異世界転生先は貧乏でした。
その日も、特別なことはなかった。
売上報告に目を通した。
数字は悪くない。むしろ良いほうだ。
私が組んだ計画で、持ち直した企業の資料を読み、
このまま、軌道にのってほしいと思った。
「私、今日はもう帰るわ」
社員たちに声を掛けてオフィスを出た。
あまりに順調だった。
だからこそ、気が緩んでいた。
横断歩道を渡る途中に、背後で誰かの叫び声が聞こえた。
衝撃が全身に伝わり、次の瞬間、地面が上に見えた。
「⋯⋯終わった」
目を開けると、見慣れない天井⋯⋯。
いや、ベッドの天蓋が目に入った。
ここはどこ?と起き上がろうとして、身体の軽さに気づく。
視界に入った手は小さく、髪は金色だった。
「⋯⋯え?」
声が高い。
口を抑えた瞬間、知らない記憶が蘇った。
名前、家族、領地――
それは、領主の娘リズの15年分の記憶だった。
知らない記憶と知らない世界に、鼓動が早まる。
部屋を見渡す限り、病院でも日本でもないようだ。
窓から見える庭は荒れ果てていた。
早まった心臓が落ち着きを取り戻し、部屋を出る。
そこには、異様な光景が待っていた。
「ここは領主の屋敷のはずでは⋯⋯」
あまりにも違いすぎた。
さっきまでいた部屋は、天蓋付きのベッドに大きな鏡付きの化粧台と、
手が行き届いている部屋だった。
しかし、部屋を一歩出た途端に視界に入ってきたのは、
壁紙が剥がれ、窓が板で塞がれている廊下。
「どういうこと?」
部屋と廊下とのギャップに理解が追いつかない。
周りを見渡し、誰かいないか探してみると、
右の方から、物音が聞こえてきた。
「人⋯⋯よね?」
不安を抱えながらも、右へと踏み出す。
先には、玄関ホールが有った。
そこでは、1人のメイド服を着た女性が慌ただしく動いていた。
「ちょっと⋯⋯」
女性は、声に気づいてこちらを振り向いた。
「お嬢様!!!」
私を見て驚いた声を上げ、階段を駆け上がってきた。
「起きられて大丈夫ですか?頭は痛くありませんか?」
彼女に話を聞くと、昨日高い場所の本を取ろうとして、
足を滑らし、頭を打って気を失ったらしい。
何度も自分の不注意で怪我をさせてしまったと、謝られた。
なんだ、一応はちゃんと人が暮らしているようね。
さっきまでの不安がなくなると、
お腹が勝手に鳴ってしまった。
メイドが私のお腹を見たせいで、
恥ずかしく、顔を赤くしてしまった。
「そ、それよりも、お父様とお母様は?」
「旦那様と奥様、シルク様は食堂で朝食を召し上がっております」
あぁ~朝なんだ。
「私も朝食を貰えるかしら?」
「すぐにご用意いたします。お嬢様が目覚めたことを知ればお二人も安心します」
「お願いね」
彼女は、小走りで走っていった。
食堂に入ると、男女の大人と5歳ほどの男の子が食事を取っていた。
「リズ、身体は大丈夫なの?」
食堂に入るやいなや、女性が声を掛けてきた。
リズの記憶によると、お母様のようだ。
「安静にしていたので、もう大丈夫です」
当たり障りのない返事をして、自分の席に座ると、
すぐに食事が運ばれ、私の前に並べられた。
並べられた料理は、パンに野菜入りのスープと二切れの肉だ。
知らないものが出てこなくて一安心した。
隣りに座る弟シルクの皿には、私と同じ料理が並んでいた。
だが、お父様とお母様の前には、大量のパンと少量のスープしか置かれていない。
2人の食事はそれだけ?
そして、2人の着てる服が目に入った。
お父様の服はよれかかって、色褪せもしている。
お母様のは、縫い痕まである。
それに気づき、自分の服とシルクの服を確認する。
ほつれや、ましては修繕された痕はない
領主であるとは到底思えない身なりをしている。
そしてこの食堂だ。
廊下同様に、ボロボロと言ってもおかしくない。
正確に言うなら、維持ができていない。
子供部屋や子供の食事と服に対して、
屋敷の状態と両親の食事や服装の差が目に付く。
ここまで落差があるのはおかしい。
リズの記憶を辿っても、答えは出てこなかった。
とりあえず、食事をしようと、
パンを口に運び、噛んだ瞬間――。
歯茎に激痛が走った。
なに、この硬さ。
全く歯が立たない。
もう少し噛む力が強ければ、歯が折れていてもおかしくなかった。
手で千切ろうとしてもびくともしない。
指で押しても凹みすらしない。
これがパンというの?
どうやって食べるか悩んでシルクを見ると、
彼はスープにつけてから食べていた。
お父様たちも、同様だ。
ふやかさす前提なのね
硬いパンの食べ方を理解し、
スープにつけてみたが、木の板からフランスパンになっただけだった。
しかも、味がしない。
スープと肉も香辛料が使われていなく、
素材の味のまま。
何度か喉に詰まりながら、どうにか食べ終えて部屋に戻った。
ベッドに横になりながら、
自分の置かれている状況を冷静に考えた。
夢だとしたら、あまりにもリアルすぎる。
そして、最後に感じた衝撃をはっきりと覚えている。
「あれで生きているはずないわよね⋯⋯」
それなら、ここにいる私はなんなの?
会社のこと、部下たちのことが気がかりだけど、
「麻美ならうまくやってくれるか⋯⋯」
相棒だった存在を思い出し、少し安心する。
それなら、今は私のことね。
寝返りをうつと手に固い感触を感じた。
「なにかしら?」
感触のものを手繰り寄せると、
「本?」
中を開くと、そこにはリズの日記が記されていた。
『10歳になったので、今日から日記を書いていこうと思います』
記されている文字は見たことがなかったけど、
違和感無く読み進められた。
『春を迎え、お父様と領民の方たちで新しい畑を耕しはじめてしました』
『畑から芽が出ないと、お父様が悩んでいました。
こんなときに何も出来ないのが悲しい』
綴られる日記には、楽しい思い出はなく、
逼迫していく領地の状態が記されていた。
『とうとう3人になったメイドも、アシュを残して一人になってしまった。
何度も2人に謝るお父様を見ていると心が痛い』
『何度聞いてもお父様は、領地のことを答えてくれなかった。
最後にはいつも、お前たちと領民が幸せならそれでいいと』
途中からは、自分の無力さと悲痛な思いだけが並び続ける。
「理由はわからないけど、徐々に困窮していったみたいね」
日記を読み終え、空白のページを捲り続ける手が止まった。
そこには走り書きしたような文字で、
『誰か助けて』
そのページには、濡れた痕がいくつも残されていた。
何度も濡れた痕を触り、リズの悲痛な想いを感じ取る。
「あなたも頑張っていたのね」
なぜ私がリズの身体になっているのかわからないけど、
「いいわ。私があなたの願いを叶えてあげる。
あなたが戻ってきたときに、悲しい涙を流さないで済むように」
日記を閉じて、ベッドから起き上がる。
「まずは、現地確認からはじめましょう」
さっきのメイドを探しに、部屋を出る。
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