もっと食べたかったです~(初任務達成です)
先に結論をいうと、俺はある日勇者になった。
族長の娘・レスティナの紹介と
自然の中で生きていた俺は簡単に受け入れられた。
ヒューマンに気味悪がられた力は彼らからすれば尊いもので、
何よりそれを受け入れ自然の中で生きた俺は尊敬さえされてしまった。
それに戸惑いはあったものの、それから俺はエルフたちと共にあった。
はたして何年の間そこにいたのか。時の経過がわかりづらいエルフの里。
俺は少年からいつしか青年になっていたが在り方は変わらなかった。
仲間内からは「エルフよりエルフらしい」といわれるほどに。
だから。
神託だの魔族だのヒューマンだの俺たちには他人事で関係がなかった。
俺たちはその神を信仰してないし魔族はエルフと敵対していない。
『エルフの里にいるヒューマンが勇者』といわれても
「だからなに?」
だ。
里で共に育ち、俺の生き方を認めて一緒に生きてきたのはエルフたちだ。
彼らを守るためなら俺はいくらでも誰とも戦うがなぜ俺がお前らのために?
ティアに語ったのと同じ内容の言葉を吐いて使者を追い返した。
「滅ぶならそれが運命だ。生きたいなら必死に立ち向かえ!」
自然と共に生きる俺たちエルフにとってヒューマンの他力本願は甘えだ。
勝てないなら、死ぬのなら、それが宿命。
死は終わりではなく次の命に繋がっていく行為。
ヒューマンが滅びようとその糧を受けて魔族が生きていくだけのこと。
なぜそんな当たり前の話を彼らは理解できないのか。
今にして思えば俺たちはヒューマンという種族をよく知らなかった。
この時の対応から俺は間違えていたのかもしれないと思うと悔しい思いだ。
結論からいうと、俺は勇者になった。ならざるをえなかったといえる。
ヒューマンの軍にエルフの里を囲まれては従うしかなかった。
勇者の力とエルフの戦士たちが協力すれば殲滅はできただろう。
だが防衛は無理だ。戦えない者達や森を守るためには従うしかない。
自然に滅ぶなら、生存競争での敗北なら、いざ知らず。
恥知らずのヒューマンの奸計で滅ぼされるわけにはいかない。
それはどこの命にも繋がらない滅びだ。許容するわけにはいかなかった。
まあその軍の半分は要求を受けいれたあとに見せしめとして滅ぼしたがな。
一応誰も殺さないでやったよ。こちらがしたいのは殺戮じゃない。
エルフにこれ以上手を出せばこの力がお前たちに向くという脅しだ。
まじで勇者パワーとんでもなかった。武器なしであれだもん。
だから、
安心して待ってろと、俺は何度も言ったのだ。
「私も行くに決まってるでしょ」
「魔法のひとつも使えないくせに」
「あなたのご飯は他の誰にも作らせないわ」
「どこでも、おいしいの作ってあげる」
「エルフの女の誓いを安く見ないでよね!」
───どこまでもあなたと共に
正直にいう。
嬉しかった。
だから連れていった。
そばにいてほしかった。
離れるより見える所にいて、ほしかった。
───わたしレスティナの魂は夫ジークと共に
そんなワガママを押し込めれていれば。
強く言い含めてさえいれば。
俺は、あんなくだらないことで妻を失わなかったのに!!
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「ううっ、今日も見つかりません~」
ぐったりと疲れた体をベッドに倒します。
あれから数日が経ちました。ジークさんの家に泊めてもらいながら、
私は必死にエルフの里・レスティナで聖剣を探しつづけていたのです。
相変わらず他人様のおうちには入れませんが、
なんとかお話ぐらいはできるようになりました。
どうやらジークさんが、
「あいつはバカだから大丈夫」
と、みなさんに太鼓判押してくれたそうです。
えへへ、勇者様に褒められちゃった。え、違う?
まあいいです。だってそれでも聖剣の情報はありませんし。
でも何人かの小さい子とは仲良くなれました!
みんな可愛くてですね、一緒に森を探検したりとか………
い、いえっしてませんよ!!
川で魚つりとか、鬼ごっことかかくれんぼとかしてませんからね!!
私は聖剣探してるんですから、うん。そうですよ!
「ジークさんは相変わらず聖剣について教えてくれないし。
いえ、諦めちゃダメよティア!
絶対に聖剣を持ち帰って勇者になってみんなを守るの!」
だから、今日こそは絶対にジークさんから聖剣の話を!
「おーーい! 夕飯出来たぞぉっ!!」
「あ、はい。すぐ行きます!
うふふぅ、今日のご飯はなーにかなぁ~♪」
思わず歌っちゃいます。
ジークさんの作るご飯は全部美味しいんですよ。
エルフの里原産のお野菜が素晴らしいのもあるんですが
味付けも上手なのです。とくに初日にいただいた野菜スープが絶品でもう!
ああ、思い出しただけで涎が。
「じゅるり」
今日もじつに美味しそうな料理が机に並んでいます。
これぞ大地の恵みです! 至福の時です! わたし勇者になって良かった!
「いただきます!」
「ああ、召し上がれ」
ん、勇者?
あ。
「って違います!! 聖剣です、聖剣!
おいしいご飯作ってもらうのはたいへんありがたいのですが、
いいかげん聖剣について教えてくださいよジークさん!!」
いつもの手段でまた忘れる所だった!
やはり勇者ジーク、おそろしいヒト!?
「…………そういう台詞はせめて俺の目を見て言え。
涎たれながして、食い物ばっか見てる奴のセリフじゃない」
「ひ、ひどい。
こんなおいしそうなご飯を前にして見てはいけないだなんて!!!」
あんまりです!
「…………俺がいうのもなんだけど、お前本当に勇者か?」
呆れられてしまったぁっ!? つい、本音が!!
「まあいいか。
食いながらでいいなら話してやるよ。じつはな………」
そういっておかしそうに笑ったジークさんは聖剣について語ります。
今まではぐらかしていたのにいきなり教えてくれたのは不思議でしたが
貴重な勇者さま本人からの情報です。しっかりと食べました。
いえ、聞きました!
曰く、聖剣には姿を変える力があって決まった形がないこと。
曰く、戦いが終わったあとほぼ無意識に持ち帰っていたこと。
曰く、どんな形になってるか分からないまま里のどこかに落としたと。
落とした?
「失くしたんですかぁっ!!??」
「まあそういうわけだ。
お前が見つけられたらそれでいいと思ったんだが、里中や
川や森を子供たちに付き合うついでに探しても見つからないとなると
もうこれ以上捜索しても見つけるのは無理だろうな」
うっ、意味ありげについでとかいわれました!
バレてます! 思いっきり遊んでたのバレてます!!
ついでに聖剣も探してはいたんですよ? これホントですからね!
「でもそれじゃどうすればいいんですか?
聖剣が見つからないと私帰れませんし正式な勇者になれません」
「そして俺は少ない蓄えをタダ飯食らいの居候に食い尽くされる、と」
「はうっ!!」
痛いところを突かれました。
だって、だってしょうがないじゃないですか!
わたしだって色々手伝おうと思ったんですよ?
でも農作業はまだまだ勇者の力を制御できなくてかえって邪魔。
家の中の仕事もまったくできない不器用な女ですし。
戦うことしかできませんがここは平和な里。武器もありません。
というかジークさんがいる時点で何かあっても大丈夫そうです。
つまり、私にはやれることがありません。
「役立たずな勇者ですいません……」
「冗談だ、気にするな………まあ食費が大変なのは事実だが」
「ううぅっ!」
ブラックです! 腹黒です!
数日ご厄介になってわかりましたがこのヒトいじめっこです!
こっちが言い返せないのをいいことに気にしてることを次々と!
「っと、つい遊んでしまうな。これからが本題だ。
聖剣を見つけたいお前とお前の分の食料がなくなってきた俺の、な」
「え、もうご飯ないんですか!?」
そんな、あれがないと私、もう生きていけません!
そういうとこれ以上はないほどジークさんは頭を抱えてしまいました。
「………ええい、もう……黙れこの食いしん坊!
こっちがせっかく打開策を用意してやったんだ、話を聞け!」
「は、はい!」
ピンと背筋を伸ばして話を聞きます。
ジークさんが用意した打開策とは偽の聖剣を用意することでした。
聖剣の本来の姿を知っているヒトはいません。お城でも意見バラバラでしたし。
そして色んな姿になれることをジークさんは誰にも教えていないと。
だからそれっぽい優れた剣を私が持ち帰って聖剣といえばそれが聖剣になると。
「族長に頼んで、エルフの技術で作った名剣を届けさせている。
聖剣には劣るが魔法で大地の力を宿した頑丈な剣だ。
勇者の力にも耐えられることは前に俺が確認済み」
確かにそれしかなさそうですが、みんなを騙すのは。
「じゃあ何か、ここでずっとタダ飯食らいのままでいると?
……おい、やめろ。それはそれで、みたいな顔!!
勇者やるんだろうが!」
「はっ、そうでした!
みんなが私の帰りを待っているのでした!
今度こそ私たちヒューマンの力だけで戦うのです!」
危ない。危ない。なんて強い誘惑なのかしら、タダ飯食らい!
けれどさすがに私でもここで勇者の使命を投げ出すわけにはいきません。
みなさんジークさんがいなくなって消沈してるのです。
なのに私までみんなの前から消えるなんてできません。
「私、頑張ります!」
「おう、頑張れ」
彼らしいぶっきらぼうな言葉。
けど少しだけ優しくもある応援に元気がでます。
ジークさんはいじめっこですが、イイヒトです。
だってこんなにおいしい料理を作れるヒトが悪いヒトなわけありません!
きっと、彼に料理を教えたっていうヒトもいいヒトなんでしょうねぇ。
あ、よだれが。
「うっ、もう我慢できません! 今日もいっぱい食べますよ!」
「…………少しは遠慮しろよお前」
遠慮?
なにそれおいしいの?
そういったらゲンコツもらいました。ぐすん。
そして次の日の朝。
里の外で立派な剣とジークさんからちょっとした預り物を受け取って
私は故郷に帰ることとなりました。初任務達成です!
けどジークさんは最後までいじわるでした。
私が「またお会いしましょう」って何度もいっても
貼り付けた微妙な笑顔で「さよなら」としか言ってくれませんでした。
よしっ今度は私おすすめのお店からお土産もっていこう。
そしたらきっとなんだかんだいってご馳走してくれるはずです!
そう思ったらなんだか足が軽いです。早く王都に帰りましょう!!
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「行ったようだな、二代目は」
「すみません族長。わがままを聞いてもらって」
ティアを見送った俺は姿を見せた族長に頭を下げた。
それをきっと悲しげに見ていると知ってはいるが、通すべき筋だ。
なにせあれは、エルフ族に伝わる宝剣の一振り。
遠い先祖が一族が苦難を乗り越える一助になればと残した物。
「……良いさ。
穏便に追い返すためと思えばあの程度安いものじゃ」
ご先祖も争いを避けるためだったなら分かってくれると笑う。
まあ、思ったより二代目のあいつがバカだったから助かったけど、
今日と明日はさすがにあいつの相手は、できないだろうから。
追い返す手段は、どっちにしろ必要だった。
「それよりも………報告は聞いた。明日、行くと。
このワシを一度も父と呼んでくれぬまま、行くのだと」
されどそう続けた族長の目つきはどこまでも優しく、そして悲しげだ。
ああ、こんな顔をさせているのも自分のせいかと思うと情けない。
でも。
「俺に、そんな資格ありませんよ。俺に、あいつの夫を名乗る資格なんて!」
そばにいたのに。悪意にも気づいてたのに。油断した。
まさかそんなことで、あんなくだらない目的のために命を奪う者がいるなんて!
想像さえしなかった己の不甲斐なさが、いまでも悔しい。
「………ワシは後悔しておらんぞ。
お主を里に入れたこと。レスティナとの結婚を認めたこと。
後悔があるのだとすれば、あの日ヒューマンどもの脅しに、
屈しなければならなかった己の非力さじゃ!」
「族長………」
そんなことはない。あの日、最期まで抵抗しようとしてたのは族長だ。
ここで屈すればこの先どうなろうとエルフの矜持は彼らに蹂躙されるからと。
戦えない者を俺に任せて、自分達がしんがりとなるから逃げてくれと。
それを蹴ったのは俺だ。そんな理不尽で無意味な事で死なせたくなかった。
自分が行けばそれだけでいい。それで戦って、それで戻ってくればいいと。
念のためにエルフに手を出せばどうなるかという脅しもつけて。
それがあいつを死なせる遠因になるだなんて思ってもいなかった
「だからジークよ。
お主がどう思おうとお主はワシの息子じゃ!
誰からの文句も聞かぬぞ! なにせわしが族長じゃからな!」
一番偉いのワシじゃもん!
などとのたまう白髪老人エルフがふんぞりかえる。
「ふっ、族長……」
彼なりの軽口による励まし。その強引さはやはり親子だ。よく似てる。
「………俺も後悔はしていません。あいつと出会った事。
ここに来たこと。あいつと、結婚できたこと。
後悔があるなら、孫の顔を族長に見せてやれなかったことです」
その気遣いとこれまでの日々の感謝を。
できる限り伝えるように笑顔で、告げたつもりだ。
内にある後悔はそれ以外にも山のようにあるのだけど。
やはり、それを口にするのは憚られた。
「…………今日は、久しぶりにお主のスープが飲みたいのぉ」
「ええ、ティアに食われないようにしっかり残しておきましたよ。
まだまだ全然、あいつの味には届いてませんけどね」
その日は久しぶりに族長と食事を共にした。
滅多に飲まない酒まで出して、俺たちは思い出話を肴に飲み明かす。
酔ってないとあいつのことを話題にするのは、難しかったから。
なにより
それがきっと一緒に過ごせる最後の夜だと、互いにわかっていたから。




