祝い
GC.119.1.1
「新年おめでとう!」
GC119年――アストラルの船内時計が協定標準時を示すと、船内のあちこちから静かなざわめきが起こった。
全世界共通の時間に合わせ、人々は新しい年を迎える準備をしている。地球で受け継がれた文化のほとんどは、国境や宗教の概念が希薄になった今、歴史書の中にしか残らない。しかし、新年という節目だけは、地球や火星、宇宙船を問わず、今も変わらず祝われていた。
タリアンの声が艦内放送に響いた。
「まずは皆で海賊襲撃で殉職したクルーに黙祷を捧げる」
数秒の沈黙、
「黙祷終わり! 死者への手向けは、俺たち生者がしっかり生きていることを示すことだ。そして時々思い出してやることが最大の弔いである。今日は無礼講だ。皆、飲むぞ!」
「うぉー」
艦内に歓声が響く。艦内の照明がわずかに柔らかくなり、ラウンジではクルーたちの笑い声がこだまする。
ダグはエプロン姿で医務室の入り口に立ち、飾り付けられたカラフルな空間を見回す。
「俺も……飲んでいいですか?」
マリエルは点滴のチューブを手で軽く押さえながら、淡々と答える。
「ダメよ。毎年必ず酔い覚まし薬を飲み忘れる愚か者が出るの。医務室は臨戦体制よ」
ダグは一瞬目をぱちくりさせ、口を開けたまま固まる。
「そ、そうですか……」
肩を落とすと
「俺、一応“捕虜”なので、なかなか堂々と酒飲めないんですよね。新年だから飲めるかと思ってたのに」
とぼそっと呟く。
「酒は毒よ」
マリエルは冷たく一瞥する。
カイは医務室のベッドで横になり、静かに天井を見上げていた。
点滴のチューブが腕に刺さり、脈打つ音と同期して液体が滴る。
「……無理しすぎたかな」
独り言のように呟く。
ここ数日の熱に浮かされたような実験の日々を思い返しながら、
「この機会に、少し頭を冷まして考えよう」
と、石の謎について思索を巡らせていた。
だがその静寂は、そう長くは続かなかった。
「うぇ〜い!ちょっとまっすぐ歩けねぇ〜!」
「おい誰かバケツ持ってこい!いや、間に合わねぇ!」
突然、医務室のドアが何度も開閉する音とともに、酔っ払いが数名運び込まれてきた。
ここまで酔ってる奴を生まれて初めて見た。
「……なぜだ。酔っ払いなんて、存在しないはずなのに。酔い覚ましはどうした」
カイは点滴スタンドを見つめたまま呟いた。
「ダグ!そいつはここに置きなさい」
マリエルが慌ただしく指示を飛ばす。
「はい!……って、うわっ、吐かないでくれ!頼む、マリエルさんに怒られる!」
「吐いたらあなたが掃除するのよ。」
マリエルは慣れた手つきで酔い覚ましの薬液を準備しながら、冷たく言い放つ。
「まったく。酔っ払いに点滴なんてもったいないわ。注射で十分よ。効きは悪いけど、仕方ないわね」
「わ、わかりました」
嘔気がある状態では薬は飲めない。酔い覚まし薬は飲むとたちどころに酔いが覚めるが、しかし注射は効果が現れるのに少々時間がかかるため、しばらく吐き気との戦いになる。
「ベッドが足りません」
ダグが叫ぶ。
「その辺に転がしておきなさい」
マリエルが冷たく言い放つ。
カイは目を細め、医務室の喧噪を眺めた。
それにしてもマリエルの動きは無駄がない。
「俺は大丈夫だから、俺のベッド使えばいい」
とカイが提案するも、
「あなたは患者なの。酔っ払いとは違うわ」
マリエルはカイの提案を一蹴する。
「わ、わかった」
カイは苦笑する。
呻き声と酔い覚まし注射のプシュッという音が混じり合い、新年の医務室は、予想外に賑やかだった。
酔い覚ましの効果は1時間くらいで現れ始める。酔いが覚めた者は速やかに医務室を追い出された。
「自分が寝ていた所は自分で掃除して帰りなさい。そして薬を飲みなさい」
マリエルが淡々と言うと、元酔っ払い達は
来た時とは別人のような軽い足取りで医務室を出ていった。
だが2時間もすれば、時々同じ顔が戻ってくる。
「マリエルさん……またあいつ来ました」
「また?」
ダグは額を押さえてため息をついた。
「まったく……何やってるんだよ。薬飲めよ。学習しろよ……」
「ダグ、学習できる人は最初から酔っ払わないのよ」
マリエルが冷静に返す。
「そりゃそうですけど!」
ダグはタオルを放り投げて天を仰ぐ。
「こりゃ永遠機関だな……!」
結局、医務室の喧騒は数時間にわたって続いた。
「……そろそろ終わったかな」
ダグが伸びをしながら、ため息をひとつ。
微かに漂うアルコールの匂い。
「そうね」
マリエルは相変わらず落ち着いた声で答える。
ダグが疲労困憊なのに対して、彼女はまるで最初から何事もなかったように
淡々とタブレットを確認していた。
「マリエルさん、タフですね……」
「慣れよ」
そう言って、マリエルは冷蔵庫を開けた。
取り出したのはキンキンに冷えたビールのボトル。
ダグに放り投げる。
「お疲れさま、ダグ。助かったわ」
「あっありがとうございます!」
予想外なマリエルの労いの言葉に一瞬涙が出てきた。
「食堂で飲んできなさい。医務室で飲酒はダメよ。」
マリエルはカルテから目を離さずに言った。
ダグは一瞬、きょとんとした顔をしてから、
「ありがとうございます!」
ボトルを大事そうに抱えて、医務室のドアへ向かう。
その後ろ姿を見送りながら、マリエルは小さく息をついた。
「……まったく、素直な男ね」
そう呟くと、
彼女は再び端末に視線を戻した。
医務室の照明が静かに彼女の横顔を照らす。
その横で、
ドアの向こうに消えていくダグの声が微かに響く。
「やったー!飲めるぞ!」
マリエルは小さく首を振って、
「ほんと、子どもみたい」とだけ呟いた。
GC.119.1.1
医務室
「入るぞ」
聞き慣れた声に、カイはゆっくりと上体を起こした。
「タリアンか……」
タリアンは腕を組んだままベッドの脇に立つ。
「新年は色々忙しくてな。来るのが遅くなったよ。思いの外元気そうだな。安心したよ」
タリアンはカイの枕元に腰を下ろし、腕を組んで黙っていた。
カイは目を輝かせながら、言葉を止められずにいた。
「聞けよ、タリアン。あの石はやっぱりタダモノじゃないんだ」
タリアンが眉を動かす。
「石、って……お前が拾ってきた鉱石のことか」
「ああ。前にも言ったが、詳細な分析はここでは無理だが、反応の測定はできそうなんだ。
普通の鉱物なら、エネルギー干渉で波形が一定になる。だがあれは違う。
干渉を受けるたびに変化するんだ。まるで――生きてるみたいだろ」
タリアンは軽く顎をさする。
「生きてる石、ね。ずいぶんファンタジーな話だ」
「そう聞こえるだろ? でも、俺には確信がある。
未知の物質反応――いや
俺が何か見落としてる可能性もあるが、それでも……未知の“何か”だ」
カイの声には、いつもの冷静さよりも熱があった。
ベッドの上、点滴の管を繋いだままの身で、
それでも彼の瞳は少年のように輝いていた。
「そしてな、艦長――」
カイは言葉を噛みしめるように続けた。
「こいつは、世の中をひっくり返す可能性が非常に高い。
……いや、俺の人生を、もうすでに変えてしまったかもしれないがな」
タリアンは小さく息をつき、口の端をわずかに上げた。
「お前がその調子なら大丈夫だ。」
カイは少し照れくさそうに笑う。
「ワクワクするんだ。止められない」
「俺には科学の事はサッパリ分からん。お前が楽しそうにしてるのを見るのは悪い気がしない。だが倒れるまでやるのは止めろ。俺が老衰で死んだ時は葬式にお前を招待するつもりなんだ。俺より先に死ぬなんて許さないからな」
タリアンは立ち上がり、静かに言った。
「心配かけてすまない」
カイは深くうなずいた。
――その様子を、少し離れたカウンターでマリエルが見ていた。
手にしたマグカップから、ほのかに湯気が立ちのぼる。
彼女はコーヒーを一口すすり、
微笑を浮かべながらぽつりとつぶやいた。
「……そういうの悪くないわね」
医務室には、冷えた金属の匂いと、
コーヒーの香ばしい香りが静かに混ざり合っていた。




