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幻妖の縁〜双刻鬼伝〜  作者: 緋澄
肆章 堺藤
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目を覚ました紅矢がいたのはところどころ崩れ空気が湿った、地下牢の様な空間。

一切の光が差さず周りを見ても暗闇が広がっている様にしか見えない。

じっと一点を凝視する。

薄っすらと壁が見えた。広さはたいして広くない様だ。

何があったんだっけと今までのことを思い返す。そこでやっと獣の爪に左肩を抉られたことを思い出した。痛みはないがどうなったのか。

身じろいでやっと、自身の両腕が何かに巻きつかれているのに気付いた。ただ力任せに引っ張ったくらいじゃはずれそうにない。





カラン、という石が落ちる音で誰か来たのかと身を強張らせる。

蝋燭を持って入って来たのは、火で明るくなっているというのに全体的に色の薄い女。勿論鬼だが、どことなく白波と似た雰囲気を持っている。


「起きてたんだ?たいしたものじゃないけど…食べる?」


儚げに笑う彼女は、手に持っていた山菜や果物の入った包みを広げ、蝋燭の火を燭台に灯していく。

灯火でやっと辺りがほんのりと暖かく照らされる。彼女の着物は淡い藤色で裾と袖に紫と桃色の桜を散りばめた控えめな綺麗さが飾られていた。薄桜色の髪と虹色の瞳が光を受け様々な色を見せる。


「…誰?」


「え?あ、そっか…私は七葉(ななくさ)。…なんだか変な感じ」


くすくすと笑いながら林檎に似た黄色い果物を切り分け、紅矢の前に差し出す。


「…あの…」


「ごめんなさい。この幹は術で動くんだけど、私は知らないの」


紅矢の言わんとすることは最初からわかっていたのか、おずおずと申し訳なさそうに言う七葉にいいよ、と苦笑を溢して前に差し出された林檎もどきを見つめる。

決意を固め一口で食べる。

口にはさっぱりした甘さが広がる。


「ん、おいしい」


「!良かった。昔から黄蕾(おうらい)好きだったよね」


「…え?」


懐かしそうに言う七葉につい問い返す。

すると一瞬目を瞬かせて困ったように笑った。


「覚えて無いんだったね。…でも、無理に思い出さなくていいんだよ」


思い出したくない記憶の筈だから、と呟く彼女にすかさず口を挟む。


「何の話だか全くわかんないんだけどさ、俺はその誰かと間違われて連れて来られたって考えていいんだよな?」


「それは…わかんないけど。貴方がそう言うならそうなのかな」


はっきりとしない答えだ。

七草の言葉にはっきりと断言する。


「俺は"そいつ"じゃないよ」


そう言うと、悲しそうな顔をするでもなくそっか、と笑った。


「あ!黄蕾はもう無いけど他にも…」


「七葉。此処から出ていけ」


他の果物を取ろうとした途端、入り口から金髪の鬼が苛ついた声音で言う。


「え…でも…」


「出ていけって言ってんのがわかんねぇ?」


しどろもどろに話しかける七葉に、金髪の鬼が殺意を向けて言い放つ。

ビクッと肩を窄め七葉が部屋から出て行く。

出る間際、心配そうに紅矢に視線を向け去って行った。














「もう邪魔者はいない。だから素に戻っていいんだよ?」


七葉がいた時の態度から一変。楽しそうに笑いかけてくる。


「何言って…」


紅葉(くよう)のことを解ってやれるのは俺だけだ。そうだろ?」


変わらずの笑みに背筋に冷たいものが這う。蒼紫寺の時のような単純な死の恐怖ではない、根本的な、目の前の鬼の存在自体が恐怖の象徴のように感じる。


「どうした?もしかしてまだ体調悪い?顔色悪いよ?」


言葉が出ない紅矢を心配気に覗き込む鬼。

若緑の瞳が心配そうにしているのに恐怖は拭えない。


「あ!お腹減ってるの?そうだな。さっき七葉と仲良さ気だったし、七葉を食べる?丁度邪魔だなって思ってたんだ。殺して来てあげるよ」


可笑しそうに笑う鬼に恐怖よりも怒りが勝った。


「っふざけんな!俺は"くよう"じゃない!お前なんて知らな…ッ!」


全てを言い終わる前に鬼の手が紅矢の口を塞ぐ。


「まだ寝ぼけてんの?それに、紅葉じゃない?ならお前は何なわけ?」


ギリッとこめかみに指圧が掛かる。その痛みに微かに顔を歪ませ鬼を睨みつける。人間だ!と目で訴える。

その様子に鬼が可笑しそうに笑い出す。


「一つ、いい事教えといてあげる。俺が与えた左肩の傷は誰も治してねーよ」


鬼が紅矢の左肩が見えるよう服を着崩させる。

血に染まった服の下からは塞がった傷跡が覗く。驚く紅矢の口を解放すると、左鎖骨を幹に押さえつける。


「まぁこれじゃ本当かどうかわかんないし、手っ取り早くやって見せてあげるよ」


言うや否や鬼の右腕が獣の爪のように鋭く伸び、金茶の毛が腕を覆う。そして、紅矢の左肩を抉るように刺す。


「ッぐぁ"!」


痛みに悶える紅矢を笑いながら眺める鬼は肩から腕へ爪を切り進める。

紅矢の悲鳴が牢内に響き渡る。

余りの痛みに意識が飛びそうになるが、鬼が傷口に触れたことでなんとか保つ。


「ほら。傷口、見てみなよ」


髪を掴まれ無理矢理傷口の方を向かされた。

目を開けると、グロテスクに開いた肉と流れ出る血が見える。

焼ける様な痛みの中に体力が腕に吸われる錯覚を覚える。

それと共に傷口がゆっくりと塞がっていく。一瞬肌の色が赤黒く変色し、直ぐにもとの肌色に戻った。



その光景に絶句する紅矢と大笑いする鬼。


「これでも人間だって言える?訳無いよなぁ。そんな嘘ついたって無駄だよ」


紅矢の両頬に手を添えて鬼が処刑宣告のように告げた。何も言えない紅矢を腕に抱きしめて。


「俺がずっと傍にいてあげる。紅葉(くよう)


紅矢の見えないところで、鬼は歪んだ笑みを浮かべた。

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