47-心に従って
魔王、いつの時代からかそう呼ばれる存在は大なり小なりいる。彼らは強大な力を持つだけではなく、影響力が高い事に共通することから危険とみなされ魔王と呼ばれる。自らを魔王と呼ぶもの者も存在はもちろんいる。
都市国家間において国の存続に左右する存在、どの国にも所属してなく国として対応し難い者は何かしら粗探しをさら吊し上げられる。
しかし、国に取り込める場合は勇者なり英雄なり扱いが変わってくる。冒険者ギルドなりに所属していれば、問題になり難い事もある。ギルドそのものが守ってくれる事が多いからだ。
だが、それでも強大な力を持つ者は国に取り込まれるか危険視され、いずれは魔王として見られてしまう。
◇
迷い込み、引くも進む事も出来ない真朱の旅団に対して、召喚された蛮神ツェリスカが猛威を振るっていた。ザレクとマゴクが召喚した蛮神ツェリスカは前時代のツェリスカと同等の強さを誇っていた。あの頃の英雄的強さ、その背中に憧れ、付き従っていきたいという強い思いが具現化されたのだ。
不滅者が常に制限解除、もしくは大量の蛮神型を投入して戦うような前時代のツェリスカである。この時代に飛ばされたツェリスカも同等の力を持っているのは言うまでもない。
しかし、今のツェリスカの精神状態は腑抜けと化していた。
真朱の旅団は前回の戦闘から遠距離戦では一方的な展開に攻撃されてしまう為、シェーフォードが蛮神ツェリスカを一気近寄って引きつけながら、隙を見て周りの騎士団が攻撃を与える戦い方を行っていた。
しかし、時間が経つにつれ騎士団を蹴散らしていき、辛うじて死傷者は出てないものの重傷者は何名も出ていた。実際にまともに戦えているのは長女コーディネイト・アーデル・ラーンブライズ、長男フォトン・ワーデル・ラーンブライズ、次男リオネイル・ワーデル・ラーンブレイズの三姉妹、シェーフォードと精鋭と呼ばれる冒険者として活動していた頃の者たち数名だった。
「クソが!!!何なんだよこいつは!!!!」
爆裂系の術式を打ち込みながら、蛮神ツェリスカの反撃を巧みに避けながらコーディネイト・アーデル・ラーンブレイズは毒づいていた。ラーンブレイズ家は角有種族イフリート種であり、火系の術式を得意としていた。その中でも爆発の力を留め、一気に爆発させる火系の術は高威力だった。
しかし、蛮神ツェリスカはバリアを貼っており無傷だったのだ。精霊の森からエネルギーを供給していることもあり、そのバリアを突破するのは困難であったのだ。
長男のフォトンは長女とは違い、近接戦闘を得意とし、槍を使った戦闘だった。シェーフォードの影や蛮神ツェリスカの視界外からの攻撃し確実にダメージを与える役目だった。しかし、攻撃のほとんどを捌かれ刃がほとんど届かないでいたのだった。
「おい、どうなってんだよ!!!なんで見えてんだよ!!!!死ねよ!!!!リオネイル、てめぇもちゃんと当てろ!!!」
次男リオネイル、末っ子である彼は魔導弓と通常の矢を状況に合わせて使う、矢そのものに長女コーディネイトの術式をのせて相手に高速で射る戦い方も行っていた。
「黙れよ、喋る余裕あるとか本気出してないんじゃないですか?舐めた戦い方してるんだったらてめぇごと燃やすぞ?」
三姉妹は仲が悪いわけではなく、化け物じみた強さに焦っていたのだった。蛮神ツェリスカの巨剣が振るわれる度にビリビリと空気が振動し、その余波が真空刃となって中距離から遠距離にいるコーディネイトとリオネイルへ放たれていた。
「蛮神のくせに!戦闘能力高過ぎんだろ!」
下手に人数揃えて防御結界などを使い遠距離からの支援など行ったとしても、結界を維持するコストが合わず、500名弱いた騎士団も今ではすでに8名だけになっていた。
奇跡的に死傷者は出ていないものの、戦場に復帰できない程にトラウマを植え付けられ戦意喪失した者、四肢の一部が欠損し涙流す者、発狂し逃げる者などいた。
立体映像からその様子を見ているツェリスカは昔の自分が蛮神たちと戦っている時を思い出していた。
(わた、私は…)
当時、彼女は生き残り自分という戦闘データを持ち帰り、次の世代や新たな兵器開発の情報を残しつつも殲滅していた。そして多くの仲間は気がついたら死んでいった過去を思い出していた。
(な、なんてことを…)
ザクロ・リリウムは、ただその光景にこれがツェリスカが求めていたことなのか、こんな事が彼女が望んでいた事じゃないと不安と恐怖が入り混じった思いが顔に出ていた。
(こんなの…間違ってる…っ…ダメだよ、このままじゃ…)
「ツェリスカ!本当にこれでいいの?これじゃ…まるで―」
ザクロ・リリウムは思わず「昔の不滅者のようだ」と言いそうになっていた。それは彼女が言っていい言葉ではないし、ツェリスカを傷つけてしまう思いがギリギリ言葉として発することにはならなかった。
だが、ザクロ・リリウムが思い感じていることを表情からツェリスカの胸に突き刺さっていた。彼女はわかっていたのだ、自分があの時「任せる」と思考を放棄し言った重みが目の前の光景として現れたのだ。
否定するように首を振りながら、ツェリスカは震える声を絞り出した。
「…違う…私はこんなことを望んでいない…ッ」
「だったら、止めないと!このままじゃ―」
「―わかってる…一緒に、一緒に来てくれるか?」
ツェリスカにはどうしていきたいのか、先のことは見えていなかった。だが、今なにをすべきなのかはわかっていた。
「当たり前でしょ!」
(気に入らないものを力でねじ伏せ、国を崩壊させるほどのこの力を止められるのはツェリスカだけ…でも神聖マナ樹国ドラシアルユースにも不滅者はいるだろうし止めに出てくるような事になったら…それこそ)
ザクロ・リリウムは神聖マナ樹国ドラシアルユースが亡国になる前にそこに住んでいるだろうと思われる不滅者がいざとなったら制限解除し、蛮神を迎え撃つだろうと推測していた。そうなった時、精霊の森は不滅者を討伐し、どのみち神聖マナ樹国ドラシアルユースは終わるだろうと思っていた。
(―世界が前時代のように戦乱へと変わっていくかもしれない…)
二人は精霊の都市から戦場へと向かった。真朱の旅団と蛮神ツェリスカが戦っている場所はどこにあるのか、ツェリスカはザレクとマゴクとの契約によって大まかの場所を把握していた
◇
「くそっ!くそっ!例の魔神よりこの蛮神風情の方が上だというのか…くそがっ!!!」
コーディネイト・アーデル・ラーンブレイズは吠えながらも爆裂系の術式を紡ぎ、放ち続けていた。戦闘が可能な騎士団は死角から攻撃をし続けていたが、シェーフォードのみが正面で戦っていた。
「はぁ…はぁ…くっ!セイッ!」
シェーフォードは息切れしながらも、攻撃に受け流しながら常に他の騎士団へと攻撃が集中しないように位置取りを調整しつつ攻撃をしていた。
「チッ!!!シェーフォード、へばってんじゃねえ!!!!」
三姉弟の次男であるリオネイルがシェーフォードに対し、舌打ちを入れながらも活を入れていた。すでに真朱の旅団のメンバーは満身創痍状態だった。辛うじて戦えてはいるが全滅するのは時間の問題だった。
ザレクとマゴクは遠くからその光景を乾いた笑みを浮かべながら見ていた。その目に映る光景はツェリスカが思い出していた事と同じだった。ザレクとマゴクは今まで望んでいた事が実際に目の前に起きた事で気づいたのだ。
「あははっ…死んじゃえ…何もかも消えて…死んじゃえ」
「うん、死んじゃえばいい。もうどうにでもなればいい―死んじゃえ」
爆発と空気を切り裂く音が交互に鳴り響き、精霊の森そのものが軋みを上げるような音が木霊していっていた。それは蛮神ツェリスカが精霊の森から力を吸い上げ続けているのが振動となって音になっていたのだ。
その音の中に今までにない音が混じり、蛮神ツェリスカが今までにない動きをとった。今までシェーフォードを正面に戦い、その死角から他のメンバーが攻撃をしていたのだがシェーフォードを無視し、まるっきり違う方向に向いたのだ。そして、左手から浮かせていた巨大な本を正面に向けて展開し、防御結界を貼ったのだ。
「な、なにが―?」
シェーフォードは蛮神ツェリスカの謎の行動に対し、疑問の言葉が口から自然と出していた。
キィィィイン!!!!
高周音波が鳴り響くと同時に、展開された防御結界が振動していった。そこには一本の黒い四角い細い杭が震えながら浮いていた。最初は一本だけだったが次第にいくつもの黒い四角い細い杭が飛来し、防御結界に突き刺さっていった。
何が起きたのか、戦っている真朱(真朱)の旅団メンバーはあっけをとられていた。今まで蛮神ツェリスカに対して攻撃を避けられていたが自分たちと戦っているのにそれを無視し、遠距離からの攻撃に対して防御という手段をとったからだ。
「な、なんなんです?あの黒い棒は?」
コーディネイト・アーデル・ラーンブレイズは固まっていた。目の前に起きている事に理解がついていかなかったのだ。そして、視線を黒い四角い細い杭が放たれた方向を見るとそこにはツェリスカの姿あった。
「なんなんですか…なんなんだよぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼女の角が芯から赤く光、眼の色がより赤く燃えていた。歯をむき出しにし、元凶そのものが現れたと言わんとばかりの形相へとなっていた。
「てめぇみたいな奴隷民不在が…クソがぁぁぁ!!!」
防御結界がミシミシと音を立てはじめるが、蛮神ツェリスカは精霊の森から力を更に吸い上げ、補強し黒い四角い杭は弾かれる。そして、その反動で全方位に衝撃波が走っていき真朱の旅団たちは吹き飛ばされていった。
飛ばされながらもコーディネイト・アーデル・ラーンブレイズは闇雲ではあるが爆裂系の術を放ち続け、木にぶつかり崩れ落ちた。意識はまだあり、口からは吐血しているものの、目を見開き蛮神ツェリスカを見据えていた。
「―ゴホッ…くそ、くそが…ゴホッゴホッ―」
真朱の旅団はこの防御結界の再構築による衝撃波により、全員が戦闘続行不可能となった。
◇
「ザレク、マゴク…こいつを帰還させろ」
ツェリスカはザレクとマゴクに命令する、今までのように、さっきまでの命令を変更するように発した。
「ツェリスカ隊長…もう無理なんです」
「あれはもう私達の手を離れました」
ツェリスカはなんとなくだが、そんな気がしていた。そのため、ザレクとマゴクに対してただ頷き、いつものように命令した。
「蛮神を屠るぞ、ザレク、マゴク―手を貸せ」
「「はい!」」
ずっと戦って戦った先に争いしか生まず、不滅者を討伐し続けた先に、不滅者はいなくならないだろう。この時代の不滅者は自分がいた時代の不滅者と違う事にツェリスカは気づいたのだ。
そして、本当の自分がしたいことがわからないまま、蛮神をこのまま野放しにしてはいけないことだけははっきりと彼女はわかっていた。
それはザレクとマゴクも同じだった、自分たちが望んだ事が不滅者のような事だったこと、言葉はツェリスカと交わさなくても感じ取っていたのだ。
ザクロ・リリウムはツェリスカとザレクとマゴクのやり取りを見て何かを感じ取り、あとで思いっきり叱ってやろうと思っていた。そして魔道書を取り出し、ツェリスカの助力になっていこうと思ったのだ。
(もう、放っておけないんだから…)
ツェリスカは銃剣状態になっているベヨネットハンドガンを大剣状態であるディヴァインエッジへと変形させ、片手で持ち、左手には魔導書を浮かせた構えをとった。それは蛮神ツェリスカと同じであった。
「蛮神に出来て、私に出来ないわけではない―ザレク、マゴク…お前らが私をどう思い信じ夢、希望、羨望していたかわからない。これが終わったら謝ろう…私が悪かったと―」
「「もったいないお言葉っ!」」
蛮神ツェリスカから異様な力が形成されていき、精霊の森から力の吸い出しを更に強めていった。
「フザケルナァァァァ!!!!不滅者もこの世界も壊す!!!!!」
ザレクとマゴクが召喚した蛮神は召喚主の思いが変わったことにより、暴走をはじめていった。もとより、召喚する際にザレクとマゴクが願った事と実際に起きている戦闘により召喚主と蛮神との接続や蛮神そのものを存在させる力が不安定になっていたのだ。
それを蛮神が精霊の森の力を吸い出す事によって辛うじて行動を維持していたのだが、ツェリスカがザレクとマゴクを味方につけたことによって暴走し始めたのだった。
蛮神ツェリスカとの戦いがはじまる。




