~紗彩と涼子~
「紗彩ちゃん、たくさん買ったわね。お昼前に大丈夫なの?」
マーケット会場の中央に設置された大きなテントの中。
涼子と紗彩は折り畳みテーブルを挟んで向かい合っていた。
テーブルの上にはベビーカステラや、たい焼きや、トロピカルドリンクの紙コップなどがずらりと乗っかっている。
「へへ、こういうのって何か買っちゃいません? 縁日とかお祭りの屋台めぐりみたいで楽しい。」
紗彩は屈託の無い笑顔を浮かべて続けた。
「紗彩、小学生の頃、よくお父さんとお母さんに連れられて、お地蔵さんの縁日の屋台巡りとか行ってたんですよ。」
紗彩は手近なベビーカステラをひょいとつまんで口に放り込んだ。
「あむ・・・昔から屋台の物って全然変わらないですよね。」
「そうね。『りんごあめ』とか『わたがし』とかは定番よね。最近になって増えたのは『ホルモンうどん』かしら?」
涼子は屋台の方をちらりと見て微笑んだ。
「紗彩ちゃん、私、紗彩ちゃんの事もっと良く知りたいの。いろいろ聞いて良いかしら?」
「もちろんですよ。紗彩も涼子さんに知ってもらいたいし。涼子さんの事もっと知りたいです。」
子犬のような目を輝かせて、紗彩はトロピカルドリンクのストローをくわえた。
「それじゃ、まず、涼子さんて、いくつなんですか?」
「いきなり来たわね。」
「だって、美人さんて年齢不詳じゃないですか。だからいくつなのかな~って。」
それを聞いた涼子はにっこりと笑って、定型文を口にした。
「いくつに見える?」
「う~んと、二十三・四ぐらい?」
「あら、嬉しい。そこのタコ焼きおごっちゃおうかしら?」
「え? 違うんですか。」
「ふふ、二十九歳。もうすぐ三十になるのよ。」
「ええ?! アラサーなんですか?」
「何か響きが悪いわね。でも若く見てくれてありがと。」
涼子はにっこりと笑って両肘を突いた。
「それじゃ、今度は私の質問。紗彩ちゃんは、この鴻池市で生まれたの?」
「ううん。紗彩はあんまり覚えて無いんだけど、九州に居た時に生まれたんだって。熊本・・・だったかな。それからすぐに福岡に引っ越したって聞いてます。」
「そ、そうなの・・・ご両親は何してる人なの?」
「お父さんは四ツ井造船の営業。」
「あら、大手じゃない。すごいわね。」
「去年昇進して、やっと飲まなくて良くなったって言ってた。紗彩の小さかった頃、酔って夜遅く帰って来ては、トイレで吐いてたんですよ。営業さんてお酒が仕事なんですかね?」
「そう言うトコも多いわね。私も、以前は福岡に住んでいたんだけど、そういう人達、いっぱい居たわよ。」
「ふ~ん。オトナって大変なんですね。で、お母さんは、今はRSKテレビで裏方とか、たまにレポーターとかやってます。以前はアナウンサーやってたんですよ。RKB毎日放送で。」
「へぇ、そうなの。じゃ、お母さんが取材か何かでお父さんと知り合ったんだ。」
涼子は展開されてある屋台お菓子の中からミニ・スイートポテトに手を伸ばした。
「ううん。コンパだって。」
「あらまぁ。」
「涼子さんも、ここに来る前は福岡に居たんですか?」
「そうね、福岡が長かったけど、ここに来る前は広島の福山って所に居たのよ。そこで奈緒美と知り合ったの。同郷だってことですぐに仲良くなったわ。」
「奈緒美さんって、なんか、こう、親しみやすいですよね。」
紗彩はベビーカステラをひょいと口に放り込んだ。
「・・・紗彩ちゃんて、お父さん、お母さん、好き?」
「うん。紗彩のこととっても大事にしてくれるの解るから。一人娘ってことだからかもですけど、ちょっと気に掛け過ぎじゃないかなってトコも結構あります。て、どうしたんです? そんなに神妙な顔して。」
「え? そんな顔してる?」
「いつもの涼子さんらしくないですよぉ。さ、これでも飲んで。」
紗彩は手近にあったメロンソーダを渡そうと紙コップに手をやった。
慌て者の紗彩よろしく、肘近くにあったトロピカルドリンクを小突いて見事にテーブルの上にぶちまけてしまった。
「きゃぁ。あ、ごめんなさい、涼子さん、下がって。」
情けない声を出して紗彩はパイプ椅子から腰を浮かせてバックの中からハンドタオルを取り出した。
「そんなんじゃ、間に合わないわよ。済みません、何か拭くものありますか?」
涼子は近くのタコ焼き屋の屋台のお兄ちゃんに声をかけ、美人から呼ばれたお兄ちゃんはいそいそと大きなペーパータオルを一ロール持ってやって来た。
「すみません。すみません。」
真っ赤になって紗彩はペーパータオルをちぎってテーブルを拭く。
三人がかりでの拭き掃除はすぐに終わり、それぞれ元の位置に戻って行った。
「ごめんなさい、紗彩、そそっかしくて。」
「そんなに落ち込まないで。今に今、始まった事じゃ無いでしょ?」
涼子はぽんぽんと優しく、うなだれた紗彩の頭を叩いた。
「涼子さん。慰めるのと、けなすの、一緒になってますよ?」
「あら、そう? ごめんなさい。ふふ。」
「へへ。」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
すっと髪をかき上げた涼子の左腕の袖口が、先ほどのジュースで山吹色に染まっていた。
「ああっ、大変。涼子さんのオシャレ着に汚れが!」
紗彩は慌ててハンドタオルを取り出して涼子の左袖に当てがった。
身を乗り出して腕をつかんだので涼子の左腕が肘まで顕わになった。
「ちょっと、紗彩ちゃん。落ち着いて・・・」
「? 涼子さんもここにアザが有るんですね。」
白い腕の内側にある、卵型のアザを見て紗彩は不思議そうに声を上げた。
「! あ、これは・・・」
涼子は慌てて袖を引き戻し、左腕を引っ込めた。
「腕にアザが有る人って多いんですね? 紗彩のお母さんも昔は有ったって言ってました。今は消えちゃったみたいですけど。ほら、涼子さんにも見てもらったあの写真の頃。」
涼子はぎこちない笑みを浮かべて視線を泳がせた。
「涼子さん?」
覗き込む紗彩から目を反らせて涼子は生唾を飲み込んだ。
「それ気にしてるんなら誰にも言いませんし、お母さんみたいに消えちゃうかもですから、ね?」




