プロローグ
研究室の扉は、ひどく静かだった。
通路に微かに漂う薬品と金属の匂いを感じながら、少
年はためらいがちに壁のパネルに触れた。
静かなモーター音を立てて扉が開く。
中は散らかったままの机と、冷え切った空気。照明は
点いているのに、不思議と暗い印象を受ける。
そして、その中央に。机に突っ伏したまま動かない一人の男がいた。
白衣の背はやせ細り、かつて情熱に燃えていたはずの
瞳はもう永遠に閉ざされている。
「カイおじさん」
少年は声を震わせ、駆け寄った。肩に触れた手が、冷たい。返事はなかった。
机の上にはタブレットがおいてある。少年はそっと手を触れた。そこには研究データや日誌などがまとめてあった。
びっしりと数式と回路図やいまいちまとまってない文が記されている。少年は吸い寄せられるように読み進めていった。
その中の一文に、少年の目が止まった。
「人類にとってこんな都合の良すぎるエネルギーなどありえない。
これではまるで――魔法だ。」
少年は思わず口にする。
「魔法だなんて……意外とロマンチックな発想だね」
現実を見つめ苦悩した科学者の皮肉を、まだ幼い心は
違う意味に受け止めた。
彼にとってそれは、冷たい理屈ではなく、希望の響き
に聞こえたのだ。
「この理論は完全に未知のものだね。すごいや、カイおじさん」
「確かに魔法みたいなエネルギーだ。おじさんが魔法って言いたくなる気持ちも分かるよ。このエネルギーは魔法の元だからそうだな。さしずめマナってところかな。」
十数年後、少年が纏めあげるこの理論はやがて世界の根幹を支える技術となっていく。
だが、この時少年はまだ知らない。彼の無邪気な言葉が、未来の歴史を変えるほどの重みを持つことを。
冷たい研究室の中、静寂だけが時を支配していた。




