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迷い込んだ異世界で、彼と暮らすことにしました  作者: kkkkk


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8.ハンナ:空中都市

「驚かないでね」


 ポールの言葉に、ハンナは「うん」と頷いた。

 ポールが何かを唱えると、身体に変化が現れた。爪が伸び、全身が黒い鱗に覆われた。背中から翼が生えてくると、身体が急激に膨脹した。

 昔読んだ本の挿絵と同じ竜がそこにいた。

 変身したポールは大きかった。高さはハンナの十倍、横幅も十倍あった。


「脚から登って、背に乗ってほしい。できる?」


 ハンナは竜の前脚に手をかけ、鱗をつかんだ。温かい、硬い鱗。鱗に足を掛けて、何とか背へよじ登った。背に鞍はなく、手綱もないから鱗をつかんだ。


「乗ったよ」

「舌を噛まないように気をつけて」


 竜は立ち上がると、翼を上に掲げた。力強く翼を振り下ろすと、強い風が地面に吹きつけた。

 竜が地を蹴った。次の瞬間、上から押さえつけられるような衝撃がきた。

 苦しい。息ができない。

 眼下の草原、丘が小さくなった。ふわっと宙に浮く感覚がして、投げ出されないように強く鱗をつかんだ。

 衝撃がなくなると、雲の海の上だった。風が頬を打ち、ワンピースが揺れていた。


「どうだった?」野太い声が聞こえた。

「ちょっと、気持ち悪いかも」

「ははは、ユキもそう言ってた」


 ポールの笑い声につられて、ハンナも笑った。青空に笑い声が響いた。

 遥か彼方に浮かぶ城が見えた。竜はまっすぐに城へ飛んだ。眼下にはハンナが見たことのない大きな街、川、山があった。母と一緒に暮らしていたら、見られなかった景色だ。移り行く景色を眺めていたら、浮かぶ城が目の前に迫ってきた。


 竜は広場に降り立つと、人の姿に戻った。

 浮かぶ城は大きかった。地上から見えていたのは城だけだったけど、浮いていたのは空中都市だった。城の周囲には道路が整備され、古い建物が無数にあった。林や川もあった。通りには見たことがない生き物がいた。


「これは?」


 ハンナは卵の形をした歩く生物を指差した。


「指差しはいけない。彼らはプライドが高いんだ」


 ポールは小声で言った。その態度から、扱いが面倒な生物なのがわかった。通りには二足歩行する魚、大きな猫、フラミンゴ、ハリネズミもいた。


「見たことがない生物がたくさん。ポールが創ったの?」

「違うよ。ここにいるのは、地上の絶滅危惧種だ。ユキが保護しようと言って、ここに連れてきた」


 生き物の世話には、強い忍耐力が求められる。

 家の老犬は、ハンナが五歳のときに拾ってきた。雨の日、木の下で震えながら鳴く仔犬が可哀そうだった。それから十年が経つ。飼い始めたころは散歩に連れていくのが楽しかった。けれど、次第に飽きて面倒になった。今は母が散歩に連れていく。

 ユキが亡くなってから二百年、ポールは保護した生物を世話していた。きっとポールは、母のように強い忍耐力の持ち主なのだ。


「ポールの一族は、ここに住んでいるの?」

「いや。ここには僕しかいない。一族では僕が最後の住民だ」


 かつてここには、百人を超える竜人が暮らしていた。寿命の長い竜人は、次第に繁殖に興味を示さなくなり、出生率が極端に低下した。ポールが生まれたときには竜人は十人になっていた。三百年前にポールが生まれたのを最後に、新しい竜人は生まれていない。高齢になった竜人は、一人亡くなり、二人亡くなり、残ったのはポールだけだった。


「寂しくないの?」

「ユキが死んで、一族のみんなも死んだ。僕は一人だ。でも、ここにはいろんな生物がいる。少しは寂しさが紛れる」


 ポールはユキとの思い出の詰まった場所で、長い時間を過ごしてきた。寂しくないはずがない。


「僕にはやらないといけないことがある。ユキと約束したんだ。まずは、家に案内するよ」


 ポールは城の方向へ歩いていった。

 街の建物は古いけれど、よく手入れされていた。竜人がいなくなって長い期間放置されているだろうに、今でも人が住めそうだ。あるいは、保護した生物が暮らしているのかもしれない。

 ポールは城の右にある細道に入った。


「城に行かないの?」

「ああ、城は広すぎて落ち着かない。だから、別の場所で暮らしているんだ」


 ポールの気持ちは理解できた。ハンナも狭い場所のほうが落ち着く。

 細道は木の枝が交差し、陽の光が葉の隙間からこぼれていた。林の中に川が流れていた。湿った土の匂いは、家の近くの池と同じだった。風が吹くたびに、ざわざわと葉が鳴った。

 林を通り過ぎると、ぽつんとそれはあった。


「ここだよ」


 古い木造家屋だった。屋根には苔、壁一面に蔦がはっていた。古いけれど、よく手入れがされていた。


 ポールが扉をつかむと、ぎぃぃ、と木がきしむ音がした。

 ハンナが歩くと、床がぎしぎしと鳴った。奥から柔らかい空気が流れてきて、知らない家なのに、祖父母の家に来たように錯覚した。思わず「ただいま」と言いたくなる、そんな懐かしさが家にはあった。


「こっちの部屋を使って」


 ポールは右奥にある扉を開けた。部屋の中には深い茶色の家具、白いカバーの掛かったベッドが置かれていた。窓には薄いレースのカーテンが掛かっていた。

 カーテンをめくると、部屋に陽の光が差し込んだ。窓からは、通ってきた林が見えた。


「僕は少し出るから、ここでくつろいでいて」


 そう言い残して、ポールは部屋から出ていった。

 ハンナは荷物を床に置くと、ベッドに腰を下ろした。太陽の匂いが部屋中に広がった。

 たくさん歩いたから、疲れていた。でも、疲労よりも好奇心が勝った。ハンナは空中都市に何があるか知りたかった。


 家の中にポールはいなかった。

 外に出ると怒られるかな? そう思ったけれど、ハンナは誘惑に勝てなかった。


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