訓練する。すると舌下神経が刺激されるのである。こんなふうに見ても、発声そのものが、人間の運動を司る12神経のうち8つの神経が関与している。さらに肩や首の筋肉も使うため、あわあせて9つの神経系を連携させる。

 井沼先生の発声する際の深吸指導はおもしろい。まず鼻でゆっくり息を吸い、腹の中に溜める、目一杯溜まったところで、そのまま右の脇腹に溜める、次は左の脇腹、そして首の後ろ、最後に目の中。目が飛び出すぐらい溜めろというところで、大笑いになって、吸ったものがはき出される。これを毎日やっていると、おもしろいぐらい息が続くようになる。中学時代の合唱部の先生は腹式呼吸一辺倒で、深呼吸については、あまり教えてくれなかった。深呼吸を何度も行うと、過呼吸になる生徒も出てきたりするからだろう。しかし、吸ったものが歌声に変わる、しかも一呼吸で長い時間、声が出るというのは歌い手にとっては、もっとも重要なことだ。

「宗、感覚的に音楽を捉えたらいかんよ。すべて理屈で通す。よかか。」

「はい。楽譜が読めんでも、目が見えんでも、人に感動を与えることのでくっ歌手は世界中にごろごろおる。おいたちゃ、そぎゃん人とは違う普通のもんやけん、音楽の理論、体の構造、運動、神経、それらが一体となったシステムとして学ばんと。」

「そうそう、その通りたい。おいは文系やけど、音楽を通じて生物とか物理とか、そういったものを理解することができるようになったばい。」

 木田が悟りを聞かせるように1年生に言う。

「僕は、音楽って文系だと思っていましたのですが」

 1年生の柳井が、驚いたように木田に問う。

「あのな、理系とか文系とか決めとっとは日本しかなか。他の国ではすべての学問が平等に取り扱われとるし、新しく生まれる学問も同じたい。」

 さすが木田だ。

「東大物理学の祖、寺田寅彦先生は、随筆も上手で、たくさん名著を書かれておらるっ。理系のおいから言わせてもらうと、どちらかというと物理とか医学とかいった方面の先生方は、本を書き、音楽を演奏し、といった二足のわらじをはく人が多いような気がすっけど。」

「有名な人はそうかもしれんけど、肉体労働の傍ら独学で発明する人もおるけんね。人間は、理系と文系ではわけられんと思う。」

 すっかり話が、理系、文系の分類論の議論になってしまった。僕も木田の言うとおりだと思った。1年生達もなるほどという顔をしていた。


 トントンと練習室の扉をたたく音がした。久保である。

「どうした」

 扉を開けて、聞くと。

「時間だから、合わせようって。」

 いかん、話に夢中で、こんな時間になってしまった。

 合同での通しは、比較的うまくいった。しかし、なかなかソプラノのクォーターが怪しい。ごまかしているような気がする。井沼先生もその部分で目をぎょろっとさせてソプラノを睨んでいた。それにつられてか、久保のピアノも音がすかすかで、重みがない。伴奏がこれでは、音がとれないのかもしれないと感じた。久保の顔を見ると、じっとこちらを見ながら弾いている。その目は、音が出ないという焦りにも感じる。なんとかしなければならないと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ