カイの年末
GC.118.12.26
研究室
研究室に微かな光がまた走った。
暗い室内で、黒い石がふっと脈動するように光り、次の瞬間には沈黙する。
カイは記録装置のモニターを睨みつけていた。
「……やはりランダムだな。」
何度やっても規則が見えない。だが――人間が触れている時だけ、ほんのわずかに安定する傾向がある。
彼はその事実をデータとして記録しながら、椅子にもたれて呟く。
「未知のエネルギーか……いや、未知と呼ぶのも安直か。測定装置の問題かもしれないしな。」
石の光は淡く、時に強く。だが、それ自体がエネルギーではない。副反応、そうカイは見立てていた。
「問題はその“源”だ。」
研究室の一角に視線をやる。そこには使われなくなった測定器、古い変換モジュール、放置された電磁誘導コイル。
カイはそれらを手早く集め始めた。
「電気エネルギーに変換できるかもしれん。」
金属の音が室内に響く。
ガラクタのようなパーツを組み合わせていく。
ケーブルを繋いで計測器を見る。そしてまた繋ぎ変える。
「こういうのは久しぶりだな」
カイは笑った。
「理論も確証もない。けど……多分、なんとなく“動く”気がする」
金属片がぶつかる音。
カイはごちゃごちゃに積まれた部品の山を漁り、適当なコイルと古い制御モジュールを拾い上げる。
図面はない。ただ感覚だけが指を導いていた。
「理論より先に、現象を見ろ。理屈は後からついてくる」
ケーブルを無造作に差し替え、古い端末の回路に直結。
実験装置が低く唸り始める。
次の瞬間、石が淡く光り、計測器のグラフが跳ね上がった。
「……おお、来たか!」
カイは歓声を上げた。
その顔は完全に少年のようだった。
目の前の未知を追う楽しさ――その純粋な興奮が全身を支配していた
「あと少し……もう少しで、安定するはずだ……」
モニターの明滅が、夜と昼の区別を奪っていた。
カイはほとんど瞬きを忘れたまま、はんだごてを握り、配線を差し替え続けている。
回路が唸り、石が淡く光る。
何かが繋がり、何かが壊れ、また組み直される。
思考ではなく“感覚”が動かしている。
脳が飢えるより先に、指先が次の工程を知っている。
気づけば、最後に椅子に座ったのがいつだったかも覚えていなかった。
「……腹、減ったな」
机の隅に転がっていた銀色のパッケージ。
“ニュートリバー・β”。
史上最も不味いと評判の、栄養だけが取り柄の宇宙食。
無造作に封を切り、口に放り込む。
甘くないチョコレートのような味。ボソボソとした食感。
なんとも言えない後味が残る。
それでも、今のカイにはどうでもよかった。
「……うまい」
ひび割れた唇の端で笑いながら、もうひとかじり。
燃料補給完了。
再び目の前の装置に向き合う。
時間の感覚は、もう失われていた。
モニターの照明だけが、世界のすべて。
回路図のメモは、いつの間にか紙コップの裏や壁にまで広がっていた。
「……そうだ、ここで電位差を逆に取れば……!」
またひとつケーブルが繋がる。
石が強く光る。
カイの瞳にも同じ光が宿る。
そして即席の変換装置が姿を現した。
完成した装置に石をそっと固定する。
「さて――踊ってくれるか。」
静寂の中で、微かな光が再び灯った。
装置のモニターがわずかに波打つ。電圧の変化――確かに、反応している。
カイの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「いいぞ……とにかく電気エネルギーにすることができそうだ。これでもっと正確な観測ができるぞ」
GC.118.12.29
研究室
研究室の扉が静かに開いた。
「カイ博士? ……いるんですか?」
返事はない。
ただ、低く唸る計測器の音と、時おり光を放つ装置の脈動だけが空間を満たしている。
ユナは一歩、足を踏み入れた。
空気はこもり、焦げた電子部品の匂いが漂っている。
壁には数式と回路図が乱雑に描かれ、床にはケーブルが這い回っていた。
そして、その中心で――
「……カイ博士!」
彼は机にもたれるようにして倒れていた。
頬はこけ、無精髭が伸びている。
長時間、飲まず食わずで作業していたのは一目で分かった。
だがその顔には、疲労と同時に奇妙な満足の笑みが浮かんでいる。
まるで、何かを成し遂げた子供のような。
ユナはすぐに脈を取り、安堵の息を漏らした。
「……生きてる。よかった」
通信端末を開く。
「ブリッジ、こちらユナ。研究室でカイ博士を発見。意識なし。バイタルは安定しています。至急、医療班を――」
応答が返るより早く、赤色灯とサイレン音が近づいてきた。
ユナは周囲の装置を一瞥する。
無造作に置かれた“ニュートリバー・β”の空袋。
「……本当に、もう……この人は」
小さく呟くと、彼女はそっとカイの眼鏡を外して胸元に置いた。
まもなくオートストレッチャーが到着し、カイはストレッチャーに乗せられて医務室へ搬送されていった。
GC.118.12.31
医務室
目を開けると、視界に飛び込んできたのは――赤と緑のリボン。
壁には紙の星、天井からはきらびやかなモールが下がっている。
「……どこだ、ここは」
寝起きのカイは頭を押さえ、周囲を見回す。
医務室だ。やたら飾り付けされている。
「ようやく起きたな、博士!」
見知らぬ声が飛んできた。
声の主は――ピンクのエプロン姿のダグだった。
「……君は確か、捕虜の……いや、海賊の……」
「今は医務スタッフだ」
誇らしげに胸を張るダグ。
その背後で、白衣姿のマリエルが静かにカルテを確認していた。
「なんだ?あれは」
カイは煌びやかな飾りを指さす。
「クリスマスを知らないのか?」ダグが驚愕の表情で答える。
「クリスマス……?」
カイの脳裏に、地球の映像がちらついた。確か・・・
「昔の宗教の・・・修行という名の自虐行為の一つだったか?食事を摂らずに限界まで耐え忍ぶ」
「何かとてつもなく違う!祭りだよ。ま・つ・り。なんでここの連中はクリスマス知らないんだよ。一般常識だろ」
絶望するダグの後ろで、マリエルが無言でため息をついた。
「しばらく安静よ」
彼女はタブレットを見ながら淡々と告げた。
「脱水と疲労よ」
カイ 「……すまない」
マリエルは静かに首を振った。
「私に謝らなくていいわ」
そう言いながら、点滴の流量を確認する。淡々とした動作。
だがその声の奥に、わずかに安堵の色が混じっていた。
「ユナが見つけたのよ。あと少し遅れてたら、もっと酷いことになってたわ。栄養だけは一応摂ってたみたいね。そこは褒めてあげるわ」
カイは苦笑する。
「……ユナが?」
「ええ。あなたが研究室から出てこないから心配してたの。
感謝するなら、ユナになさい」
マリエルはカルテを閉じると、ちらりとカイを見やる。
「それと――艦長もね。あなたのこと、結構心配してたわよ」
「……そうか」
苦笑がこぼれる。
「皆に心配をかけたな」
「心配ぐらい、させておきなさい」
マリエルは淡々と告げた。
「あなたが倒れて、誰も驚かないようになったら、それはそれで問題よ」
その言葉に、カイは少しだけ目を伏せる。
窓の外には静かな星の海が広がっていた。
少し間をおいて、
「……ユナには後で礼を言おう」
と呟くように言うと、マリエルはわずかに頬を緩めた。
「そうしなさい。医療物品にも限りがあるんだから、くだらない治療させないで」
マリエルなりの気遣いだろうか?そう聞こえなくもない。
カイは苦笑しながら、静かに天井を見上げた。
「すまない。以後、気をつけるよ」
医務室に、機械の微かな作動音と、遠くで鳴るクリスマスの飾りの鈴の音だけが響いていた。
こうしてGC118年が明けていくのだった。




