40-蝕む蛮神
転移術、術士で使える者と使えない者がいる。高度な術式であり、一日に何度も使えるものではなく、セーブポイントを利用した術である。転移術が使えるのはセーブポイントの管理者が使用権限を許された者のみ転移術が使えるようになる術である。
指定した場所や行ったことがある場所への転移する術は存在するが、扱えるものは国が抱え込んでいる事が多い。野放しにすることは各国にとって脅威になるため、出身が自国である場合は即座に抱え込む事になっている。
転移は術士の力の器の大きさやコントロール力によって転移させられる対象や物に影響してくる。基本的にセーブポイントへの転移のみが許されており、セーブポイント以外への転移はセーブポイントが機能している範囲内では許可無く行えないようになっている。
◇
「逃げた」
ザレクはめんどくさそうに消えた先を見ていた。
「消えるのが早いか、遅いかの違い」
マゴクは転移術を使っていなくなったコーディネイト・アーデル・ラーンブレイズに対してさして、特に何も思わないまま、召喚した蛮神と共にドラシアルユースへと歩みを進めていた。
「ザレク!マゴク!待て!状況の説明をしろ」
ツェリスカはドラシアルユースという国に対して、景観などはいいなと思う部分はあったものの、そこに住まう人たちに対しては面倒という思いしかなかった。しかし、このまま行かせるとなると、確実にあの国は焦土と化してしまう。
(嫌な予感しかしない…あれは蛮神にしか見えないし)
ツェリスカはなぜ蛮神がザレクとマゴクから召喚されたのか理解できなかった。そもそもあのそこまで力がないと思っていたからだ。天霊種族になったと以前言っていたのが関係しているのだろう。そういえば、幻界がどうとかも言っていた事をツェリスカは思い出す。
「えーっと、あいつら襲ってきたので敵」
「敵は殲滅」
ザレクとマゴクは途端にバカになっていた。
こればかりはツェリスカも目元を抑えながら、青筋を立てていた。
(こ、こいつら…さっきまで話が通じそうな感じだったに…ほんとにこいつらはっ)
「もっとわかりやすく…説明をしろ、あとそれはなんだ?」
ツェリスカを大きくしアガルタ時代のシャンバラ式兵装に身を包んだ蛮神は歩みを止めずにそのままゆっくりとだが動き続けていた。
「これは殲滅王ツェリスカ様の勇姿、蛮神を屠り一騎当千していた頃のお姿を参考にしました」
ザレクが答えになってない事を言った。ツェリスカはザレクのドヤ顔に頭を悩ました。
「あの下品な突起を頭から生やしてるクソを滅ぼしに」
マゴクは何を当たり前のことを聞いてるのかと小首をかしげなら答えた。ツェリスカはなぜこうなっているのかを聞いていたはずなのだが、これから何をするかと答えられて頭が痛くなってきていた。
「いや、なぜこうなったんだ…あと、あれ蛮神だろ」
ツェリスカはもうどうにもザレクとマゴクがバカにしているんじゃないのだろうかと思い始めていた。まともなやり取りをドラシアルユースで衛兵相手にしていたのを見て、こいつらはフザケてると感じ始めていたのだ。
ザレクとマゴクは、ツェリスカが「蛮神」と言ったことで微妙に目をそらしていた。ツェリスカは睨みつけながら怒気をはらんだ声で言った。
「おい、はぐらかさないで説明しろ」
「「ひっ」」
ザレクとマゴクはビクつきながら、たじたじしながらへこへこと頭を下げていた。
「あの…じつは…」
二人がたじたじしてる中、召喚された蛮神はそのまま動きを止めずに進んでいた。
「まさか…」
ツェリスカは召喚された蛮神が制御できなくなっている事にザレクとマゴクの様子から気がついた。
「あ、でもでもーこのまま亡国になった方が絶対いいし、丁度よかったかもかも?」
「止めるぞ!!!」
ツェリスカはザレクとマゴクを率いて、蛮神を屠ることにした。このまま、放置しておくと間違いなく焦土にして、混乱を招くのはわかっていたのだ。義理も何もないが、彼女の中で自分を模したものが暴れるのは正直あまり心地よいものではなかったからだ。
ツェリスカは素早くベヨネッタハンドガンを抜き、大剣モードに移行させた。ディヴァインエッジモードに切替え、両手持ちをし、斜め下に構えた。するとツェリスカの気配が変わったのを感じたのか、蛮神が彼女の方に振り向いた。
ツェリスカは頭の中でなぜ蛮神がこちらを振り向いたのか今までの経験から推測を立てた。
(意思があるのか?)
「汝が我、我の祖であるツェリスカ、なぜ我に刃を向ける?我が蛮神ならば倒す、倒して何になる?我はザレクとマゴクに召喚された身、天霊主に従い行動するだけ…なぜ我に刃を向ける?」
なぜ刃を向けるか?この問いにツェリスカは身体の中で痙攣をしているように感じていた。鼓動がやけに早くなっていき、口の中が乾いていく感じがしていた。
「私は…」
言葉が出てこなかった、ここに来たのも前に進むためだけに来た。何のために前に進むのかさえ、はっきりと自分の中に無かった。ただ、蛮神を今までのように倒していく事に疑問を感じなかったわけじゃない。
ましてや、時代が変わっていたこの世界に自分は今までのように生きていけない事に不安と絶望を感じていた。
「ツェリスカ、なぜ我を屠ろうとする?」
「ば、蛮神は…全て倒す」
ようやく言葉を出すが、自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいるのがツェリスカ自身もわかっていた。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
3つ同時放たれたピンポン玉サイズの炎が蛮神に着撃し、爆音を奏でた。ザクロ・リリウムがスピリットオブファイアで蛮神を攻撃したのだった。
「ツェリスカ、しっかりして!そいつは森を蝕んでる!」
ザクロ・リリウムの眼には森の生命エネルギーを吸い取りながら活動をしてる蛮神が見えていたのだ。形こそは大きいツェリスカだったが、中身は全く違うのが彼女には見えていた。
すでにザレクとマゴクの管理下ではなくなり、現在進行中で力を増していっているのだった。それがザクロ・リリウムの眼には力の流れが見えており、危険というアラームが彼女の頭の中で鳴り響いていた。
(結構威力上がってるのに、当たった瞬間即座に回復して元どおりになってる。これ倒せるの?)
ツェリスカは先ほどの攻撃から蛮神の状態を確認し、ダメージはあったものの森から力の吸収しているのに気がついた。
(この場所だと吸収して回復する暇を与えないで倒さないと、こちらが不利だな)
構えた大剣にツェリスカは力を流し込む。彼女の体内の力を流し込みながら、周りの森からも力を混ぜ合わせ、力そのものの性質を変化させていた。
(この地の力を吸収してるなら一気に取りすぎてオーバーフローを引き起こして自壊させる)
ツェリスカは走り出し、蛮神に向けて斬撃を浴びせようとする。一刀一刀、蛮神は右手に持った巨剣で応戦し刃が蛮神にすら当たらなかった。
ガギンッと連続で鳴り響き、ツェリスカと蛮神は剣と剣が当たるたびに空間が微妙に歪んでいた。
(くっ、こいつ強い…このままだと)
ツェリスカは次第に押されていっていた。たった数秒ほどの戦闘で判断し、自分一人だと無理だと感じていた。
「ザレク!マゴク!」
ツェリスカが蛮神との打ち合いから引きながら魔導本を即座に抜き、牽制に魔法弾を撃ち込む。
しかし、撃ち込んだ先に蛮神は予測していたのか踏み込んでいた。魔法弾をものともせず巨剣をそのままツェリスカに向けて振り下ろした。
「シールド!」
ザレクが叫ぶと巨剣がツェリスカにあたる前に、不可視の力場によって幅られる。ミシリと音を立てるが、それ以上先へと進まなかった。
「バインド!」
すかさずマゴクは敵を拘束する術を蛮神に向放った。マゴクから薄紫色の糸が無数に放出され、一本編み合わさり、蛮神を包み込んで行った。ツェリスカが後ろに引いた瞬間に蛮神は身動きが取れない状態になっていた。
大剣を肩に置いて構えなおし、息を整え、ツェリスカは跳躍し、一気に蛮神を真っ二つにした。
切り口からは過剰に力を逆に送り込まれ、原型を維持してない状態で更に制御出来ない程の力を瞬時に注ぎ込まれ四散していった。
四散し、蛮神は霧状に散っていき、次第に蛮神を形成していた力は森へと戻っていった。
「はぁ…よし、討伐完了。ザクロくん、ありがとうな、助かった」
ツェリスカは振り向き、ザクロ・リリウムに笑顔を向けながら礼を言った。彼女自身、ザクロ・リリウムにしっかりしろと言われた事により、今何をすべきなのか自分を取り戻せたからだ。
彼女は軍人だった、ただ命令に従い、生きる意味も時代が彼女を決めていた。生き様などというものも戦場で周りの仲間たちの死に様から自分もいつかこうなると思い、それでも足掻き死ぬ前にはせめて一太刀でも届かせたいと思っていたのだ。
しかし、未来に来た彼女は蛮神や不滅者を討伐して、今まであった価値観と変わった世界に違和感が彼女を蝕んでいた。
彼女はまだその違和感が何か気付けていなかった。




