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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「傀儡」  作者: 藤乃宮 雅之
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~中間報告~


 白い漆喰塗りの六畳ほどの広さの部屋。調度品はライトオークの色調で統一されており、シックな雰囲気が漂っている。

 壁際にアールヌーヴォーのツタ草模様の彫り物が施された三面鏡があり、その前に長い黒髪の女性が座ってその長い黒髪を梳いでいる。

 部屋の扉が開くのを鏡で確認した彼女は鏡に映った訪問者にそのままの姿勢で声をかけた。

「ひどいわね。折角みゆきちゃんが訪ねてくれているっていうのに紹介もしてくれないの?」

「そう拗ねるなよ、玲子。こちらにも『段取り』ってものがあるんだ。」

 玲子と呼ばれた黒髪の女性は、くるりと振り返り長い髪を掻き揚げた。

「まだボディが届いていないのなら、今稼働中のどれかを差し替えれば良いじゃないの。みゆきちゃんの部屋に得体の知れない結界が張られて、しばらく彼女の味見が出来なくてイライラしているの。知っているでしょ?」

 玲子は櫛を鏡台の前に叩き付けた。

「いや、新品のマリオネットは二体届いているさ。ちょっと個人的に彼女と同伴している男の子に興味が湧いてね。」

「あら、そんな趣味があったの?」

「ふふ。遠隔とはいえ、俺の幻術が効かなかったんだ。こんな事は十七年ぶりだ。」

 ミハイル神父は顎髭を撫でながら少し口を歪ませた。

「あら、『東の門番』と呼ばれたあなたの力が及ばないなんてね。何者なの?」

「さあね。だが、あの叢雲がご執心になる相手だ。ただの子供じゃ無いってコトだ。あの女の子は必ず引き渡すから、ちょっとの間、俺の好きにさせてくれないか?」

「ま、仕方ないわね。坊やの好きになさい。」

 長い黒髪をふわりと掻き上げて女はパタリと三面鏡を閉じた。

 その音に驚いたのか、その鏡の裏から小さな銀色の蜘蛛が天井に向かって這い上がって行った。



 果樹園が広がる丘陵地。

 あちこちで、麦わら帽子の農家のおじちゃんが先月に人工授粉させた桃の実の摘果選別作業を行っている。

 その果樹園を見渡せる一角の造成地に紅白の垂れ幕の掛かったテントがちょこんと設置されている。

 その中の神饌の置かれた供物棚の前に神官装束の崇弘が飾り付けの具合をチェックしていた。

『ねぇ、崇弘。ちょっと良い?』

「露かい? 今、施主さんからの神饌を並べ終えた所なんだ。もう少ししたら施主さんと業者さん集めて祝詞を挙げるところなんだ。手短に頼むよ。」

『東の門番って何?』

「誰から聞いたんだ?」

 崇弘の顔から笑みが消えた。

『ミハイル神父がそう呼ばれていたそうよ。』

「そんなバカな・・・エクソシストの退魔団が組織した『(トーア)』と称する戦闘集団の師団長が『門番(ヴェヒター)』だ。」

『それの何が変なの?』

「『(オス)の(トア)門』が解体されたのは十七年前の封魔戦の終結時だ。その時の『門番(ヴェヒター)』は六十歳過ぎの初老の男だ。ミハイル神父はどう見ても三十歳そこそこの青年じゃないか。」

『私の諜報能力にケチ付けるつもり?』

「そうじゃ無い。もしミハイル神父があの『東の門番・デーゲンハルト』ならまず歯がたたない。」

『知ってるの?』

「十七年前、一緒に闘った。ヤツの幻術は映像だけでは無く感覚にも訴える。つまりヤツの幻の剣で刺されれば痛みを感じるんだ。さらにヤツは古代神群アヌンナキの力を纏うことが出来る。エクソシストの連中は自分たち以外の『神』の力を快く思わないが、その実力は他の連中も認めざるを得ない程だ・・・露、貴船に居る博通(ひろみち)にこの事を伝えて、鞍馬鬼狩衆の玄昭に助勢を求めるように言ってくれないか? 電話では盗聴の恐れがある。彼は今、拠点の鞍馬寺に戻っているそうだ。玄昭の顔写真は社務所の防犯カメラのメモリーホルダーから確認出来る。彼の追っている事件がらみだから、上手くすれば鞍馬鬼狩衆の加勢がもらえるかもしれない。」

『いいわよ。弟さんによろしく伝えてあげるわ。』

 露との交信が終わると、崇弘は左腕のリストバンド型の通信機の蓋を起こし、ついとワイヤーアンテナを引っ張り上げた。

 外の陽光を受けて左中指の金色の指輪がキラリと光る。

「コール。保昌。」

 通信端末から短い電子音がして呼び出し音が響いた。

 そのコールが一回終わるぐらいに聞きなれた声が流れてきた。

『やぁ、崇弘。今ちょうど連絡しようと思ってた所だ。』

 ロビー反響のようなエコーが聞こえるので、建物の中に居るようだ。

「それは良かった。頼みがあるんだが、少しの間ナナツを貸してくれないか?」

『いきなりそう言うトコを見ると緊急事態みたいだね。だが悪いけど今こちらもナナツが必要なんだ。実を言うと君のトコの蜘蛛使いの助勢がもらえたらなと思っていたんだが。』

「それは悪かった。彼女も目いっぱい取り込み中でね。ちなみに何してるんだい?」

『依頼のあった猫をようやく見つけて追い詰めた所だ。』

「ね、ねこ?」

『ああ、おっと、動きがあった。それじゃ、またな。』

 言うが早いかすぐに通信は切られてしまった。

「探偵稼業は大変だな。」

 崇弘はため息をついてリストバンドの蓋を閉じた。


 廃墟になった石材工場の中、無造作に転がっている御影石の切断端材と壁の間を睨んだまま、保昌は胸ポケットに携帯電話を収めた。

『保昌よ。アテが外れたな。』

「ああ、崇弘に助勢を頼もうかと思ったがそれどころじゃなさそうだ。ナナツ、頼むよ。」

 保昌はジャケットの内側にしつらえたナイフホルダーからサヌカイト製の投擲ナイフを引き抜いて、指に挟んで身構えた。

『ああ、任せろ。九尾のヤツに比べれば可愛らしいものだ。』

 ナナツは右手にした大ナタを中段に構えながら、三本ある左腕の一つで右脇腹の古傷をとんとんと叩いてニヤリと笑った。

挿絵(By みてみん)

 石材と壁の間に黒い影が滲むように湧き立ち、グレートデン犬ほどの大きさに集まった。

 ランタンのような光が二つ緑色に輝き、赤黒い裂け目がくわっと開いて地鳴りのような唸り声を発した。

「さて、化け猫退治だ。」

 保昌の手にしたサヌカイト製ナイフに呪符の象嵌がぼうっと浮かび上がった。



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