公爵令嬢の自滅
「あ、貴方たち、どういうつもり? わたくしに逆らう気なの?」
ことごとく反論してくる令嬢たちは、イザヴェリから長兄を守るかのように陣を組み、完全にイザヴェリを排除する態度に出ていた。
イザヴェリの顔は真っ赤で、怒りのあまり扇を握りしめる指先は力の入れ過ぎで白くなっている。
「そんな、まさかぁ。私たちはイザヴェリ様とオクモンド様の仲を応援しているだけですわ」
「だからこそ、周囲に勘違いされるような行動は避けるべきかと」
「バーナード様のお相手は私たちに任せて、イザヴェリ様はオクモンド様のお側へどうぞ」
ニヤニヤと笑う令嬢に、ワナワナと震えだすイザヴェリ。
「勘違いって、貴方たちこそ下品な思考をお持ちのようね。わたくしはただ、バーナード様に案内を頼んでいるだけですわ。わたくしは次期王妃になるのよ。常に流行の最先端でいなければならないの。このお菓子は必ず流行るわ。だからこそ、バーナード様に案内させる必要があるのよ」
「案内など必要ありませんわ。先ほども申し上げましたが、私たちがバーナード様に一緒に買い物に行き、イザヴェリ様にお届けいたします」
「お菓子についての詳しい説明も必要なのよ。貴方たちはこのお菓子について、何も知らないでしょう」
「でしたら教えていただきますわ。いいでしょう、バーナード様。手取り足取りお願いします」
うふふ、と一人の令嬢が長兄にしなだれかかった。
それを見た令嬢たちが、一斉に喚きだす。
「いきなり何をしているの⁉」
「離れなさいよ。バーナード様に迷惑だわ!」
「はしたない女ね。それでも子爵令嬢なの⁉」
「下品な女は引っ込んでなさい!」
ギャーギャーと喚く令嬢たちは、そのうちに掴み合いに発展する。
「私のバーナード様(から離れなさい)(に触らないで)と口々に喚き、相手の髪やら服を引っ張り始めた。
「やめろ、お前たち!」というオクモンド様の声も届いていない。
警備の騎士も集まり出すが、どうすることもできない。
元凶の長兄はというと、令嬢たちの真ん中で埋もれている、と思ったら、いつの間にかこちらに避難して元の場所でお茶を飲んでいた。
俺は長兄の腕を掴む。
「お兄様、何を呑気にお茶など飲んでいるのですか?」
「え、喉が渇いたから」
ケロッと答える長兄は、隣で行われているバトルに全く興味がない。
「そうじゃなくて、これ、どうするつもりですか?」
「さあ? 疲れたら終わるでしょう」
長兄の所為だというのに、本人は自分とは関係ないと言いたげた。
アレンが俺の隣から長兄に「このお茶、レモンを入れると色が変わるよ」などと言って輪切りにされたレモンを渡している。
「おお、本当だ。しかも美味い」
「だよね。これ僕も好き」
呑気か⁉
のどかな二人を、次兄は呆れたように見ている。
オクモンド様とエリザベート様は騎士に守られながら、他の騎士に暴れている令嬢たちを外から囲い、被害が他に及ばないように命令している。
そうして、イザヴェリの声が高らかに響き渡る。
「お前たち全員、わたくしにひれ伏しなさい!」
「きゃああぁぁぁ!」
悲鳴の後、先ほどの騒動が嘘のように静寂に包まれた。
ポッカリとあいたイザヴェリの周りには、顔と腕を押さえた令嬢が二人、倒れ込んでいる。
その手からは血が滴っていた。
よく見ると、イザヴェリの手の中にあった扇が真っ二つに折れて、その折口のギザギザの先にも血が滴っていた。
折った扇の切っ先で、二人の令嬢を傷付けたのだろう。
他の令嬢は怯えながらも、それ以上動けずにいた。
騎士が一斉に警戒態勢を取る。
「イザヴェリ様、何をしているの? 貴方、その手で人を傷付けたの?」
エリザベート様が、顔を真っ青にして震える声で問いただす。
しかしイザヴェリはエリザベート様を見ずに、倒れ込んでいる令嬢の手を踏みつけた。
「ぎゃっ!」
「未来の王妃であるわたくしの髪を掴んだのよ。死罪に匹敵する蛮行だわ」
グリグリと踏みつけ、そう言ったイザヴェリの眼は虚ろだった。
「わたくしはバトラード公爵の娘よ。この身に流れる血は、古き高貴な穢れのない血。庶子の血を引く王族よりも尊い血なの。お前たちとは価値が違うのよ。それすらもわからずに、わたくしに逆らうなんて、お前たち全員死罪だわ」
ゆらりとこちらを向くイザヴェリ。
「庶子の血を引く穢れた分際で、よくもこの高貴なわたくしを拒み続けたわね。貴方さえわたくしを受け入れれば、お父様だってこんな窮地に立たされることもなかったのだわ。全て貴方の所為」
オクモンド様に視線を合わすと、イザヴェリは扇をこちらにむけてきた。
王族を守るように囲んでいた騎士は、スラリと剣を抜いた。
緊張が走る中、イザヴェリは俺の方に視線を向けた。
「ねえ、お前はどうしてそこにいるの? 大金を払ったの? それとも体で篭絡したの? ねえ、教えてよ。そこはわたくしの居場所だったはず。オクモンド様と結婚して、コンウェル様を侍らせて、たまにレントオール様を愛でるの。魔法使いなんて卑しい者、このわたくしが侍らせるほどの価値もないけれど、その美しさだけは愛でてあげてもいいと思ったのよ。だから優しくしてあげたのに、奴隷の分際で身の程もわきまえず我が家で魔法を使うという破廉恥な行いをするなんて……。それもこれも全て、お前の差し金か?」
ギロリと睨みつけるその瞳には、最早狂気しか映し出していない。
「この扇でお前の眼を抉れば、そこの男たちはわたくしにひれ伏すかしら?」
最早何を言っているか意味不明である。
ただ伝わるのは、想像以上にイザヴェリの家は窮地に立たされていたということ。
なけなしの意地で令嬢たちを従えて、ここまで来たのかもしれない。
現状を変えるために。
オクモンド様がイザヴェリを受け入れれば、バトラード公爵家の現状が変わると信じて。
だが、彼女自身の言動は何も変わっていなかった。
今まで散々拒否されていたものを、少しも改心せずに押し通して、それでどうして受け入れられると思っているのか。
俺は立ち上がり、イザヴェリを見つめた。
「……何よ、その目。本当に気に入らないわ。最初に見た時から気に入らなかったのよ」
イザヴェリが目をぎらつかせた。
「わたくしは王妃になるのよ。そのわたくしに逆らうつもり?」
「確かにあんたには王妃の資質がある」
俺がジッとイザヴェリに視線を向けたまま、そう答えると、彼女はニヤリと口角を上げた。
「何よ、わかっているじゃない。そうよ、わたくしは王妃……」
「前王妃の資質とそっくりで、反吐が出る」
イザヴェリは一瞬、何を言われたかわからないというように呆けたが、すぐに顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
それはそうだろう。前王妃、つまり粛清された王妃と同じだと言っているのだから。
「ふざけるんじゃないわよ! 田舎娘の分際で! 躾してやるわ!」
怒鳴り散らし、扇を振りかざしたイザヴェリは、脇目も降らず俺に突進してきた。
長兄とアレンが俺を庇うように前に出るが、俺はその二人の前に飛び出した。
「悪い。我慢の限界。ちょっと黙らせる」
俺のその言葉に、二人が溜息を吐く。
「お好きにどうぞ」
「好戦的なのは変わらないね」
オクモンド様や次兄、騎士たちが止めようとするのも一喝した。
「来るな、そこで待て!」
動物の躾のような掛け声をかけると、何故か皆ピタリと立ち止まった。
驚く周囲を蹴散らし、俺はイザヴェリに向かって走り出す。
そうして俺は、突進してきたイザヴェリの腕を躱し、下から顎に掌底をかました。
「がはっ!」
「寝てろ、馬鹿女。後で白ワインを送ってやるよ」




