65 スローライフを目指して
町を出て、徒歩の旅が始まった。目指すは、エルフの里・・・ナガミの故郷だ。
あの憎い男は、結局殺さなかった。ユズフェルトが随分と痛めつけたおかげで、あの男は日常生活に支障をきたすほどの怪我を負って、妹の手助けなしには生きていられないからだとなった。ま、全治2年かな?寝たきりになるだろうから、体力を回復するのも大変だろう。もう、ここまでくるといいような気がしてきた。
私、生きているし。
「ねぇねぇ、シーナちゃん。」
「何、アーマス?」
「俺がサクッと、あの男殺してこようか?安くしておくよ~」
「・・・そういえば、暗殺者だったけ。安くするって言っても、私お金ないけど?それに、もう殺す気ないからいいよ。」
「なーんだ残念。報酬は、いつでも手を握れる権利がよかったんだけど。」
絶対、そんな報酬は欲しくないだろう。きっと何か裏があるはずだ。私は胡散臭げにアーマスを見ると、隣にいたユズフェルトが虫でも払うようなしぐさをして、アーマスを追い払った。
「油断も隙もない奴だ。シーナ、気をつけろ。アーマスに頼むくらいなら俺に頼め。」
「ありがとうユズフェルト。それにしても、アーマスは本当は何が目的だったのかな?まさか、本当に手をつなぎたいだけ・・・なんて、絶対ないし。」
「そうだな・・・まぁ、ただの変態が考えることだ、気にするな。」
「・・・そうは思えないけど・・・気にしても仕方がないか。ところで、私って・・・魔族だったりするの?」
他の仲間が離れた場所にいるのを確認してから、私は気になったことを聞いた。
ナガミが、私のことを魔族だが半魔族だがよくわからないが、人間ではないと思っていることを聞いて、ユズフェルトは魔力が無いからそうではないと反論した。すると、魔力は必ず持っているはずだと文献の話が出てきて、私は魔力を持っているということになった。
しかし、魔力を扱えない魔族や半魔族などありえないと結論づけられた私は、一応人間だと判断された。ややこしいな。
でも、魔族たちって、特別な力を持っているということをナガミから聞いて、これはユズフェルトに魔族と思われているのではないかと思ったのだ。その場合は、異世界から来たということをきちんと話して、誤解を解こうと決めた。魔族は、人間と敵対する種族らしいからだ。
「それはわからない。気になるのなら調べるが?」
「・・・ユズフェルトは気にならないの?」
「あぁ。別に人間だろうと魔族だろうと、シーナはシーナだ。」
「そっか。ならいいや。魔族じゃないだろうし。」
「・・・」
不死の能力は、きっと転生特典というものだろうし、私の両親は人間だ。私が魔族などありえないだろう。
「シーナ・・・ナガミの故郷に行ったら・・・俺は、冒険者をやめようと思う。」
「え?」
「すまないな、色々な場所に行こうと言っていたのに・・・」
「えっ・・・と、なんでか聞いてもいい?」
「もしかしたら、戦争になるかもしれない。魔族と人間の・・・だから、俺は戦争に巻き込まれない場所に避難したいのだ。」
「戦争・・・そっか、聖女が召喚されるくらいだものね・・・それなりに危機的状況だったのね。」
「用心するに越したことはない。それで、一緒に来てくれるか、シーナ?」
「・・・もちろん!逆に、お別れを切り出される方が困るから、絶対連れて行ってね!」
「あぁ・・・これからもよろしくな。」
「こちらこそ。ところで、みんなはどうするの?」
「まだ話していないから、わからないな。」
「俺は付いて行くよ。」
「アーマス!?」
ひょいと、横から顔をのぞかせたアーマスに驚いて、私はユズフェルトの腕にしがみついた。気配を消さないで欲しい、心臓に悪い。
「報酬次第では、馬車馬のごとく働く俺って、どこにいくにも必要でしょ?」
「そうだな。では、馬小屋を用意しよう。」
「マジで馬扱いなの!?」
ヒヒーンと、ノリノリで馬の鳴き声をまねて、おいしいニンジンを用意するように言って、アーマスはナガミのもとに駆け寄った。
おそらく、ユズフェルトが冒険者をやめることを話しているのだろう。
「アーマスがいるなら、そこまで寂しくないかな?」
「シーナは、仲間と別れるのが寂しいのか?」
「え・・・まぁ、少しは寂しいけど・・・私より、ユズフェルトが寂しいって話・・・寂しくないの?」
「・・・コリンナがいなくなった時は、せいせいしたな。」
「少しくらい寂しいって思わなかったの?」
「あぁ。うっとうしかったし、邪魔だったし、離れて欲しかった。」
どうやらコリンナは、私が思っていた以上にユズフェルトに嫌われていたらしい。
きつい顔立ちはしていたが美人で、ユズフェルトの言うことも比較的に聞いていたと思うが、べたべたされるのが嫌だったのかもしれない。私も気をつけよう。
「シーナは・・・違ったな。」
「え?」
「いや、コリンナの何が嫌だったかを改めて考えてみたのだが、あいつは俺のことを英雄のように見ていたのだ。それが・・・嫌で仕方がなかった。」
「そっか。」
英雄。そうユズフェルトを見る人に悪意はないのだろう。でも、ユズフェルトからすれば、英雄などの肩書は重く、拒絶したいものなのだろう。
私もそうだった。
召喚されて、異世界に来てテンションが上がっていたが、冷静に考えると聖女候補なんてごめんだ。私には不死という転生特典があるが、それだけで聖女が務まるとは思えない。
同じく召喚された女子高生が言ったとおり、私には重すぎる肩書だ。
そう私が思うように、ユズフェルトにとって英雄の肩書は重いのだろう。
「シーナ・・・俺は、今まで誰かに守られたということがなかった。いつも、俺が守る側で、それを周りは当然だって思っていた。」
「ユズフェルトは強いから・・・でも、それは辛いよね。ユズフェルトだって、いつも守れるわけじゃないのに。」
「その通りだ・・・でも、シーナは違ったな。俺をいつも守ろうとしてくれた。」
「・・・え?」
私がいつもユズフェルトを守ろうとしていた?全く身に覚えがない。どちらかというと、いつも守られているのは私だし。
「それは、気のせいでしょ?」
「・・・いつでも、俺の代わりに死のうと・・・俺の命を守ろうとしているだろう?」
「だって、それは・・・私がユズフェルトに生活を保障してもらえる条件だから、当たり前でしょ?」
「そうだな・・・でも、嬉しいよ。ありがとう。」
頭にそっと手をのせられた。でも、すぐにその手は離れて、元の位置に戻ってしまう。
「・・・手を。」
「手?」
「手を・・・つないでもいい?」
「あぁ。」
ユズフェルトは、私の手を取って歩き続ける。
ただそれだけのことが、なんだか嬉しかった。変なの。
「優しいな、シーナは。俺が迷子になって不安なのを察してくれたのだな。」
「・・・え?」
周りを見たら、なぜかそこは薄暗い森の中で、前を歩いていたはずのアーマスたちが消えていた。
ユズフェルトは方向音痴という枠を超えて、呪われているとしか思えない。そして、なぜ私は気づかなかったのか。
「迷子になった時は、動かない方がいいらしいよ。」
「そうなのか?シーナはずいぶん動き回っていたようだが?」
前の町でのことだろう。どこから見ていたのかと、見ていたのなら助けて欲しかったとと睨みつければ、笑われてしまった。
「どうやら気のせいだったようだな。わかった、ここで待とう。すぐにアーマスが迎えに来るだろうし、心配することはないよ。」
「・・・アーマスがいなければ、ユズフェルトは生きていけないかもね。」
「そうだな。・・・こうやって、助けられていたのだな。」
立派な馬小屋を建ててやろうと、本気か冗談かわからないことを言って、微笑みながら遠くを見るユズフェルト。
遠くで馬の鳴き声が聞こえた。
まだやっていたのかよ。
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