第1話 喫茶・十字街
蝶名健一は、先代マスターに指名されたとは言え
函館市・十字街にある
『喫茶・十字街』の二代目マスターになってしまったことを後悔していた。
先代マスターはある日、大きな置き土産を残し失踪してしまった。
それだけでも具合が悪くなるのに先程から吐き気が収まらなかった。
健一はストレスで胃が焼けてくるし頭痛と耳鳴りで立っていられなくなってきた。
こうしている間にも大音響でサイレンを鳴らし警察と消防が十字街に大挙して押し寄せてきていた。
いくつものサイレンが混ざり合って聞こえてくる・・・
「緊急車両が通ります、緊急車両が通ります!」
爆発音が聞こえ隣近所の建物は破壊され路上駐車の車も爆発して炎を上げている。
大勢の人間が走り回っている。
―ドンッ、ドドーンッと車が爆発し浮かび上がって落ちる。
消防隊の大声が響き渡って聞こえてくる。
「消せぇー、早くつなげぇー!」
路駐されていた車が次々に爆発して近隣の建物に破片が飛んでいく。
「こっちだ、おーい、こっちだあーっ!!」
混乱を見ようとマンションや家から遠巻きに人々が出てきた。
警察官が拡声器で注意をしている。
「ピポ、ハイ下がってください、家から出ないでくださいっ!」
緊急車両同士があわてて避難しようとしてぶつかった。
炎の勢いが強く予想外にプロパン爆発まで発生
爆風低周波か喫茶店に振動が伝わり
ブルブルと窓ガラスが音を立てて外の惨状が目に浮かんでくる・・・
「どうすりゃいいんだぁー」
健一は店のソファーにゆっくりと腰を下ろし頭を抱えた。
この大事件までの顛末とは、こうであった。
現在、健一は喫茶店の二階に住居を構え、函館の通称・十字街で
『喫茶店・十字街』の二代目マスターとして真面目に働いていた。
元々は先代マスターの尾上安次郎が気ままに経営していた喫茶店に通っていた客だった。
「ここだけの話だけどな・・・」
マスター尾上の趣味はモデルガンと格闘技おたくで、よっぱらって大嘘をつくのだが
その与太話が酔っぱらいの間では評判が良かった。
俺はカンフースターに拳法を習ったとか俳優と一緒に居合を習ったとか
ハリウッド監督と一晩飲んだとかベトナム戦争では義勇兵となってアメリカの若者たちと戦ったとか・・・
年代と年齢も合わず、めちゃくちゃなのが話を聴く者にとっては笑える話でオタクの客と毎晩バカ話に華が咲いていた。
そして、そのバカ話の大嘘が、まんざら嘘でもないことを事実として健一が知る事になるのは、まだまだ、ずっと後の事になる・・・
健一の母で薬剤師の蝶名礼子が
安次郎の作る料理のファンになり
小学生で勉強嫌いの息子、健一を不良にならぬよう便利に預けだしたのが、きっかけだった。
蝶名親子は母子家庭だった。
「カウンターの端っこでいいから、お腹空かした、この子がきたら何でも食べさせてあげてもらえませんか?この子、ここの料理が大好きなんです」
仕事で多忙な礼子は優しそうなマスターに目を付け、お願いした。
先代マスター安次郎の料理とは喫茶店らしからぬメニューばかりで
中でも人気はミートボールナポリタン、じゃがいもポークカレー、海鮮醤油炒め御飯
ハンバーグと生姜焼き定食、特製ソース焼きそば、それに豚汁と冷奴、納豆、大盛りサラダにサンドウィッチ、そして酢飯の海鮮海苔巻きには絶大なファンがいた。
マスターの趣味とはいえ、気まぐれで作られる焼売、餃子、肉団子麻婆豆腐、カシューナッツ入りエビチリなど目当ての客もいた。
「暑いから」と冬限定でフライヤーが可動を始めると先のメニューにエビフライ、カキフライ、唐揚げ、コロッケ、メンチカツ、アメリカンドッグと加減なく自由にトッピングできるので食堂だか喫茶店だか区別がつかなくなるほどの常連が出入りしていた。
そのくせ、ここで出されるコーヒーも紅茶も業務用ペットボトルが注がれるだけで飲み物に関しては工夫もなく提供されていた。
アルコール飲料も缶のまま提供されており、生ビールもなく、瓶の飲料がずらりと客席側冷蔵ガラスケースに置かれていた。
だが料理の多さとマスターの人柄にSNSも騒ぎ出し
パートさんを雇っても忙しさに変化がなく
嫌気の刺した先代はとうとう
『会員以外の方、入店、お断りします』との張り紙を出した。
忙しさの理由は、もう一つあった。
健一の母、礼子の幼馴染に北条一凜という曲者が居り
彼女の仕事場の連中が大勢、腹ごしらえに来るようになってしまったからだ。
北条一凜とは北海道警察・函館南警察署の女署長であった。
彼女の申し入れでは
「可愛い部下どもの腹を満たしてくれ」との事で
「命を張って仕事しているから署員のツケ払いも認めるように」
強引に入り込んできた。
署長と蝶名礼子の笑顔の前ではカッコよく引き受けるしかないマスターの顔は引きつっていたがツケ払いをする署員は皆無で出来た署員ばかりだった。
件の函館南警察署は組織の中でも
「カミソリ署長の愚連隊」と嫌味、やっかみしか聞こえない噂の多い警察署だった。
いつぞやは、検挙率を異常に、めきめき上げてきた函館南署に対し
「札幌上層部、方面本部の人間がススキノ繁華街で彼女の悪口を言っている」
民間の興信所から報告を受けた署長が抗議の電話をした挙句、すぐさま署長の実家が所有するヘリだかセスナだかに乗って部下を引き連れ札幌方面本部に乗り込んで行き
お偉いさんに『喝を入れた』とか
わざわざ東京・警視庁本部の願い入れで内密に署長の愚連隊に協力要請が入り、公安二課の公安官と合同で日本国内での国際テロを秘密裏に制圧したとか
そして、その理由が万が一、作戦失敗となったら函館南警察署に責任を取らせ、南署自体を解体する計画まで裏で進んでいたという・・・
噂とも伝説とも取れる話を健一は耳にしていた。
小学生時代の健一は、ある日クラスメイトが集まってTVゲームをしていたのだが一人っ子で対戦型のゲームを、あまりやった経験がなかった健一は馬鹿にされて以来
クラスメイトと遊ぶのがつまらなくなり喫茶・十字街の、お客の大人たちに混じって過ごすのがとても楽しかった。
普通は夜まで家に帰らないと親に怒られるはずだが喫茶店にいる限りは母も安心して咎めるられることは一度もなかった。
小学生の頃から毎日マスター安次郎の包丁さばきを見ていた健一は手伝ってみたくなり中学を卒業する頃には炒め御飯やカレーの仕込みができる程になった。
毎日マスターの下で料理を指南されていた。
そして健一は料理が大好きになった。
結局のところ蝶名礼子と健一は安次郎の中に父親を見ていた。
健一が成人式を迎えた時、母が急に重い病を発病して亡くなり。
同じ頃、母の幼馴染、北条一凜は異例の出世を遂げ函館南警察署の署長になった。
エリート組でもなく、まして女性の署長就任には裏があった。
署長の実家は地元のみならず世界的にも名前が知られている財閥で兄は居るが一人娘の一凜は、もともと警視庁にもコネがあり
何よりも実家の諜報能力の高さと財閥の所有する武器製造会社が日本国内は元より世界的にも有名で秘密の武器については日本の防衛省
そしてアメリカとイギリスでは絶大な支持と信頼をされていた。




