42-無知、故の選択
ツェリスカたちがいた時代、彼女たちがいた時代は世界が何回か作り変えられ落ち着いた後の時代である。文明が発達し、近代から情報化された文明が築き上げられた世界である。
その末期に経済大国の中枢でテロが起き、それに乗じて侵略を行った国から世界の均衡は崩れていった。世界中が戦争の渦に突入して間も無い頃に死んだはずの人に似ている赤の他人やまるで別人になった人など報告されるようになった。
「不滅者」という存在に行くつくまでそう時間はかからなかった。不滅者たちは自分たちの存在を隠しているわけでもなく、「転生」を使って生前の記憶を引き継ぎ、終わりなき遊びをしていた事が発見される。
そこからが地獄のはじまりだった。不滅者と人生は一度きりの者たちとの戦いが始まっていった。そして不滅者と見分けられていき次第に世界は二分していった。
◇
ツェリスカはザクロ・リリウムとザレク、マゴク、神聖マナ樹国ドラシアルユースとの外交を務める妖精種族のフェアリー種と共に精霊の森を抜け、神聖マナ樹国ドラシアルユースへと向かっていた。
「ツェリスカ様ぁーたぶん…いやぜったい…確定的事象としてあいつら話聞かずに攻撃してきますよ?」
「あ、わかるー!蛮族っていうかー単細胞だし」
ザレクとマゴクがツェリスカに説得をしていた。
「その…様を付けるな、あとなやれることはやって起きたいんだ」
ツェリスカは戦時中しか知らない、なぜ戦争が起き続けるのか、戦争はどうやって終わるのか、そして始まるのか。
戦禍の中に産まれ造られた彼女がこの未来に来て、下手に断片的な平和に触れたことで拗れていた。
ザクロ・リリウムはそんなツェリスカを心配していた。
(放炎魔神の異名を持つコーディネート…私と相性悪いしあっちの方が術の練度は上だし、火力や精度も…ううっくそぉ…私の新装備でいけるかな…)
戦闘前提で自分が戦力に入るかどうかという心配をしていた。そして、ポーション割りをグビグビと呑みながら歩いていた。
彼女は気付いていないがやられた事に対して苛立っていたのだった。
精霊の森の境目に近い湖のほとりまで向かう途中、ザレクがため息混じりにツェリスカへ言う。
「前方にさっき襲ってきた蛮族が団体で待ち伏せしてまふぅ」
「ちゃちょっと、もっかい召喚してやっつければ解決解決」
マゴクが頷きながら腕を組んだ。
「ザレク、マゴク…話し合い、な?」
「「はい(無駄だと思うけど)」」
◇
放炎魔神の異名を持つコーディネイト・アーデル・ラーンブレイズが待ち伏せしており、殺気をみなぎらせていた。
「来ると思ってましたよ、死になさい!!!」
彼女の敵意ある言葉の後に、コーディネイト・アーデル・ラーンブライズの騎士団が陣形を展開し、波状に術を撃ってきたのだ。
真朱の旅団、元はラーブライズの三人が世界を旅し、冒険した中で次第に仲間になっていった者たちの集団だった。かなりの危険区域や修羅場を乗り越えてきた為、統率力や軍事力は高い。連携力も高く、陣形などもしっかりしていた。歴戦の戦士たちといっても過言ではなく、対モンスター戦は当たり前のように、モンスターの集落やドラゴン種などの退治なども行っていた者達だ。
そして、前回と違い精霊の森の入り口付近ではあるが森そのものを傷つけるタイプの術であるため、前に放ってきた術とは違い威力などは桁違いのものだった。蛮神が召喚された経緯から今回は全力で仕留めておかないといけないという考えなのだろう。
ツェリスカは術式で結界を張って猛撃を耐えていた。周りの木々は焼け爛れ、朽ちていき、灰と化していき微かに焦げ臭さが漂っていた。彼女自身、防御術式は使えるので防げるのだ。それでも真朱の旅団たちの猛撃はかなりの威力なのだが、蛮神に比べたら微々たるものだった。
「あのクソ共に大自然のお仕置きがどんなものか知っておくべき」
「私たちが目を掛けなかったらモンスターに食われて死ぬような種族だった癖に」
ザレクとマゴクはブツブツと怒りを募らせていた。その後ろでフェアリーが大きく頷いていた。不意打ちでない限りツェリスカに手傷を負わすことはないと思っているザレクとマゴクは攻撃してきているという事だけに怒りをつのらせていた。
「お前ら大自然とか言うが、私と一緒に造られたのだから自然もないだろ…それにこの森も造られた要塞感がー」
要塞感という言葉にザクロ・リリウムは大自然の美しさに感嘆していた気持ちとそれを見抜けなかった自分にショックを受けていた。
「さっきから木々が灰になってるが…地面がその灰を吸収し耐性つけていってるな…」
「えー?なんのことですかー?」
「大自然パネェ!マジパネェ!」
ザレクはとぼけ、マゴクはキャッキャッ笑っていた。
ザクロ・リリウムはツェリスカたちの関係者をこの時代の常識に当てはめてはいけないと強く感じた。
(間違いなく今のこの状況は絶対に死ぬような戦力差なのに、なんでかツェリスカといると麻痺してくるのよね…)
ポーション割りをごくごくと飲みながら、すでに遠足気分になりそうになっていた。
どのくらい経ったのか爆撃が収まる事がなく、ついに痺れを切らしたというかキレ出したザレクとマゴクがいた。
「ドッカンドッカンうるせぇぇぇ!!!」
「蛮神どもも少しは節操ある戦い方するがこいつらうぜぇぇぇ!!!」
「おい、落ち着けザレク、マゴク!」
ツェリスカは思い出してきていた、ザレクとマゴクを召喚し戦っていた頃、長期戦に突入していくと凶暴化していくこと。だが、命令系統は召喚主である自分にあったので制御しており、攻撃系の術式もザレクとマゴクは使えなかった。相手の行動や状態異常といった阻害系の術は使えるものの、爆裂、爆撃、爆破といった術は使える個体が生まれなかったのだ。
しかし、今は使える。
「「我が王よ!」」
ツェリスカが止めようにもすでに自分の姿をした巨大な蛮神は召喚された。
「お前らぁぁぁ」
自分が形成していたものよりも大きな結界が形成され、爆撃音が遠ざかっていった。
「はーはっはっはっ!蹂躙だ!蹂躙せよっ!」
「行け!蹴散らせ!ぶっ殺せ!ひゃっはー!」
ノリノリでザレクとマゴクが命令し、動き出す蛮神。そして、妖精種族のフェアリーはキター!と叫んでいた。かなりテンションが高く中指を立て、死ねー!死ねー!と叫び始めていた。
ザクロ・リリウムはこの時、精霊種族や妖精種族は好戦的な種族として考えを改め直した。
(平和や自然を愛し、争い事を嫌うというのは…誰かが作り出した幻想…)
見た目の可愛さや庇護欲を誘う見た目とは裏腹な仕草と言動に今までの常識は打ち砕かれていった。
(ツェリスカは常識離れしてて、タヴォールは…って今はそんなこと考えてる場合じゃない!)
「ツェリスカ!と、止めないと!」
ザクロ・リリウムはザレクとマゴクが召喚した蛮神が制御を失い、大地から力を吸収していき強くなっていくため声を荒げていた。
蛮神は真朱の旅団目掛けて拡散ビームを巨大な本から発射し、壊滅させるかと思われたが紅の全身鎧で包まれた巨人種族が矢面に立ち、地面から巨大な壁を召喚させ防いだ。
そして、壁がなくなった瞬間に真朱の旅団の姿はどこにもなかった。真朱の旅団たちの撤退は早く、転移術を使い一斉に引き上げていったのだ。拡散ビームの威力は彼らにとって想像以上のものだったのだ。
攻撃対象が無くなった蛮神は、そのまま前進し神聖マナ樹国ドラシアルユースへと向かおうとしていた。
「ザレクッ!マゴクッ!」
怒気を孕んだ声と目を釣り上げ、鬼のような形相をしたツェリスカがそこにはいた。
「「帰還!」」
今度は制御が失う前に無事に蛮神はその場から消え失せていった。
「お前らは!ほんとっ!お前らはっ!」
ツェリスカは怒るがザレクとマゴクも負けずにツェリスカに言い寄っていった。
「いい加減、目を覚ましてください!あいつらこっちの言い分を聞かずに攻撃してきたんですよ?宣戦布告すらなくですよ?」
「隊長、世の中甘くありません!平和とかそんなものは幻想です!利権と思惑が絡み合い周りは敵同士なんです!」
ザレクとマゴクが交互に喋り、ツェリスカは言葉を失っていった。
「え、あ…」
「資源、労働力、階級社会による統治、宗教という洗脳教育と選民教育がここには渦巻いています」
「共通の敵であった不滅者という存在がなくなった世界なんてクソッタレでどっちがマシだったのかさえわからなくなってるんです」
ツェリスカは狼狽し、ザレクとマゴクが何を言いだしているのかわからなくなっていっていた。ザクロ・リリウムはふざけたり真面目になったりの差が激しく、テンションが全く読めてなかった。
「狂ってるのは世界なのか私たちなのか…」
「ねぇ、隊長…私たち頑張ってきました」
「「もうあいつらぶっ殺してもいいですよね?」」
ツェリスカはため息をつき、精霊都市に一度戻ることにした。このままだとまた戦闘がはじまってしまうと思ったのだった。そして辛うじて自分の考えが浅かったことに少しばかり気づくのだった。
「今までいったい何があったのか話をもう一度聞きたい」
神聖マナ樹国ドラシアルユースへではなく、精霊の森へと引き返していった。戦闘の焦げ跡とクレーターがいくつか残る精霊の森の入口はすでに木々がうごめき、地面が元どおりになっていった。
精霊の森は自己再生すらなせてしまうような造りになっていたのだった。もちろんそういった不思議な再生はザレクとマゴクが造ってきたのもある。
◇
精霊都市に戻ると夕方に差し掛かり、街はお祭りモード一色になっていた。屋台が立ち並び、ぼんぼりのような灯りが宙をふよふよと浮いていた。
陽気な演奏と歌声が聞こえ、なぜこんなにテンションが高いのかツェリスカにはわからなかった。ザクロ・リリウムはなんとなく戦勝したつもりでの宴会だと気づいていた。
ツェリスカとザクロ・リリウムはザレクとマゴクに連れられ先ほどの空中庭園に案内される。
夕焼けの光が差し込み、濃ゆいオレンジ色をした光に包まれていた庭園は時間によって全く違う雰囲気へと変わっていた。
「夕食をお持ちさせますので、食べながら話しましょー」
「私たちが今まで何を見て」
「何を聞いて」
「何を感じて」
「「思い至ったのか」」
ツェリスカとザクロ・リリウムは円卓に備え付けられた椅子に座り、中央にひらりと飛んでいるザレクとマゴクを見据えていた。
ツェリスカたちがこの時代に飛ばされた後、世界はどう変わっていったのかザレクとマゴクから語られていった。
「昔々、神々が…なんて今は言われている時代。死生がある者と不滅なる者との戦いがありました…」
「話長くなるので掻い摘んで言うとですねー」
「すべて、ちゃんと聞くから話してくれ」
ツェリスカはザレクとマゴクが真面目と不真面目が行き来している時、自分たちが受け入れてくれないという不安から道化を演じていることを知っていた。
付き合いが長いというよりも死と隣り合わせの中、互いを協力し合い生き抜いてきたからこそわかり合って知り得ていたことなのだった。
それでも膨大な時の流れによって心というのは変化する。ザレクとマゴクに不安や今までが今までのようにいかない事をわかっていてもなお、昔のように戻りたかったのだ。
「はい、話しますとも」
「すべてを」
ザレクとマゴクはツェリスカの少ない言葉に時が経っても変わらないものがあると感じ、今までの事をポツリポツリと話し出した。
「ツェリスカ隊長がこの世界から消えてから、何が起きていったのかお話致します」
ザレクは今までのふざけた雰囲気はなくなっており、永く生きてきた故の落ち着きをまとっていた。そして、その口から語り出された歴史はツェリスカを悲しくさせ、ザクロ・リリウムをも自分が何者であるかを考えさせられる内容だった。




