出来事は早急につき
「だって、噂が無くなればこのダンジョンも消失してしまうんでしょ?」
「そうなの……だから仕方なくというか、たまーにここを出て、近くを通る商人さんたちを驚かすついでに私のダンジョンを題材とした小説を流していたの」
という噂の元となった経緯を説明していた。
やはりというべきか、彼女がこのダンジョンのボスで正解だった。しかし、リオにとって更なる疑問となったのは――噂が無くなればそのダンジョンは消失してしまうという、俄かには信じがたい話。
だが実際にダンジョンボスを務めている彼女が言うのであればそれは間違いないのだろうが。
「成程ねー。でも、それだけが目的だったら、もう少し優しい悪戯? にしたらよかったのに。宗教一時的に変えるとか、魔力の最大値削るとか、結構悪質じゃん」
まさかこれもその〝噂〟というのに起因しているのか? と脳内で思考を巡らせたリオは、彼女が答えにくいであろ質問を、あえて投げかけた。
案の定、アカネの表情は更に暗くなってしまい今にも泣きだしてしまいそう。
それを見たリオが若干慌てふためいてしまったが、彼が何かを口に出そうとする前にアカネが口を開いた。
「ごめんなさいなの……宗教に関しては、好奇心だったの」
そこで一拍置いたアカネは、ギュッと両手を握ると力強い瞳でリオを見つめた。
「でも! 最大値削ったのには、ちゃんとした理由があるの」
「理由、ねぇ」
一瞬その目力に気圧されてしまったリオだったが、彼女の言葉を聞き顎を擦った。
最初質問を投げた時は絶対両方何かしらの意味があったのだろうと踏んでいた分、多少がっかり感はあった。しかし、半分とはいえ的を得ていたのは事実。
知識欲の塊と化したリオは、自身の口角が徐々に上がっていくのを無理やり抑える。
「ダンジョンボスというか、ダンジョンが出来た時から中に居る魔物は、魔蔵に蓄えている自らの魔力とは別に空気中の魔素や魔力を持った生き物から魔力を摂取しないと消えてしまうの」
一呼吸置き。
「でも、私は何故か魔素を吸収できなかったの。だから仕方なく、この館に来てくれた人や外界の魔物から魔力を頂いていたの!」
そう言い切ったアカネは「ふんすっ」と間抜けに鼻息を荒げ、前のめりになっていた姿勢を正した。
だが説明を受けた筈のリオの表情は未だに曇っている。何か引っかかっているようだ。
腕を組んだリオは、眉間に皺を寄せ終始視線を下げたまま口を開いた。
「多分アカネさんのそれは〝魔素摂取不全〟っていう病気だったと思うよ。何年か前、知り合いの使い魔が一時的にアカネさんと同じ症状に陥って大騒ぎになった事があったからね」
「何とっ! ここに来て何十年もの悩みが解決されたの!」
言葉を区切ったリオが苦笑い気味にアカネへと微笑み、彼女は両手を打って「なるほど」と体現してみせる。
アカネは〝ダンジョンが出来た時から中に居る魔物〟と言っていたが、基本的に魔物というのは亜人に比べて自ら魔力を生成する力が弱く、保有する約三割程度を空気中に漂う魔素を体内へ吸収し魔力に変換する必要がある。それが滞った状態で魔力を使用してしまうと徐々に最大値が削られていき、最終的には魔力が枯渇して死んでしまう。これがダンジョン内の魔物だと死体は残らず、身体が魔素へと分解され消えてなくなる。何故ならダンジョン乃至ダンジョンモンスターは人々が流す〝噂〟という言霊に宿った魔力を元に構築されている為である。
そして〝魔素摂取不全〟を完治させる方法としては彼女の言うように魔力を宿した生命体、若しくは無機物から魔力を供給してもらう必要がある。
リオが気になったのはその点だった。供給してもらう必要があるだけで、魔力の最大値を削る必要は無いのだ。というか、そんな方法を耳にしたことが無かった。
そのことをリオはアカネに伝えると、彼女は又しても申し訳なさそうな表情で口を開いた。
「それにもちゃんと理由があるの。実は――」
アカネの話を要約すると、こうだ。
魔力が枯渇していた彼女の元に厚手のローブを纏った男が現れ『君の症状を直すには魔力を供給してもらうだけでは足りない』と言われる。そしてその改善方法として魔力の最大値を削る魔法を教えてもらい現在に至る、といった具合。
縋るような思いだった彼女はそれを実行し、今迄生き延びてきたという。
正直、この話もダンジョンが噂で――という話と同じくらい信じがたい話ではあるが、未だに新たな魔法が開発され続けている今、それを真っ向から〝嘘だ〟と否定するには材料が足りない。そう感じたリオは、自身を誤魔化すように「なるほど、なるほど」と何度も肯いた。
「そうか、ならこの話はいいや。また知りたくなったら調べるよ。で、次の質問なんだけど……此処までの道中しつこいくらい進化の秘術使ってたけど、代償とかどうしてたの? あれ、結構負担でかいと思うんだけど」
リオの中では今のところ、これが一番気になっていた。先程も説明したように、進化の秘術という禁忌魔法は代償が大きい。少なくとも身体の一部を欠損してしまう程の魔法である。そんな魔法がここに至るまで数え切れない程行使されており、酷い時は同時に三〇も使われていた。
しかし、それを行っていたであろう相手の身体に欠損は見られない。もしかすると魔物と亜人では対価が違うのか? 相手は幽霊だから対価を必要としない? そんな事を脳内で巡らせるリオは、ここ最近で一番瞳を輝かせて彼女へ投げかけた。
だがその返答はリオの求めていたものとは程遠いものだった。
「え? 進化の秘術……? そんなの使った事ないの。というか、ダンジョンボスはあくまでダンジョン内の魔物の一種だから、そこまでダンジョンに干渉できないの」
続けて「ダンジョン内の魔物を調整するのはダンジョンの意思と言われてるの」と締めたアカネ。
予想の斜め上をいく返答に、思わず目を点にしたリオ。
彼女のいう〝ダンジョン像〟が全て当たっているのであれば、ダンジョンという存在は魔力で構築された知的生命体の一種であり、噂という言霊を生命力とした摩訶不思議なものとなってしまう。
事を全く理解できていないリオは何度も首を捻り、唸り声を上げては腕を組んだ。
「なるほど……なるほどなぁ……んー。分からん」
「大丈夫なの?」
そんな彼を心配そうに見つめるアカネ。座っている状態から前かがみになり、リオへ詰め寄る姿は少しアブナイものがあり、彼が頭を悩ませている状態でなければ鼻血を噴射していたところだった。
三分ほど唸っていたリオは、突然両膝を叩き。
「よし、分かった。取り敢えず今日は此処まで。また頭を冷やして再調査だな!」
そう呟くと根の張ってしまった重たい腰を持ち上げてお尻を叩いた。
彼の様子を見ていたアカネは頭上に疑問符を浮かべ、不思議そうに見つめる。思っていたよりも長時間話していたせいか、彼女の頭に〝用事が済んだから帰る〟という行動を思い浮かべることが出来なかった。
しかし、リオにとってそんな事はどうでも良い。「それじゃ」と小さく手を上げた彼は踵を返し、開いたままの扉を潜りずんずんと先へ進んで行く。
「――ちょちょ! 待ってなの! 早いの! 早すぎるの!」
それを防止するように急いでリオの後を追いかけたアカネは、彼の襟を思いきり引っ張った。リオの後姿を見て、漸く彼が〝帰宅する〟という事実を認識できたようだ。
唐突の出来事に思わず蛙が潰れたような声を上げてしまったリオは、彼女の豊満な胸の中へと着地し、目尻に涙を浮かべてアカネを睨みつけた。
「な、何すんの? 滅茶苦茶痛いんだけど」
彼女はリオをギュッと抱きしめ、仄かに染まった頬、視点の定まらぬ瞳で言葉を詰まらせながら口を開いた。
「そ、そんなの決まってるの! わ、私も――――私も連れて行くの!」
「……は?」
恐らく、彼の反応は間違っていないだろう。
最後までお付き合い頂き有難うございます!
引き続き「この男の娘、最強につき」を宜しくお願い致します!