~ミハイル神父~
ミサを告げる鐘の音が鳴り、頼光と美幸は教会の扉をくぐった。
真新しい白い漆喰の壁とライトオークの木製ベンチの色彩の対比が美しい。
教会の中央には赤い絨毯が真っ直ぐに説教壇へと向かって伸びている。
その説教壇の後ろには大きな真鍮製の十字架と大理石製のキリスト像がスポットライトに輝き、後背の壁には聖母子をモチーフにしたステンドグラスが陽光を透して浮き上がっている。
荘厳な光景だ。
まだ世間様の活動時間では早い時間帯なので人影はさほど多くはない。初老のご夫婦や、ママさん達のグループ、あと数組のカップルが、ベンチの列の前三分の一を空けて座っていた。
頼光は美幸の手を引いて前の方のベンチに座った。
「どうしたの、皆本くん? 怖い顔して。」
「え? そんな顔してた?」
頼光は思わず手を頬にやった。
「うん、いつもと目つきが違って。こういう所、落ち着かないの?」
「い、いや、そんなことないよ。ちょっと考え事してたから。ごめんね、心配させて。」
シスターの挨拶と讃美歌が終わると説教壇の左手奥側の扉から白い司祭の装束をまとった金髪碧眼の背の高い青年が説教壇に立った。
短く整えた顎髭が堂々とした風格をより強調している。
「みなさん、おはようございます。」
少し異国の訛りはあるが、神父は流暢な日本語で話し始めた。
「本日は信者の方もそうでない方も、良くおいでくださいました。皆さんは、もうフリマには行かれましたか? 私はまだなので、この仕事をさっさと終わらせて覗いてみようと思ってマス。」
参列席からふくみ笑いが聞こえ、神父は満足気ににっこりと笑い参列者を見回した。
「今日はカップルさんが多いみたいなので、聖書の中の『愛』に関するお話をしましょう。」
神父は赤い革表紙の分厚い本をぱらぱらとめくり始めた。
「マタイによる福音書25章31節~。この項目は仲間としての愛、家族の愛のあり方をお示しになっているお話です。朗読してみましょう。・・・・」
よく分かるような分からないような説教を聞きながら頼光は教会内を目だけで観察していた。
真新しい建物は清々しく、外光の取り込み効果も良い。
ステンドグラスの鮮やかな影が、床に綺麗なモザイク模様を映し出している。
「・・・このように、他者に与える無償の愛情を、主は最も尊いものと喜ばれます。他者を損得抜きで愛することの出来る者は主、そして父なる神からも愛される者なのです。」
神父は一通り説教を終えると軽く目を閉じ、ふぅと息を吐いた。
「さて、堅苦しいお話はここまでにして、今日は午後1時から模擬結婚式を予定しております。新郎新婦役をこのミサに参加していただいた方から選ぼうと思っています。もちろん参加費は無料です。当教会のPR活動にご協力願えたカップルさんには記念写真を進呈いたしますよ。」
神父は会場を見回して、美幸の方にちらりと目をやった。
頼光は内心を気取られないように神父の立ち襟から覗く白いカラーに視点を合わせた。
頼光は生唾を飲み込んで、軽く手を挙げた。
「おや、三組もご希望とはありがたい。前に出てきていただけますか。」
神父はパチパチと手を叩き、シスター達もそれに倣った。頼光は美幸の手を取って、指し示された祭壇の前に並んだ。
「この皆さんに神の祝福を。さて、この中から一組だけ選ぶのは心苦しいのですが、公平にくじ引きといたしましょう。」
後ろに控えていたシスターが、説教壇の中から茶筒ぐらいの大きさのアルミの筒を手にして神父の傍らに立った。
アルミ筒には三本の棒が入っている。
「この棒の先に赤い印が付いているものを引いた方が『当たり』です。さあ、カノジョさんに良い所見せてあげてください。男性の方、目を閉じて棒を選んでください。」
目を閉じたまま選んだ棒を頭上にかざす。会場から軽い感嘆の声が聞こえた。
「きゃあ。皆本くん、すごい。」
傍らで美幸のはしゃぐ声が聞こえて、頼光は掲げた棒の先を見上げた。
棒の先にはピンポン玉ぐらいの『白い』球が付いている。
「え?」
驚いて他の二人の棒の先を見る。二人とも白球をかざしてこちらを見ていた。
「では、当選者のお二人に拍手を。このお二人のお式をご覧になりたい方は、また午後1時に当教会においでください。お知り合いをお連れくださるとなお結構。さ、君達はこの後に打ち合わせがありますので、少し残っていてくださいね。」
神父は頼光をちらりと見てブロンドに光る顎髭を撫でた。