1.マナミ:パビリオン
「どうしたの? 迷子かな?」
目線を低くして男の子に話しかけた。小学生低学年だろうか? 男の子はもじもじしてこちらを見たけれど、何も言わなかった。
「ねえ、私と一緒に待ってようか」
男の子は小さく頷いた。
三十歳の私は、この子の両親と同年代だろう。男の子を警戒させないよう、笑顔をつくった。
「私はマナミというの。お名前は?」
「ヨシハル」
「どんな字を書くの?」
丸坊主の少年は最近では珍しい古風な字を書いた。
「何歳?」
「十歳」
ヨシハルは、私が持っていたポップコーンをじっと見た。さきほどコンビニで買ったものだ。
「食べる?」
容器を差し出すと、キャラメルの香りが広がった。
ヨシハルは泥の付いた手を豪快に突っ込んだ。手いっぱいにつかんで、口に放り込む。そして、案の定、咳き込んだ。
「急がなくていいよ。それ、あげる。飲物いる?」
ヨシハルは「うん」と頭をかいた。
「何がいい?」
「コーラ」
「買ってくるから、ここに座ってて」
一口しか食べていないポップコーンを奪われ、コーラを買いに行かされる。長いため息が出た。
とはいえ、迷子をそのままにしておけない。ヨシハルから離れると、本部に迷子の連絡を入れた。これで、ヨシハルの両親を探してくれるだろう。
コーラを買ってコンビニから出ると、ベンチからヨシハルが消えていた。
どこに行ったのか?
ベンチの周りを探したら、パビリオンの入口にヨシハルがいた。中を覗いていた。見失わないよう、入口に走った。
「ここに入りたいの?」
「うん。母さんに似た人がいた」
入口にはエリュセア公国とあった。聞き覚えのない国。パンフレットを確認したけれど、このパビリオンの情報はなかった。
パンフレットに掲載されず、運営スタッフにも知らされず、ひっそりとオープンしたパビリオン。隠しパビリオンだろうか?
「ついてきて」
ヨシハルの手を取って、入口に向かった。係員に職員パスを見せて中に入った。
パビリオンの中に入場者はいなかった。広い空間にぽつんと白い像。その像には扉が付いていた。展示物はこの中にありそうだ。
扉の中にあったのは地下への階段。ヨシハルの手を取って階段を下りた。
地下は広い空間だった。灯りがまばらに配置されており薄暗い。展示物は見当たらない。奥に木製のアーチの構造物が見えた。きっと、あそこが展示スペースだ。
ヨシハルをつれて、アーチに向かった。
「お母さんはどんな人?」
ヨシハルは急な質問に驚いたのか「えっ」と目を丸くした。
「普通……というか、覚えてない」
迂闊な発言だったことを反省する。きっと、両親はヨシハルが幼いころに離婚したのだ。ヨシハルは写真で見た母を追って、このパビリオンにきた。そうに違いない。
「お母さんに会いたい?」
「どうかな? 母さんが僕を覚えてなかったら、ショックだし」
迂闊な発言を重ねたことを反省した。ヨシハルの懸念は理解できた。子供はすぐに大きくなる。母の記憶にあるのは幼いころのヨシハルだ。今のヨシハルに会っても、息子だと気付かない可能性はある。
「なんくるないさ」
「何それ?」
「何とかなる、って意味の沖縄の言葉。私の父の口癖なんだ」
「へー、お父さんは沖縄の人?」
「違うよ」
「変なの」
木製のアーチは隣の部屋に繋がっていた。アーチを越えて扉を開けた。
金色の麦畑が風に揺れる平原、空に浮かぶ城がゆっくりと動くのが見えた。
「すごい演出だね!」
そこにはアニメ映画で観たような光景があった。スクリーンに投影された映像のはずなのに、本当に浮かぶ城が存在しているように見えた。
「これ、本物じゃない?」
ヨシハルは落葉を拾い上げた。本物の枯葉だった。地面の草も本物だった。
何のためにこのパビリオンを作ったのかは不明だ。ただ、クオリティは高かった。
草原は金色の波を打って広がっていた。風が吹くたび、背丈ほどの草がざわめいた。ヨシハルとはぐれるのを避けるため、手をつないで奥へ進んだ。
足元から鳥が飛び立ち、空へと駆け上った。本物の鳥だった。草の間に布切れが見えた。ヨシハルはしゃがみこみ、それを手に取った。
「これ、見たことがある。母さんのスカーフだ」
青い刺繍の糸が、陽の光を浴びて輝く。ヨシハルはスカーフを胸に抱いて深呼吸した。
「母さーーーん!」
ヨシハルの声は風にかき消され、草むらの奥へ吸い込まれた。返事はない。
「母さん、母さーーーん! うぅぅぅ」
ヨシハルは母を呼び続けた。
あいにく草原に人影はない。何度叫んでも無駄だ。だが、諭してもヨシハルは聞き入れないだろう。気が済むまで叫ばせておくことにした。




