何やらおかしなことに
やっべぇ~どうしょうと錯乱しながらも、そっと陛下に視線を向けるが彼は目を大きく開いて固まっていた。
周りを見ても同じような反応。
ただ長兄はニヤニヤ笑いのままで、アレンは無表情、いや、不貞腐れていた。
俺は長兄にチラチラと視線を送る。
長兄はニヤニヤ笑いをやめると、コホンと居住まいを正した。
「申し訳ございません、陛下。田舎で育った所為か妹は野生児なのです。思ったことをそのまま口にして、貴族の礼儀も身分も一切弁えていません。このような娘ですから、王族に加えていただくことなど無理だと、本人も自覚していたのでしょう、私もこのような恥知らずな姿を目の当たりにしまして、妹には荷が重いと悟りました。デビュタントが終わり次第、早急に領地に戻しますので、この度の非礼はお許しいただけないでしょうか?」
深々と頭を下げる長兄の横で、俺は同じように「申し訳ございませんでした」と頭を下げた。
しかし恥知らずとは流石に言い過ぎだと、テーブルの下でギュッと足を踏みつけておく。
長兄は痛みに一瞬体を跳ねさせたが、どうにか気合で我慢したようだ。
俺たちに頭を下げられた陛下が「あ、いや……」と言葉を発するのと同時に、次兄がオクモンド様から離れて長兄の横に移動した。
「大変ご無礼いたしました。妹の非礼、いかようなる処分も承ります」
次兄まで頭を下げて、自分も罰を受けると言う。
あ、あれ? マジでヤバイの、これ?
ここまで大事になるとは思わなかった俺は、頭を下げながら内心で冷や汗をかいていると、オクモンド様が「父上」と陛下を呼んだ。
「父上は先ほど、何を言っても不敬に問わないと仰いました。今、この場にいるのは国王の立場ではなく、父親の立場でお話されていたのですよね。ならばこの席での発言は、どんなものでも不問にいたすべきではありませんか?」
おお、オクモンド様の援護射撃が素晴らしい。
俺は思わずキラキラした目を向けそうになって、慌てて俯いた。
調子に乗ってはいけない。
俺は確実にやらかしたのだから、ある意味、領地に帰れと言ってくれた方がありがたいのだ。
うん、本当にもうお家に帰りたい。くすん。
「ヨハン、領地に帰れって言って。僕が送っていくから。それでデビュタントの日の一日だけ連れてくる」
アレンが俺の心を読んだように、今すぐ連れて行こうとしてくれる。
そうか、デビュタントの日までここにいなくても、その日だけアレンに魔法で送ってもらえれば、それでいいのか。
盲点だったと俺が俯いたまま期待にワクワクしていると、陛下の大きな溜息が聞こえた。
「皆、落ち着きなさい。私は何も怒ってはいないし、無礼だとも思っていない。これほど純粋に尊敬していると口にされて、驚いただけだ」
陛下がうっすらと頬を染め、そして俺に視線を向けると、ふわりと微笑んだ。
「それに、このように心配されながら怒られたのは、いつ以来だろうか。私の……愛しい人と重なる。セリーヌ嬢の行動は、とても好意的に思えるよ」
それはまさかセディのこと? と俺が驚いて顔を上げると、アレンが俺をガバッと抱き上げた。
「連れて帰る。バーナード、行こう」
「待て待て待て!」
お姫様抱っこのまま、俺は必死でアレンを止める。
庭園での二の舞はごめんだ。
俺がジタバタとアレンの腕の中で暴れていると、一緒に行こうと誘われた長兄が「アーサー」とこちらを一瞥した。
「それは許可できないな。王族の前で断りもなしに帰るなど、セリーヌに罪を犯させる気か?」
長兄の冷静な態度にアレンはムッと唇を突き出したが、動きは止めた。
長兄、グッジョブ。
ホッとしたところで前を見ると、オクモンド様と陛下の会話が聞こえてきた。
「……父上、お言葉が過ぎます。それは聞きようによっては、勘違いされてしまいます」
オクモンド様が陛下にジト目を向ける。
「そうか? そのままの意味なのだが」
「なお、悪いです」
親子であけすけのない会話を交わす中、護衛の騎士たちは無言を貫きながらも動揺している。
うん、その気持ちわかるよ。
国王陛下と第一王子殿下が二人して、十五歳の小娘に好意を向けているのだから、動揺するなという方が無理である。
なんか申し訳なくなって、俺は身の縮こまる思いをする。
こんなこと、外に漏れたら大変なことになるな。
まあ、王族の護衛だし外部には漏らさないだろう。
漏らさないと信じている。
……お願い、漏らさないで。
俺は騎士たちの忠誠心に縋った。
「とりあえずセリーヌを下ろしなさい」という長兄の言葉に、アレンは不貞腐れながらも従う。
だが立ち位置が陛下の後ろではなく俺の後ろに変わり、護衛対象が俺へと変更した。
陛下はアレンの心境に気付いたようだが、苦笑しただけで何も言わなかった。
暗黙の許可が下りた(もぎ取ったともいえる)アレンは、当然のように澄ました顔でその場に立つ。
「陛下の寛大なるお言葉に感謝いたします。ですがそれも、他の貴族には通用いたしません。セリーヌのこのような態度は、いずれ貴族の間でも問題になるでしょう。ですから妹は王都に長期に渡り、滞在することは不可能です。王都に居を構える方の元へは、嫁入りなど無理だと判断いたしました」
話を元に戻してお断りの言葉を口にする長兄に、オクモンド様が反論する。
「では、アーサーの返事はどうするのだ? 彼も王都に居を構えているのだぞ」
「お聞きしましたところ、アーサー殿には領地があるとのこと。それに魔法で一瞬にして移動することも可能だと。それならば領地に新居を構えても問題ないかと」
長兄の返事に、オクモンド様は眉間に皺を寄せたまま黙り込む。
いつの間に、長兄とアレンはそのような話をしていたのか。
割と具体的な話になっていたのだと知った俺は、ちょっと驚いた。
あれ? これって、アレンとの求婚を受け入れる流れになっている?
知らぬところで進んでいた話に目をパチパチと瞬いていた俺をよそに、オクモンド様は次兄に視線を向けた。
「……ルドルフはそれでいいのか? 離れて暮らすことになるんだぞ」
勢い込むオクモンド様に、次兄は俯いたまま答えた。
「元より離れて暮らしておりました。……覚悟はしていたのです。いずれは私の手の届かない場所に行くのだと」
「ルドルフ?」
想像以上に項垂れる次兄に、オクモンド様は目を見張る。
あれ? めちゃくちゃ落ち込んでいる?
シスコンなのはわかっているが、それほど落ち込むことだろうか?
俺は女なのだから、いずれはその可能性があると思っていたはずだろうに、落ち込み方が半端ない。
俺は首を傾げて、次兄を見つめた。
「ルドルフお兄様、どのような状況になろうとも、私はお兄様の妹ですよ」
兄妹なのだから離れることはないと口にするが、次兄は俺を見ずに「そうだな」と言うだけだった。
「……………………」
暗雲を背負ったかのような落ち込みように、誰も何も言えない。
なんか、オクモンド様の求婚話も陛下の好意的発言も全てが吹っ飛ぶほどの落ち込みようだ。
心なしか顔色も悪い。
次兄の落ち込む姿が異常過ぎて、気を使ったオクモンド様が「顔色が悪い。具合でも悪いのかい?」と心配したが、次兄は「大丈夫です」と首を振る。
「本日は、すまなかったな。昨日の件は速やかに対処する。話は以上だ。戻ってもらっていい」
見かねた陛下がその場のお開きを口にしてくれて、そのまま解散となった。
結局、次兄はオクモンド様に支えられながら仕事に戻り、アレンは魔法塔へと向かい、俺と長兄は屋敷に帰った。
馬車の中で俺は長兄に「ルドルフお兄様、どうしたのでしょうか?」と訊いたが、長兄は「さあ?」と言ったきり黙ってしまった。
陛下からの呼び出しは最後、兄二人の異変で幕を閉じたのだった。




