優しさによる停滞
真っ暗な部屋に戻ってベッドにダイブした。
「私何してるんだろう」
リズの記憶があるとしても、それはきっと借り物であって、
私自身は、この世界に愛着は無い。
それなのに、なぜかほっとけない気持ちになってしまう。
「お父様がしていることは会社であれば非合理で褒められたことじゃない」
枕をギュッと抱きしめて考える。
終わりが見えている経営なんて誰も幸せにはならない。
「責任はお父様が取る」と言っていたけど、
責任を取ってほっぽりだされる領民のことをわかっている?
冷静になればいくらでも言い返せるけど、
あのお父様を目の前にしたときにはそれが言えなかった。
「数字だけが正解じゃない⋯⋯」
今までなかった壁にぶち当たりながら、瞼が重くなっていく。
「お嬢様、朝ですよ」
最近聞き慣れてきた声で目を覚ます。
メイドのアシュに起こされて食堂に向かった。
「あらリズ、昨日は夕食にも顔出さなくて心配したのよ」
心配そうな顔をして、お母様が身体の心配をしてくれた。
一昨日頭を打って寝込んだことを気にしているようだったので、
「調べ物をしていたら熱中してしてしまっただけなので大丈夫です」
お母様を心配させないために返答したが、
お父様を見ることが出来なかった。
テーブルには昨日と同じ料理が並んでいる。
やはりお父様たちはパンしか食べていない。
「今日はちょっと領地に出たいと思いますがいいでしょうか?」
「リズが領地に行きたがるなんて珍しいわね」
そう言えば、リズの記憶に領地に行った記憶がなかった。
お母様の反応を見ると行くことは止められていないみたいだから、
リズ本人がなぜか行かなったみたいだ。
「たまには、領地を見て回りたいと思いまして」
「みんなの邪魔しないようにね」
「はい」
許可が出たならのんびり食事をしてる場合じゃない、
食事をかき込んで急いで食堂を後にした。
部屋に戻って、身支度を整えながら領地で確認することを整理する。
数字ではわからないことを現認しないといけない。
玄関には、メイドのアシュが付き添いの準備を終えて待っていた。
「奥様から付いていくよう言わましたのでご一緒いたします」
案内してくれる人が居るのは心強い、
アシュの手を取って玄関の扉を開ける。
領主邸はちょっとした丘にあり、
領地までは、歩いて10分ほどとそこまで遠くはなかった。
領地までの道は、凸凹が多く歩くのも一苦労だ。
はじめて実際に見る領地に私は言葉を失った。
昼間なのに往来がない上に、
店だってパン屋と八百屋みたいな店しかない。
「アシュあそこを見たいわ」
八百屋に並んでいるものは、りんごのみ。
しかも数個しか並んでいない。
「あらリズ様いらっしゃい」
店主らしき老人が私を見て挨拶をしてくれた。
「こんにちは、今日の品揃いはこれだけですか?」
「いつも通りです、とは言っても滅多に売れないんだけどね」
と言って、笑った。
「でわなぜ売り続けるのですか?」
唐突な質問に老人は目を大きく開いてから困った顔をした。
「そりゃ売れれば御の字で、売れなくたって自分で食べればいいだけだからね」
困った顔が少し寂しそうに変わっていた。
「変なことを聞いてごめんなさい」
頭を下げてお店を離れた。
領地の中心付近部まで来て思ったことは、
建物の殆どが木造で、石造りも数軒あったがどれもボロボロだった。
廃村一歩手前と言ってもおかしくないだろう。
わざわざ領地に来たのには目的があった。
「アシュ、パン屋に行きたいわ」
「かしこまりました」
アシュが私の前を歩き出した。
パン屋は唯一のレンガ造りの建物だった。
中に入ると数名客が居て、
「リズ様ではないですか」
1人の子連れの客が私に気づいて声をかけてくれた。
「リズ様ではないですか!」
「こんにちは、パンをお買い求めですか?」
「はい、いつもお世話になっています」
店内はあまりに簡素な作りをしていた。
カウンターとその後ろに1種類のパンが置かれているだけ。
元の世界の色んなパンが陳列され、好きなものを選ぶ楽しさを思い出すと、
なんて寂しいパン屋なんだろう。
(これがこの世界の現実?それともこの領地がそうなだけ?)
この世界の他の情報があまりにも少ないことを嘆いていると、
「今日も硬いパンなの?」
「もうこの子ったら!」
母親が慌てて子供の口を抑えて、私のを方を見て申し訳無そうにしているが、
私は軽く笑って返すことしか出来なかった。
きっと、母親だっていろんなものを子供に食べさせてあげたいはずだ。
だけど、ここではそれを許してはくれない。
生きるためには、いくら硬くても食べるしか選択肢がない。
客が居なくなったのを確認し、店員に声を掛けた。
「ごめんなさい、工房の中を見てもいいかしら?」
店員は慌てて職人に確認しますと言って裏に行ってしまった。
数分待っていると、確認が取れたようで工房に案内してくれた。
「ちょっと中を見させていただきます」
工房に居た1人の男性にお辞儀して中に入った。
中は、大きな釜と生地をこねるであろう作業台があるこじんまりとした工房だった。
「私はリズと申します。お名前を聞いてもいいかしら」
「バンズです」
緊張した様子で男性が返事をしてくれた。
今日はもうパンは焼き終わったようで釜の火は落ちていて、
作業台も綺麗に片付けられていた。
(見た感じだと無駄があるようには思えない⋯⋯単純に売値がおかしいだけのようね)
利益率の低さになにか理由があるんじゃないかと勘ぐっていたが、
予想が外れたことに少し落ち込んでしまった。
「パン作りはどこで学びましたか?」
何気ない質問から聞き始める。
「学んだっていうか――俺の親父が元々パン屋をやっていたのを、
今の領主様が支援してくれて今の形になりまして、俺は親父からちょっと教わった程度で⋯⋯」
「じゃ、普段はお父様が作られているわけですね」
「それが、親父は10年前におっちんじまって、どうにかこうにか俺がパン屋を続けているわけです」
質問をしながら工房内を見て回り、調理器具などは元の世界と同じなんだと確認していると、
調理台の横に無造作に積まれたパンを見つけた。
「このパンはなにかしら?」
「それは、出来損ないですね」
「廃棄するってこと?」
「いや、捨てずに領主様に納めているのと、後は俺と販売しているやつで持ち帰ってます」
(えっ!?じゃ、私たちは出来損ないを食べていたってこと?)
領主がある意味で残飯処理?
あり得ない現実に思考が一瞬止まる。
「きょ、今日が特別多いとかではない?」
あまりの衝撃に声が上ずってしまった。
「どうしても、このくらいは毎日失敗してしまいますね」
「ごめんなさいね、お父様のときもこのくらいは失敗されていました?」
この問いかけに、職人の眉間にシワが寄った。
「それはあれですか?こんだけ失敗するのはおかしいって言いたいんですか?」
悪気があって聞いたわけではない。
職人が出来損ないというパンの量を見ると、軽く見積もっても利益を3%は食っている。
「いえ⋯⋯そういう意図で言ったわけではないのですが⋯⋯」
どう言い繕えばこの場が落ち着くのか考えていると。
「お嬢様は失敗を責めているわけではありません。ですがよく考えてください。
お家で3人分の食事を作るのに毎回5人分作らないと出来ないというのは普通のことでしょうか?」
これまで静かにしていたアシュが、間に入って現状を説明してくれた。
「そう言われると、そうだけどよ⋯⋯」
アシュの問いに、職人が俯いて視線を下に向けてしまった。
別に責めたいわけじゃない。
「もう一度聞きますが、お父様のときも失敗はされていたのですか?」
「親父も多分⋯⋯あんまり変わんなかったと思う。
それに、昔に親父と領主様とのやり取りで失敗しても持ち帰ったり領主邸に納めればいいからと」
お父様公認って訳か。
だけど、問題を隠しているだけだ。
工房内を漠然と見渡して感じるのは、彼は無気力に仕事をしているわけではない。
整理整頓がしっかりとされているし、作業が終われば片付けもしっかりしている。
そして、アシュの指摘に噛みつくことなく受け入れて居るのを見れば誠実なんだろう。
うーんと考えて、やるべきことを整理する。
「職人!もしこれを0とは言わずとも、激減出来るとしたらあなたは協力してくれますか?」
私は彼に、変わる気持ちがあるのかを確かめた。
「そりゃ、今の話を聞いたら減らすべきだと思うますけど、やり方を知らないんです」
やり方なんて私がいくらでも教えられる。
「単刀直入に聞きます。やる気はあります?」
必要なのは、変化を受け入れる勇気だ。
「領主様のためになるならやりますぜ」
言質が取れたと拳を小さく握りしめた。
「じゃ明日、作ってるところを見させてください」
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