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13.  あたしはあたし あなたはあなた その⑥ ☆

 クリスタはリックの元へと駆け寄った。そして彼の指差す先、宙に浮く親友の姿を見る。

 テスの身体を包むミルク色の光が、まぶしい。発光しているように見えるのは、彼女のオーラとかいうものなのだろうか。


「……し、信じられない……ん……だけど……さぁ、これ」


 あっけにとられた顔で、彼女はリックに同意を求めた。彼がそれに答えられる状態ではないことは、クリスタも理解している。けれども、そうでもしなければ、彼女自身もこの状態を受け入れる余裕が無くなっていた。


 クリスタは大きく息を吐くと、もう一度目を瞬き、親友を凝視する。床から頭一つ分浮き上がり、空中に存在する親友の身体は、ひたすら奇怪に映ったのだった。


(う~ん。こりゃ、もう認めるしかないかねぇ……)


 彼女はごくりと息を呑みこむ。未知の能力が恐ろしいとか、理解しきれないとか悩んでいる場合ではない。


(アマンダは自分が超常能力者(タレント)であることを認めている。ご丁寧に、あたしの頭の中を覗いてみせた!)

(テスに対して能力(ちから)を使ったようなことも漏らしていた!)


 クリスタは超常能力に対して特別な関心があったわけではないから、ニュースや情報番組の解説などで知り得たことくらいしか知識の持ち合わせはなかった。

 これまで彼女の人生に、能力者(タレント)が深く関わる事件も無かったから、上辺だけの知識があればなんとなくまかり通って来たのである。


 それでも最近は能力の暴走による惨事が報道される機会が増えたので、超常能力だの能力者(タレント)だのと云う単語を耳にする機会が多くなり関心を持つようになった。


 ロクム・シティでの『悪戯』事件のこともある。


 こうなると彼女の好奇心が疼き出し、サーバの百科事典から好事家の書き込みまで気になった事柄を調べてみたりもしたが、検索しても当たり障りのない内容か絵空事ではないかという内容しか得られない。


 特に、太陽系連邦政府の広報の内容は、世間に流布している能力者(タレント)への偏見と差別を正そうというスローガンを大々的にアピールしているが、彼らの実態については期待したほどの解明も解説も無い。公開されている情報の少なさに拍子抜けした。

 声を上げられない少数派への救済も怠っていないという政治屋の建前だけで、実際はなにも把握していないのか無視しているのか、はたまたなんらかの理由で情報公開の規制を掛けているのではと勘ぐりたくなったくらいだ。


 それでも超常能力の種類や本質、公認能力者(オフィシャルタレント)の存在、能力の水準によって階級があることは、乏しいながらも情報を得ることが出来た。



 関心が深まってきたところで事件が起こる。

 テスが行方不明となり、それどころではなくなった。心配が先に立ち、しばらくこれらの知識と情報はクリスタの頭の隅へと追いやられてしまう。


 再び浮上してきたのは、離れ屋『緑香球』での対策会議中のことだ。メリルに心理学と脳科学と『技術』を駆使してテスが暗示を掛けられたのではないかと提示され、彼女は能力者(タレント)の介入を疑ってみた。あの時は可能性のひとつくらいにしか考えていなかったのだが――。


(う~ん。感応能力(テレパシー)以外にも能力を持っているような口ぶりだった。どんな能力(ちから)を、どの程度行使(つか)えるのかってのが、ムカつくほど気になンだけど!)


 現在その知識をフル動員中だ。



(――――で!)


 

 彼女の人生に、能力者(タレント)が関わって来た。

 それも、ごくごく身近な存在としてだ。



(テスも超常能力者(タレント)だったのかいぃぃ~~!?)



 褐色の広い額の中央に、グッと眉が寄る。そしてきれいに整えられた爪先で、痒くも無い頭を掻いていた。




 ♢ ♢ ♢ ♢




「ク、クク……クリス……、ヤヤヤ……ヤ……ヤバい、ヤバい、ヤバい……」


 リックがクリスタの腕にしがみついてきた。泡を吹きそうな勢いで危機的状況を訴えて来るが、それは先刻承知のことだ。

 いや、むしろ「おまえさんよりよ~くわかっているよ」と声を荒げたいくらいだったが、目の前の能力者(タレント)たちを刺激したくなかったので、ウンウンと頭を縦に上下するにとどめた。


「なん……で、ヤバい……ヤバい、テス……ヤバい……ちょ、ちょ…ちょく……声が……のわわ……」


 動転しまくっているリックは舌を噛んだ。呂律が回っておらず、言いたいことがよくわからないのだが、ひっ迫した表情でしきりと警戒を促してくる。


「ちょっと、静かにしとくれったら!」


 腕を振りほどこうとすると余計にしがみついてくる。相手は筋肉質の大男なので、引き倒されそうな程重い。引き剥がそうとすれば、ますます必死に噛り付いてくる。

 「離れろ」「嫌だ」と小競り合いが始まってしまった。


<――ウル……サ……イ>


 たどたどしい小さな警告の声だったが、ふたりの脳内には雷のように響き渡る。

 浮遊する能力者(タレント)は、油の切れた機械仕掛けの玩具みたいなぎこちない動きで、細かく身振りを刻むように首を動かし、ふたりに顔を向けた。


「――――ッ!!」


 不可避にそれを目撃してしまったクリスタとリックの心臓は、一瞬動きを止めてしまう。





 外見は間違いなく彼女の幼馴染で親友であり、彼の別れることになってしまった恋人なのだが、雰囲気がまるで違う。

 髪は逆立ち、白銀の炎のようで、蒼白の顔の周りで揺れていた。小柄だがグラマラスな肢体の周りには閃光の瞬き(スパーク)を繰りかえす無数の小さな光の球。

 表情からはテスの魅力であるはずの柔らかさや愛らしさが削ぎ落とされ、白光する肌は無機質に輝き、神々しくも安物の合成樹脂の人形のようにも感じられる。


 だが、ふたりを威圧しているのはテスの目だ。それは彼女たちがよく知っている淡い空色の瞳とは似て非なるものだった。嵐の前の暗雲、底知れぬ地の底で渦巻く濁流、それともなにもかも吸い込む貪欲なマイクロブラックホール――ふたりを見下ろす見開かれた瞳は、まがまがしさを孕んで暗く濁っていた。



「……あ、あああれ、あれ……テスじゃ……ねぇ。……テスじゃねえ……ちちちちちが……ちが……――」


 クリスタの両肩をつかんだリックが、顔を近づけ超至近距離で主張する。


 そこは、同感だった。


 困ったことにリックは驚きを通り越し恐怖に怯え始めている。赤くなったり青くなったりする彼の顔色や、額に噴きだす汗の量を見れば一目瞭然だ。恋人の異常な変化に、感情が追いついていけないらしい。

 わたわたと狼狽(うろた)え、腕を大きく上げたり下げたりする動作を繰り返している。

 ところがリックが必死になればなるほど、行動は笑いを誘い、シンバルを打ち鳴らすサルのおもちゃを連想させた。


(歯をむき出しにするところとかそっくりだねぇ――って、いやいや……この非常時になに考えてンだよ、あたしは!)


 デカい図体の割に気が小さいリックのことだから、今の気分は遊園地のアトラクション並みに、上昇と下降を繰り返しているだろうと同情もする。珍妙な動きもその為だと思う。

 けれども、さりげなくそっぽを向いた美人モデルの顔は痙攣したように震えていた。


 ――が。


 熱のこもった主張だが、口から飛び出すのは言葉だけではなかったから、クリスタはどうにかして彼との間隔を取ろうとしていた。手加減無しに掴まれた肩への痛みも、不快感に加算されていたのかもしれない。

 とはいえバスケ選手の掌はがっしりとしていて、簡単には外せない。


 ならばとクリスタは両肩を内から外へと大きく動かし、両手を真上に上げると、肩を掴むリックの上腕二頭筋の上に容赦なく肘を落とす。短い悲鳴を上げて大男がのけ反った。同時に掌も離れる。


 リック・オレインには申し訳なかったが、肩の痛みと唾液のシャワーは回避できたとクリスタは小さな満足を感じて口元が緩んでしまった。





「のぉわ~にすんだよぉ、おまえぇ!」


 痛みで恐怖心を押し退けたのか、リックが突っかかってきた。


「悪かったね。怖がりのおまえさんに、ちょいと(カツ)を入れてやったんだよ!」

「どこが(カツ)だよ、攻撃だろ」

「暴漢にいきなり肩を掴まれた時の護身術の応用だからね。それを言うなら、反撃の方が近いんじゃ……」

「なんだよ、それ! おまえ……いい加減にしろよな。だいたい――」


 状況を忘れ、言い争いが過熱するふたりの前に浮遊したままのテスが近づいていた。まずクリスタが異様な気配を感じ、首を巡らせた。リックもつかさず倣う。そして見下ろす能力者(タレント)と視線がぶつかる。


 すぅっと気が遠くなるような感覚を味わった。


 めまいと共に、引き寄せられた視線は剥がすことが出来ない――!


 無意識に腰が引けていた。浮遊するテスがわずかに揺れただけで、クリスタもリックもその場で飛び上がってしまった。

 逃げ出したいが、背後は白壁に退路を阻まれている。


 後退が出来ないならと壁づたいに移動しようと、奇しくもふたりは同時に考えた。しかし気の合わないふたりは、逃げるどころか鉢合わせをして身体をぶつけてしまう。

 ジタバタと足掻けど、どうにも進退はままならない。


 その様子を黙って見下ろしていたテスの身体が小刻みに震えると、閃光に似た光が立ち上る。危険を告げるアラームが脳内に鳴り響くが、クリスタとリックは動くことが出来なかった。





 ♡ ♡ ♡ ♡





 どこからか聞こえてくる正体不明な声によって、あたしの意識はほうきで掃き散らかされた塵のようにグシャグシャにかき乱され、ついでにあちこちに投げ捨てられてしまったみたい。


 どーしよ……。


 自分の身体の中で、ん……意識の中で……かな、バラバラ死体になった気分だ。


 ヤだ!


 あたし死んじゃったのかなぁ……!?



 ふぇ~~~~ん!! 



 やっとクリスタと再会できたのに~~~! いろいろ話したいことだって、いっぱいあったんだよ。事故のこととか、『レチェル4』で会った人たちのこととか、能力のこととか!


 そうよ。それ、それ!


 ねえ、あたし、「能力者(タレント)」なんですって! 

 うふふ、おかしいでしょ。笑っちゃうでしょ。


 あたし超常能力を持っているの。

 潜在していたのが、事故のショックで目覚めちゃったらしいの。


 しかもランクはA級とか、ヨーネル医師(せんせい)は言うのよ。だからオーウェンさんがあたしを……えっと、なにに推薦するって息巻いていたんだっけ……――?





 ――――ねえ、クリスタ。お願いよ、聞いて! 

 教えてよぉ。…………あたし、どうしたらいいの?

 問題、山積みなんだよ!



 ううっ。どうすれば……いいのかしら…………。


 ホントに、死んじゃったの……?





 クリスタぁ、教えてよぉぉ……。ほらぁ、涙が出てきちゃったよぉ…………。





<――――死ンデハイナイ。()()()()()()。マダ、消滅エラレテハ困ル……>


 そうよね。()()()()()()で、まだ消滅えてはいな……い……のよね、って……!?



 ――――――――!?



 はぁぁぁ?


 なんなの、それーーーー!!





 驚くあたしの目の前に、「あたし」がいた!!




   挿絵(By みてみん)

      イラスト:天界音楽様





   

 ♢ ♢ ♢ ♢





(それにしても……)


(――これはテスじゃあない。アマンダ同様、中身が違う気がする……)


(確かに外見はテスだ。けど――そっくりの別人……っていうか、まったく別の人格がテスの身体を乗っ取って操っている……って感じが……するんだけど……)


 背筋が寒くなるような可能性が浮かんできた。


(「能力者(タレント)」ってのは、人格が変わっちまうのかい!?)





 音も無く、テスそっくりの浮かぶ能力者(タレント)が近づいてくる。

 声にならない悲鳴を上げたリック・オレインが、身体を固くした。その声に、クリスタも引き攣る。


 その時――。後方で、もうひとつの気配が動いた。それは、アマンダ・カシューの姿をした能力者(タレント)だ。


 テスの意識が、後方へと逸れる。

 気配のありかを確認すると、身体はクリスタたちの方を向いたまま、首だけ、ぜんまい仕掛けのからくり人形のように後ろへ回転していく。





 口元に、うっすら笑みを浮かべて。



クリスタとリックのすったもんだはまだ続き、テスには新たな展開が!


ようやくクライマックスっぽくなってきました。

次回もすったもんだは続きます。しかも、もっとややこしや~な奴らが出てくる予定……。



2022/4/24 挿し絵を追加しました。

天界音楽様、ありがとうございます。

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テスとクリスタ ~あたしの秘密とアナタの事情
― 新着の感想 ―
[一言] アマンダ→誰かが操ってる と予想してたのに違いました!それよりテスが〜。何で2人いるんだぁぁ(煩悶)
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