次の一手、お披露目
ヴェルデンイモを売り出してから半月、
次の一手を打つ準備は整った。
マリーと子供達が頑張ってくれて、
樽を7個買う目処がたった。
パンの酵母を作るなら3個で十分だが、
新たな商品のために追加で4個必要だ。
そして、今日がその商品のお披露目のときだ。
私は、気を引き締めて食堂に入った。
「お父様、お母様、食事の前に、こちらを試飲願います」
アシュが二人の前にグラスを置き、黄金の液体を注いだ。
グラスの中で、黄金に輝くそれを2人はじっくりと観察している。
「色はエールに似ているが、エールのえぐ味のある匂いはしないな」
「フルーティーな匂いの中に、微かにアルコールを感じますわ」
ゆっくりと口に含んで、ゆっくりと飲み込む。
「ふむ、リンゴジュースの酒って感じか」
「強くなくて、飲みやすいわね」
「はい、こちらはリンゴを発酵させて作ったシードルでございます」
リンゴは、ヴェルデン領で2番目に作られている作物。
だが、痛むのが早いために近隣の町にしか売れず、
残りは領内で消費するに留まっていた。
「リズ、確かに美味しいが酒は少ない量で酔えないといけない」
お父様の指摘はその通りだ。
「理解しています、平民は味よりも少量で酔えるものを好みます」
「これは、貴族向けということか?」
「平民向けです」
「矛盾しているな」
お父様が一気に飲み干して鋭く刺してきた。
「先程お母様は、強くなく飲みやすいとおっしゃいました」
「えぇそうね、社交界でエールやワインを飲むけど、きついのよ」
「そういうことか」
お母様の話を聞いてお父様が気付いた。
「そうです、これは女性向けのお酒になります」
「発想は面白いが、需要があるかわからん」
それを聞いて、私は資料をお父様の前に出した。
「これは?」
「この半月間で、近隣の町にある食堂・酒場・女性が接客をする店、
そこに出入りする女性に聞いた声です」
シードルは元の世界で私も愛飲していた。
だからといって、手放しでこの世界で売れるなんて思っていない。
ニーズの把握と販売先の目処が立たないで、
資本金の8割をぶっ込む事業なんてはじめはしない。
「女性客の後ろには、シードルの事業計画と、
大まかな予想売上の推移を記載しています」
慌ててページをめくり中身を読む。
そして、数字の意味を理解して口をゆっくりと開く。
「リズ、ここに書かれていることは本当なのか?
お前の希望が含まれていないのか?」
「いえ、どちらかと言うと記載した内容は、
少なく見積もったものになります」
資料を持つ手に力が入ったのか、シワが入る。
「たった2ヶ月で、税収4ヶ月分だぞ」
「私の本音では、半年は行けると思っています」
新しいものは、大抵貴族向けで高額だ。
この世界の平民は飢えている。
ヴェルデンイモを隣町で売ってそれを実感した。
「それで、リズは私になにをしてほしんだ?」
「領民に手伝っていただきたいので、お父様に話をしました」
「あなた⋯」
お母様がお父様を見つめる。
「失敗は許されないぞ、りんごだって領民の大切な食料だ」
「これは、りんごで領民に肉をたべさせるものです」
お父様は息を吐いて肩の力を抜いた。
「もう一杯貰えるか?」
「はい!喜んで」
アシュから受け取り、私がおかわりを注いだ。
シードルのお披露目の翌日、
久しぶりにパン屋へと向かった。
「半月市場調査で出回ってたから、パン屋に行くの久しぶりね」
「バンズさんが拗ねているかもしれません」
「あり得るかも」
くだらない会話をアシュと交わしながら、
パン屋が見えるところまで来ると、
「なんか、パン屋の前に人が溜まっているわ」
「見慣れない人たちです」
「急ごう」
駆け足でパン屋に向かう。
「ごめんなさい、ちょっと通して下さい」
人混みをかき分けて、どうにかパン屋に入ることが出来た。
「リリィさんどういう状況ですか?」
カウンターに居るリリィに聞いた。
「旅人の集団と、いうのですが⋯⋯」
列を見ると、確かに旅人が混じっていた。
「なにか問題でも起きました?」
「いえ、焼き立てのヴェルデンイモを買いに来たと」
「それほんと!?」
「はい、最近ちらほら見られていたのですが、
今日みたいに、集団でとうのははじめてですね」
私は、1人の旅人に声を掛けた。
「ヴェルデンイモをわざわざ買いに来たの?」
「マリーちゃんが、焼き立てが数倍うまいって言うから、
近くを通るついでに来たってわけよ」
「他の方たちもですか?」
そう問いかけると、全員が頷いてきた。
マリーあんた最高よ。
帰ってきたらいっぱい褒めてあげないと。
アシュにリリィの手伝いをお願いして、
工房に入った。
中では、アレンとバンズが忙しく作業をしていた。
「好評らしいわね」
「おっ!嬢ちゃんじゃねか!」
「リズ様、お疲れ様です」
私の方を見て挨拶をしてくれたけど、
手を止める暇はなさそうだ。
「私も手伝うわ」
「助かる」
鍋の前に立ち、茹で加減とジャガイモの投入を担当した。
「つ、つかれたわ~」
「今日はやばかったな」
「こんなのはじめてです」
テーブルや椅子にもたれかかって休んでいると、
店舗の方から、アシュとリリィが来た。
「リズ様とアシュさんが来て、本当に助かりました」
「しかしよ、なんで旅人が来たんだ?」
バンズの問いに、旅人に聞いたことを話す。
「なるほど、マリーが宣伝しまくってったわけか」
「マリーの宣伝もすごいけど、わざわざ立ち寄るほど美味しいってことよ」
ヴェルデン領は、人と物が通る道から完全に外れている。
「あと、出店よりやすいので多く買っていったようです」
出店の方を割高にしたのが逆に、お得感に感じて、
数買いに拍車を掛けたのね。
「ただ顔を出すはずが、こんなに疲れるなんて」
「半月も来なかった罰だな」
アッシュの言う通り、拗ねていたのね。
「本当は相談したいことがあったけど、もう遅いから明日にするわ」
「それは助かる、今日はもう頭も動かないぜ」
疲れもどうにか取れて、屋敷に戻ろうと立ち上がったときに、
「只今戻りました」
店舗の方からマリーの声がした。
「マリー!!!」
私は彼女の名前を叫んで、店舗に走っていった。
「リズ様、いらっしゃったんですね」
なにも知らないマリーに、私は飛びついて、
頭をワシャワシャし続けた。
「あなたって、本当に偉いわね」
「リズ様、私になにかしましたか?」
状況が飲み込めなくても、
私のワシャワシャに自然と身体をくねらせるマリー。
「あなたが、出店で焼き立てが美味しいって宣伝したおかげで、
わざわざ買いに来る人が出始めたのよ」
「えぇっ!?」
たった一言かもしれない、でも打算がないマリーの気持ちが、
来た人たちの足を領地に向かわせたんだろう。
少しずつだけど、でも確かに動き出したことを実感できた。
読んでいただき、ありがとうございました!
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