この領地の現状
メイドを探すために、再度玄関ホールの方に向かう。
廊下は確かにボロボロではあるが、
ホコリや塵が積もっている様子はなかった。
「掃除は、ちゃんとされているみたい」
ホールに辿る着いて、一階の方を見下ろしても、
あのメイドはどこにもいなかった。
「困ったわね」
次に、どこを探せばいいかと思考していると、
食堂の扉が開いて、中からお母様が出てきた。
「丁度いいわ」
階段を足早に駆け下りて、お母様に声を掛けた。
「お母様、領地に行きたいのですが?」
「リズが、領地に行きたいというとは⋯⋯」
あれ?なんかおかしいことでも言ってしまった?
「なにか、問題でも?」
「うぅん、なんでもないわ。
ただ、子供1人で行くのは心配だから、アシュを連れていきなさい」
ちょっと待っているように言われた。
お母様も待っている間に、玄関ホールを観察したが、
ここも例外無く、大理石の床は一部が木に変わっていたりした。
「一番人目に触れるのに、この状況はまずいわね」
お母様が戻ってきた。
お母様の後ろには、さっきのメイドが付いてきていた。
あのメイドがアシュね。
「アシュ、リズが領地に行きたいと言うから付き添いをお願い」
「かしこまりました。奥様」
軽くお母様にお辞儀をして、アシュは私のところに近づくと、
そっと手を出してきてくれた。
私はその手を、なんの躊躇もなくつかんで屋敷を出た。
領主邸はちょっとした丘にあった。
領地までは、歩いて10分ほどの場所にあるらしい。
デコボコの道をアシュと歩きながら、
領地までの道のりを観察した。
ただ本当に、何もない。
領地へと続く道と木しかない。
当然、歩いて行くってことは車とか自転車なんてないんだろう。
屋敷の外観や着ている服などから推察すると、
中世のヨーロッパ系よね。
「ねぇアシュ」
「どういたしましたか」
「イギリスとかフランスって国を知っている?」
私の手を握っていない、反対の手の人差し指を顎に当てながら、
「イギリス、フランス⋯⋯」とつぶやいた後に、
「申し訳ございません、そういった国は聞いた覚えがございません」
「ううんいいの、じゃこの国の名前は何ていうの?」
「ユーラルド王国でございます」
ユーラルド王国?
私が知らないだけで、そんな国が地球にあるってこと?
仮にあったとして、なんで私はその国の領主の娘になっているんだ。
状況がわかれば、逆にわからなくなる、
悪循環に陥ってしまっている。
首を何度も左右に振りながら、色んなことを考えていると、
「お嬢様、着きました」
アシュの声で、下を向いていた視線を上げた。
「これが⋯⋯領地なの」
「⋯⋯はい」
はじめて見る領地に私は言葉を失った。
目の前にあるのは、文化レベルが低いとかっていう話ではない。
1本の道の左右に、木造の平屋が並んでいるだけの、
スラム街と言われてもおかしくない場所だった。
昼間なのに往来がない。
いや、活気というものが全く感じられず、
人が生活しているとは、到底思えない。
「お進みいたしますか?」
アシュの問いに、即答できなかった。
なんとなく、リズの記憶に領地がなかった理由がわかった気がする。
アシュと握った手を強く握り直して、
「案内してちょうだい」
領地の中に行くことを決断した。
領地を縦断している、中央の道幅は5mほどあるが、
それ以外に、道らしい道はない。
領民が暮らしている家は、どれもツギハギだらけで、
台風が来れば根こそぎ飛ばされてしまいそうだ。
「領民は、今はなにをしているの?」
「今の時間ですと、ほとんどの領民は農作業に出ていると思います」
やっぱり、メインとなる労働はそれなのね。
ほとんど代わり映えをしない道を歩いていると、
家の前に、何かを並べている家があった。
「アシュ、あそこを見たいわ」
近づいて見てみると、
りんごが5個置かれていた。
「あらリズ様いらっしゃい」
家の奥から、老婆が私に気づいて挨拶をしてくれた。
「こんにちは、今日の品揃いはこれだけですか?」
「いつも通りです、とは言っても客なんて居ないけどね」
と言って、笑いはじめた。
「でわなぜ、売るのですか?」
唐突な質問に老人は目を大きく開いてから、困った顔をした。
「そりゃ売れれば御の字で、売れなくたって自分で食べればいいだけだからね」
困った顔が少し寂しそうに変わっていた。
「変なことを聞いてごめんなさい」
頭を下げお店を離れた。
領地の中心付近部まで来ると、
唯一のレンガ造りの建物が目に入ってきた。
「あれはなにかしら?」
「領主様が運営しているパン屋です」
お父様がパン屋を?
「あそこも見てみたいわ」
中に入ると数名客が居て、
子連れの母親が私に気づいた。
「リズ様ではないですか!」
「こんにちは、パンをお買い求めですか?」
「はい、毎日買っています」
店内はあまりに簡素な作りをしていた。
カウンターと一斤のパンが複数置かれているだけ。
なんて寂しいパン屋なんだろう。
「今日も硬いパンなの?」
「もうこの子ったら!」
母親が慌てて子供の口を抑えた。
私の方を見て頭を何度も下げてきたが、
どうしていいかわからず、苦笑いを浮かべてしまった。
子供は5歳ほどに見えるが、
どう見ても、栄養が足りていないのが明白だった。
小枝のように細い手と足が、
この領地の実情をなによりも物語っている。
母親の方も、叩けばすぐに折れてしまいそうにか細い。
自分の腕を見て、なぜだか申し訳ない気持ちになった。
このパン屋では、一斤ほどのパンを100イェン?で販売していた。
朝食に出ていたパンと同じだから、
領主邸もここから仕入れているようね。
客が居なくなったのを確認し、店員に声を掛けた。
「ごめんなさい、工房の中を見てもいいかしら?」
店員は慌てて職人に確認しますと言って、裏に行ってしまった。
数分待っていると、確認が取れたようで工房に案内してくれた。
「ちょっと中を見させていただきます」
工房に居た男性にお辞儀をして中に入った。
中は、大きな窯と生地をこねるであろう作業台がある、
こじんまりとした工房だった。
「私はリズよ。お名前を聞いてもいいかしら」
「バンズです」
緊張した様子で男性が返事をしてくれた。
パンは焼き終わった後のようで、窯の火は消され、
作業台も綺麗に片付けられていた。
「パン作りはどこで学びましたか?」
何気ない質問をする。
「学んだっていうか――元々は親父の店でして、
俺は親父からちょっと教わった程度で⋯⋯」
2代目ってことね。
「じゃ、普段はお父様が作られていると?」
「親父は10年前におっちんじまって、
どうにかこうにか俺がパン屋を続けているわけです」
質問をしながら工房内を見て回った。
調理器具などは見慣れたものが並んでいる。
窯の横に無造作に積まれたパンが目についた。
「このパンはなにかしら?」
「それは、出来損ないですね」
「廃棄するってこと?」
「いや、捨てずに領主様のとこに納めているのと、
後は俺と販売しているリリィで持ち帰ってます」
えっ!?じゃ、私たちは出来損ないを食べていたってこと?
さっき食べてきたパンは⋯出来損ない⋯⋯。
あり得ない現実に思考が一瞬止まる。
「きょ、今日が特別多いとかではない?」
あまりの衝撃に声が上ずってしまった。
「どうしても、このくらいは毎日失敗してしまいますね」
「ごめんなさいね、お父様のときもこのくらいは失敗されていました?」
この問いかけに、職人の眉間にシワが寄った。
「それはあれですか?こんだけ失敗するのはおかしいって言いたいんですか?」
悪気があって聞いたわけではない。
「いえ⋯⋯そういう意図で言ったわけではないのですが⋯⋯」
口が滑ってしまった。
「お嬢様は失敗を責めているわけではありません。ですがよく考えてください。
3人分の食事を作るのに、毎回5人分作らないといけないのは普通のことでしょうか?」
これまで静かにしていたアシュが、間に入ってくれた。
「そう言われると、そうだけどよ⋯⋯」
アシュの問いに、職人が俯いて視線を逸らした。
別に責めたいわけじゃない。
「もう一度聞きますが、お父様のときも失敗はされていたのですか?」
「親父も多分⋯⋯あんまり変わんなかったと思う。
それに、昔に親父と領主様とのやり取りで、これでいいって話に」
お父様公認って訳か。
バンズの怠慢によるものではなさそうだ。
それは、工房内を見ればわかる。
領地を見て、領民を見たから言える、
これを放置する余裕があるとは思えない。
当たり前のように出来る山積みの出来損ないパンに、
無性に血が騒いでしまう。
私はバンズに問いかけた。
「もしこれを減らすなら、手伝う気はあります?」
「そりゃ、今の話を聞いたら減らすべきだと思うますけど、
やり方を知らないんです」
やり方なんて、私がいくらでも教えられる。
「単刀直入に聞きます。やる気はあります?」
必要なのは、変化を受け入れる勇気だ。
「領主様のためになるならやりますぜ」
「いえ、それは違うわ」
「どうしてだ?」
「領民のために、やらないといけないことよ」
お父様の意図はわからない。
ましてや、失敗をなくしたからといって、
さっき見た親子を救えるわけでもない。
それでも、やれることをやらないと、
私なのかリズなのか今はわからない。
だけど、これを放置できない私がいる。
「とりあえず明日、作ってるところを見させてください」
まずは、出来損ないを無くさないと、
こんな無駄、理由がなければおかしい。
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