53-災いを引き寄せる巨女
高度による生息圏、太古から生息している巨大な力を持つ古龍や単体だけでも脅威となる竜族などは浮遊島区域では高高度区域に生息しており、滅多に人種族や亜人種族がいる空域まで降りてくることがない。浮遊島が点在し、陸続きではないこの場所は空を飛ぶ技能を持っていない種族にとっては生きにくい場所である。
その中で空クジラはどの空域にも存在しており、竜族の引けをとらない強さを持っている。群れで行動している。浮遊島に住まう亜人種族の中で空クジラを捕鯨できるものは英雄視される。一部の研究者はここに住まう竜族の主食は空クジラだという説があるが真実を確かめたものは未だに存在はしていない。
浮遊島にて生息が確認されている亜人種族はハーピー族とガルーダ族であり、人種族との交流がある集落なども存在している。またハーピー族とガルーダ族の中には空クジラの上に町を築き、生活をしている種族も存在している。
◇
想像とは違った形ではあるが、空賊が所有している飛空艇を手に入れ、結果的に空賊を傘下に収めることになったツェリスカたちだった。今後のことを考えると面倒なのと一緒にいると疲れることもあってか、ザレクとマゴクをそうそうに帰還させ、具体的に言うにしても「自重しろ」としか言えなかったツェリスカだった。
「サルディン・マンクロス…元冒険者が賊に落ちるというのは、冒険者ギルドからすると重罪にあたるし、死刑は免れないわね」
サルディン・マンクロスはすでに腹をくくっていた。巨大空クジラが墜落した際の防御結界、皇帝国とのやり取りを見て下手に歯向かったり、逃げたところでどうにもならないとわかったのだった。
「は、はい…」
彼はただ頷くしかなかった。彼が今まで造りあげてきたアジトにツェリスカたちを招き、その中で一番いい部屋でソファにゆったりと座らせていた。もちろん彼は立ったままであり、ザクロ・リリウムからの質問に答えていた。
ザクロ・リリウムはポーション割りを飲みながら、今後のことやこの空賊たちをどうするのか頭を悩ませていた。まさか、空賊に出会うとは信じてはいなかったし、飛空艇も都合よく調達できるとは思わなかったのだ。本当に無駄足になって、別の方法をとると思っていたからだった。
サルディン・マンクロスが率いていた空賊は40名規模のもので賊としては大きい方であった。ツェリスカとタヴォールはそれを聞いた時に優秀な人材だなという印象を持っていた。彼女たちにとって賊は悪い連中ではあるが、補給無しで自給自足で敵対組織などから物資を調達しつつ拠点を築くというのはなかなかだと思っていたのだった。
「そ、それで俺たちになんの御用でしょうか…」
いくつかの飛空艇がダメになったが、修理するとまだ使えるのもあり、アジトでは修理など行われていた。彼らのアジトは浮遊島を改造したもので、気流の歪みを多い場所とされる普通の人は近寄らないと言われている場所だった。
「この場所に行きたいんだけど」
タヴォールが天球儀から立体映像地図を映し出し、断片的ではあるが目的地の研究所を指し示したのだった。タヴォールが未踏の場所はさすがに何も写ってはいないものの、現在位置と滞在していた場所などからある程度の距離がわかるようになっていた。
そしてそれを見たサルディン・マンクロスの顔は引きつっていた。
高度な魔道具は神器とされており、立体映像出力されるその様子は滅多に見られるようなものではない。冒険者ギルドなど大きな組織には大型のそういった魔道具などはあるが小型でかつ地図も表示させられるようなものは国宝級である。
(お、俺はなんて奴らに出くわしてしまったんだ…)
彼の運命はツェリスカたちに出会ったことで大きく変わってしまったのだった。
巨大空クジラについてザレクとマゴクから詳しく聞くことになる
「それでこの場所に行ける?行けないの?」
指し示された場所というのは、竜族たちの空域であった。空賊でなくてもそこの領域に行くというのは無謀であり、自殺行為だった。
「む、無理でさぁ…そこは竜族たちの空域、空クジラならまだしも…人の身や飛空艇で向かうとしても食われてしまう」
「行けないわけではない、ということか…」
ツェリスカは竜族がどれほど強い種族なのか問題ではなく、行けるか行けないかが重要だった。それはタヴォールも同じ思考であった。彼女たちが生きてきた時代は作戦遂行における障害は排除するものであって、なんとかするという思考しかなかったのだった。
脅威の度合いがなんであろうと目的を果たすように訓練された彼女たちに行けるという現状があるなら、どうやって行くかしか脳になかったのだった。
「えーっと、お前…名は…」
ツェリスカはサルディン・マンクロスに名を訪ねた。ここに来て彼ら空賊とツェリスカたちはようやく自己紹介をすることになったのだった。互いの立ち位置というか関係性は明らかに強者と弱者ではあるが…。
「サルディン…サルディン・マンクロスです。元冒険者で今は空賊をやってました」
「元冒険者…ね。何があったかわからないでもないけれど、今の状況と立場はわかってるようね」
ザクロ・リリウムは察した風に彼の自己紹介に対して感想を漏らしていた。
「それでサルディン、行けないわけではないというのはどういう意味なんだ?」
ツェリスカは元冒険者だろうとあまり興味を示していなかった。懸念しなくてはいけない問題点は何か、それが自分のルーツを知るにあたりどんな障害なのかだけが興味の対象だった。目的を失い自分を探している最中である彼女だったのだ。
「は、はい。その空域は竜族の中でも古龍の縄張りとも言われてまして、竜族の中でも古龍以外は滅多に近寄らない場所と言われています。それだけだったらまだ隠れながら行くことはできたのですが、巨大空クジラが今までと違うルートで徘徊するようになって、竜族たちの事情が変わったのかそこに行くにも…竜族に見つかってしまうんです」
「竜族に見つかると何が問題なんだ?」
ツェリスカにとって竜という存在は未知であった。出会ったことすらないため、どのくらい強い生物なのか想像がついていなかったのだ。
「竜族というのは簡単に言うと地上最強生物といっても過言ではないのよ。強靭な鱗に包まれ、絶対的な物理防御だけではなく、膂力だけはなく、魔力や自然の力を操り結界力もある。更に空を自由に飛び、口からはブレスと呼ばれるものを吐くわ。私は一体だけなら単独撃破はしたことはあるけれど、複数同時だと死を覚悟するレベルよ」
「一体が蛮神レベル…ということか」
「大体そんな感じだと思ってもいいと思うわ、それに見つかったら仲間を呼ばれて面倒なことになる。という可能性があるのよ、竜族の詳しい生態はわからないけれどね」
「一体ならまだしも、二体、三体となってくると…厄介なんだよな」
ン・パワゴも面倒臭さを語っていた。普通の冒険者ならば竜という存在は滅多に出会うものではないし、討伐するだけでも大事なのだが、ザクロ・リリウムもン・パワゴも冒険者の中では規格外に該当していた。ツェリスカとタヴォールにとって一般的な常識が養われないまま、勘違いするきっかけとなっていた。
サルディン・マンクロスに至っては、ツェリスカたちを一介の冒険者ではなく規格外の化物とみていたため、彼らの会話に驚いたにしたにしろ、どうにかなってしまいそうな気を持ち始めていた。
「雲海の空島が不安定になってることが原因で生態バランスが崩れ始めている…ってことね」
ザクロ・リリウムはぼそりと先程のことを整理し、考えていた。
「巨大空クジラをどうにかなんて出来るのかしら…?」
浮遊島くらいの大きさを誇る巨大空クジラを討伐するにしても、巨大飛空戦艦で爆撃しても対してダメージ与えてなかったので自分たちでどうにか出来るものなのかと考えていたのだ。それはツェリスカやタヴォール、ン・パワゴも同じだったため、ザクロ・リリウムが呟いたことで誰も打開策的なものは出てこなかった。
いっときの沈黙の中、ツェリスカの魔導本がカタカタと震えだし、ツェリスカ自身も何事かと腰のホルスターに閉まっていた魔導本に手をかけようとした。魔導本がうっすらと光って魔法陣が空中に形成されるとザレクとマゴクが召喚された。
「巨大空クジラの攻略方法ならばっ!」
「調査は完了しましたってね☆」
「勝手に召喚されないようにロックかけていたはずなんだが…」
ツェリスカが呆れ気味にザレクとマゴクへ言い、それを聞いていたザクロ・リリウムは白目になって口に含んでいたポーション割りをこぼしていた。
「愛と忠誠心を試されている」
「困った時に駆けつけるのが我々の役目です!」
さすがにツェリスカも今回の巨大空クジラが引き起こしている竜族の生態区域侵入など、ザレクとマゴクが原因だとこの時点で気がついたのだった。でなければ、わざわざロックを解除して現れないと思ったのだ。
「お前らが原因で巨大空クジラが逃げておかしなことになってるんじゃないか?」
巨大飛空戦艦はロクアディ皇帝国のものだ、そしてそのロクアディ皇帝国の実権を握ってるのはこのザレクとマゴクである。
「てへー☆」
「ぺろー☆」
手で顔を覆い、ツェリスカは大きくため息をついていた
そして、かろうじて口にした。
「訳を話せ」
ザレクとマゴクはニコニコしながら巨大空クジラの正体と話し始めた。即身蛮神召喚という特殊な術式によって都市全体を蛮神化し、召喚時に願った状態にならない限り蛮神状態を継続し続け遊覧飛行を続けている存在だという。昔から巨大空クジラは存在はしていたものの、巨大飛空戦艦の建造数が整ってなかったこともあり調査兼討伐はしてなかったとのことだった。
「いやぁ、実際に調査しに巨大空クジラに乗り移ろうとしたんですけれどね」
「防衛システムがしっかりしてるので乗り移っても撤退を余儀なくされちゃうので~」
「一回、地上に降りてもらって地上に貼り付けにして攻略した方がいいって思ったんですよ」
「なんせ、空間の歪みがだんだんひどくなってるのでこのままだとこの空域一帯に亀裂が入って次元崩壊とかー」
「おい、ちょっと待て…次元崩壊だと?」
「ねぇ、ツェリスカ…今すっごく物騒な言葉を聞いたんだけど…」
「ツェリ姉さん、今計測してみたらたしかに変な数値がー」
「おい、ザレク!マゴク!」
次元崩壊が起きる要因として調査した結果、とある古龍が研究所に対して攻撃をしかけてその影響により次元に歪みが生まれ、別次元の中に隠れていた巨大空クジラが姿を現したのだった。
もとより、別次元に隠れいた巨大空クジラは定期的に現れてはいたものの、常時出現していたわけではなかったのだ。次元に亀裂ができたまま、巨大空クジラが遊覧飛行をしているため調査兼討伐になったとのことだった。
「本当にお前ら…何かしてないだろうな?」
ザレクとマゴクのことであるためか、ツェリスカはどうにも疑り深くなっていた。
「してないですよ!」
「憤慨!ふんがぁぁい!」
手をブンブン上下にぶんぶん振りながら否定していた。
「ねぇ、次元崩壊とか言っていたけれど…」
ザクロ・リリウムとン・パワゴたちを置いて話されたため、実際にどれほどの規模の危険性が秘めているのかその言葉の意味を知ってる者たちだけでしかわからない状態になっていた。
「タヴォール、計測値から次元崩壊が起きた場合の被害範囲と影響シミュレーションを映し出せるか?」
ツェリスカから言われ、タヴォールは天球儀を操作すると立体動画が部屋の中に展開される。彼らには見慣れたものだったがサルディン・マンクロスにとっては何が起きているのかついていけてなかった。
映し出された映像は発信地と思われる場所から亀裂が入り、そこから一瞬で吸い込みくしゃくしゃになった後、それが逆戻ししたように戻った後にぽっかりと黒い何もない空間が出来上がっていた。その後に、そこを埋めるように大気や浮遊島などが吸い寄せられていった。影響範囲はかなり大規模のものでこの一つの空域そのものを消し飛ぶものだった。
「あ、これあかんやつや」
ン・パワゴはすでに諦めていた
「はぁぁぁん!?ちょ…マジ?!えっ?」
ザクロ・リリウムは事の重大さにキレていた。
サルディン・マンクロスは映像に対してついていけなく立ったまま意識を失っていた。
「そんでー私たちでなんとかできればーと思ってまして、ねぇ?」
「うん、はんせーしてさ☆」
間延びした緊張感ない喋り方をしつつも、なんとかしようという気持ちが出ていた。
「どうしたんだ…お前ら…」
ツェリスカは今までザレクとマゴクが世界に対してほぼほぼ傍観してきたことから、ロクアディ皇帝国を動かしてまで調査してるのが不思議と感じていた。やる気を見せるとしたら世界征服的な行為の方がやる気に満ちて喜々として実行する気がしていたからだ。
「常に別次元の穴が開きっぱなしっていうのは精霊にも悪影響及ぼしますし、閉じるにも巨大空クジラを調査しないとまた開く可能性ありますし」
「ですしですしーそれに、巨大空クジラの動力なり解明できれば自国の軍事強化などに使えるしですし」
巨大空クジラが別次元に行ったり来たりしていたが、常時こちら側にいることで歪が自然に戻るはずが開きっぱなしになっているため、それを閉めるために巨大空クジラを調査しないといけないということだった。
「お前ら、第一目標は軍事強化のために研究するつもりだろ…」
マゴクが口を滑らせたのか、さらっと言ったことが主な目的だとツェリスカやタヴォールにはわかっていた。もちろんザクロ・リリウムやン・パワゴもだ。ツェリスカはザレクとマゴクも睨み、訳を聞くとツェリスカが現れたことにより、ツェリスカたちに負担にならないようにさせたいという思いからだった。
縁はそこまでなくとも、ツェリスカたちはこの空域にいる生きとし生けるものを助けるために、巨大空クジラの調査兼討伐をし、次元崩壊を止めようとしていたのだ。
ロクアディ皇帝国の巨大飛空戦艦では刺激をあたえてしまうのが調査結果でわかり、迎撃モードに移行してしまうので小型飛空艇で接近し、取り付いて調査した方がいいことがわかったのだが、小型飛空艇で調査するにも戦力的にいい人材がいないわけではなかったが…
「せっかく建造した巨大飛空戦艦のテストや艦隊としての運用テストも兼ねた方がいいという結論がありましてー」
「最初は過剰戦力だと思ったのですが、まさか外郭に行く付く前の結界で憚れて、大した決定力に欠けた結果になったのは遺憾でしたー」
ザクロ・リリウムとン・パワゴの二人はこの二人に関わってから知らずのうちに大きな災いに巻き込まれていることが確定してきていると思っていた。
(なぁ…ザクロ、お前が拾ったんだから最後まで面倒みるか、どうにかしろよ)
(わかってるわよ…)
二人は不滅者同士の秘匿回線を使い、話していた。
その後、どうやって調査するのかはサルディン・マンクロスたちの力を借り、彼らが知っている空路はロクアディ皇帝国が知らない巨大空クジラと接触できるものだった。空賊ならではの情報であり、ロクアディ皇帝国のような大型飛空艇を運用している国ではわからないものだった。
ザレクとマゴクは精霊による情報収集は行っているが実際に人種族が戦闘をせずに移動する移動経路などは考慮されていなかったため、今後から気をつけることになった。
なお、気を失っていたところ叩き起こされ事情を飲み込めないまま、今回の問題に対しての移動手段や経路など解決させられたサルディン・マンクロスはロクアディ皇帝国と正式な調査団として安泰していくのだった。彼がのちに伝説の空賊として名を馳せるようになってしまうのは別の話である。




