三
牢内に入る元老達の後を追って忍び込んだ郷里は隅の方に隠れてことの成り行きをみていた。
その場の誰一人彼には気づかない。
何故なら現在彼は鼠に化けているから。郷里の能力は変化であり、別名『獣化』とも呼ばれ、その名の通り獣へと姿を変えることができる。
周りにも鼠はいる為、見分けはつかないだろう。
小さな隙間に潜り込んでそっと様子を伺う。小さな赤い目が見つめる先には、最長老の術に苦しむ紅葉が、それでも抵抗するように意識を保ち続けていた。
ーやめればいいのに。
そう思いながら、三百年前もそうだったっけと考える。
ー三百年前。
駆ける森の中で仲間達の会話が飛び交う。
「巫女って意外と頭いいのな。真っ先にあの落ちこぼれを狙うなんて、さ!」
「確かに。鬼の中でも能力が目覚めて無いの彼奴だけだからな」
「………」
そのうちの二人の言葉に郷里は黙って考えた。
それは昨日、いつも通り紅葉のいない洞窟の広間でのことだった。
「そういえば、巫女が華桐の子と接触しているという話が上がっとる」
唐突に口を開いたのは元老の一人、隈が色濃く出て鼻下に髭を生やす禿げた爺さんという外見しか知らないが、その彼の言葉に周囲がどよめいた。唯一、郷里の反応は薄かった。なんとなく気づいていたのだ。だてに何年も幼馴染はやっていない。
紅葉の妙な行動に気づき始めたのは何時だったろう。
いや、わかってる。あの日だ。
なにも無いただの森の中の少し開けた場所で、二人して気を失ったあの日。
目を覚ましてからも変わったところなんて無かったから妙だとは思ったけど気にはしなかった。
しかしあれからだ。
今まで以上に鬼を寄せ付けなくなったのは。
俺に隠し事する様になったのもその頃だ。
一緒にいる仲間に気づかれないように拳を握りしめる。
ー巫女が原因で紅葉が変わってしまったというならその巫女を殺してやる。
これから鉢合わせる顔も名も知らない人間に殺意だけが渦巻いていた。
とくに何の魅力も感じないただの女。それが巫女に対する印象だった。
要は興味など皆無だったのだ。
てっきり紅葉を唆すくらいだから紅葉の亡き母、緋里さんに似てるのかとも思ったが全然違った。
例え力のある巫女といえど大勢の鬼に襲われたら一溜まりもない。
直ぐに決着はつく。
そう、思っていた。
抵抗はされたもののこれで終わりと思える一撃が巫女を襲う。
しかしそれを防いだのはあろうことか、駆けつけて来た紅葉だった。
頭が真っ白になった。
なんで?どうして?と頭の中で繰り返される。
ー紅葉を助けようとしただけなのに。
俺だけが紅葉をわかってあげられる。傍にいてあげられる。
その筈なのに。
何処からか現れた紅い刀を手に、真っ赤な炎が仲間に向けられる。
見たこともない、聞いたこともない紅葉の能力。
知らなかった。俺にだけは全て話してくれていると思っていたのに。
そして、巫女を逃がした代わりに紅葉が捕まった。
そういえば、今回も同じ状況で捕まったんだっけ。ふと、あの子供を助けようとして堺藤に入ったことを思い出す。
ーほんと、馬鹿だなぁ。あんな家畜相手に身を削って。でも大丈夫。俺が助けてあげるから。
芯の根まで毒された紅葉を救ってあげなくちゃいけないんだ。
先ずはその為の儀式。
とうとう意識を失った紅葉にホッとした。
意識を落とせれば次の段階に行ける。
本来なら精神支配の術をかけるところだが、その前に紅葉を本来の鬼の姿に戻さないといけない。
治癒力はあったが未だ人間の姿のままだなんて可哀想じゃないか。
どう元に戻してあげるのだろうと最長老を見上げると皮と骨で形成されているようにしか見えない顔をさらにげっそりとさせ、細い肩は忙しなく浅い呼吸に合わせて上下している。胸を抑える仕草を見せ、他の連中と一言二言交わすと連中を引き連れて牢から出て行った。
恐らく大分長く紅葉が抵抗したため老体に多大な負荷が掛かったのだろう。
「チッ、使えねぇなぁ」
紅矢と郷里以外いなくなった牢内で郷里はぼそりと呟いた。




