一
紅矢が連れ去られて六日が経った。
あれから境界線付近に堺藤の鬼達が現れる事は一度も無かった。そのうえ、頻繁に見かけていた火の手や破壊音もなく不気味な程の平和が流れている。
重傷だった華園達の怪我はだいぶ癒え、歩き回るぐらいなら支障のないレベルに回復した。
直ぐ様堺藤に乗り込もうとする華園を朱頼は制止をかける。
「なんでよ!六日も経ってんのよ!紅矢君が無事かもわからないのに」
「無事かどうかわからないからこそ慎重になれと言っているんだ」
感情的な華園に対しあくまで冷静な朱頼の声に周りにいた十六夜と籬、白波も俯いていた。彼の言わんとすることが解るからだ。生きていればいいが、もし死んでしまっていれば鬼を閉じ込める結界の中に入るのは自殺行為に等しい。
辺りが静まり返ると、ポツリと白波が口を開く。
「私が…行く。私なら、結界に閉じ込められても、死ぬことはない…から」
「おい、幾らお前でもそれは…」
籬が物言いたげに呟くが、右肩に手が置かれ口を噤む。振り向くと真剣な表情で白波を睨みつける十六夜が視界に映る。
「どうして、あんたがそこまでするわけ?」
「…友達だから」
「友達…ねぇ?」
疑わしそうな目で、声で対峙する十六夜は眉根を寄せて問うた。
「ずっと聞きたかったんだけどさ…あんた、なんで始めから"藤宮紅矢"を知ってたわけ?」
「…別に、知ってたわけじゃ」
「嘘。知ってたから、蒼紫寺から庇ったんでしょ。お兄さんに対しての態度の違いも。好きになったからとか単純な答えは求めてないわよ」
反論を許さぬといった十六夜の雰囲気に他の鬼も白波へ視線を向ける。
数秒の間をあけて白波が目を伏せた。
「紅矢は…救ってくれた…」
「救って"くれた"?救って"あげた"じゃなくて?」
十六夜が言っているのは最初に紅矢と白波が出会った日のことだ。
勿論本人達にしか事情はわからないが、第三者から見れば十六夜の言う通り後者だ。それがどうなって"救ってくれた"になるのか。
疑心を見せる十六夜に違う、違うと首を振って否定する。
逡巡の後、白波が口を開く。
が、近くで草を踏む音がして全員の視線が移る。
トン、と手近な樹木に寄り掛かって立つのは蒼紫寺だった。
彼が見つめる先は集まっていた仲間ではなくその先。堺藤の方をじっと、ただ静かに見つめている。
「どうした?蒼紫寺」
籬が不思議そうに聞くが、蒼紫寺からの返答はない。
ただ静かに堺藤を見つめる漆黒の瞳はこれから起きうる未来を案じているかのように思えた。
静寂と涼風漂う小さな湖は暗い森の中でも光を集めて煌めく。
その中を半身水に浸かりながらぼんやりと宙を見る空色の髪の鬼。
中性的な滑らかな白い肌が水の光を受け更に白く見せる。
遠い過去、この場所で聞いた親友の言葉が思い起こされる。
『出て行きたいんだ。この地から。風習から。自由になりたい』
彼奴の願いは、恐らく誰にも理解されない。しかし俺にはその気持ちが凄く理解出来た。弱肉強食が絶対の規則。弱い者は生きていくことすら出来ない。堺藤から出ることも入ることも許さない閉塞的な世界。そんな世界を嫌う対極のようで同じ考えを持つ俺達。今思うとそれは偶然のようで、この日の為の必然だったのかもしれない。
脳裏で紅がちらつく。
「てめェは俺が殺シてやるよ…紅葉」
湖から出て置いておいた服を着る。最後に左の長い髪を後ろに払って、 森の中へと歩き出した。
歩む先が地獄で有ることを知りながら。




