表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

9 ほつれかけの糸

 精緻な細工が施された公爵邸の扉を通り抜けると、豪華な内装が俺の目に飛び込んできた。床は光沢のある大理石で敷き詰められ、壁には金縁の装飾が施されている。


「来たか。待ってたよ」


 邸宅内に待機して応対を引き継いで対応してくれたのは、ヤンキー侍女だ。

 彼女は俺の顔を見た途端、なぜだか肩の荷が下りたかのような、すっきりとした表情に変わった。


「手紙でも伝えていた通り、お嬢様だが――自分の部屋に引きこもっていてな」


 ヤンキー侍女に先導してもらいつつ、俺たちは木製の階段を上る。階段は古木で作られており、各段には繊細な彫刻が施されていた。


「状況はどこまで伝わっているのだろうか?」

「公爵様が、殿下との婚約を解消するって言いだしてからずっとだな。事態が変わったと伝えても、聞く耳を持ってくれなくて困っている」


 近況を確認しながら、ヤンキー侍女とともに推しの部屋まで廊下を歩く。

 少し後ろからクール侍女も同行していた。


「ここだ」


 ヤンキー侍女が扉をノックしてしばらく待つが、反応はない。


「お嬢様ー、入るぞー? ――やっぱり鍵をかけてるな」

「ふむ、出直すか」

「いや、大丈夫だ」


 言いおいて、ヤンキー侍女はどこからともなく棒状の金属器具を取り出した。

 それを鍵穴に差し込んで何やら動かしたかと思うと、あっけなく鍵が開いた。え、ピッキングだ……何者なのこの子……。

 扉を開くと中は真っ暗だった。カーテンも閉め切っているらしい。

 

「あ、あ、あなたはまたそうやって! 鍵をかけてるんですから、入らないでくださいまし!」


 推しはベッドの中から顔だけのぞかせて叫んだ。

 そして、ヤンキー侍女の隣に俺がいることに気づいたのかはっとする。


「え、で、でで、殿下!? ど、どうしてここに!?」

「やあ、お邪魔しているよ」

「で、出て行ってください!」


 大声を上げたのち、ベッドの上で頭から布団に潜り込む。


「隠れられちゃいましたね、殿下」


 なぜかクール侍女はわくわく顔だ。

 

「殿下が来たら出てくるかと思ったんだけど、そう簡単にはいかないか……」

「仕方あるまい……」

「殿下?」


 失礼するよ、と言って部屋の中に入り、布団の中で丸くなった推しの枕元まで歩いて近づく。


「ジェニファー」


 呼びかけると、布団の端がすすすと下がり、ぼさぼさの髪の毛の下に腫れぼったくなった両目が出てきた。

 こちらを視認したとたん、すぐにぱっと隠れる。

 やばい、何このかわいい振る舞い。小動物かな?


「じょ、女性の寝所に入り込んでまで、なんのご用ですの!?」


 布団の中からくぐもった声が聞こえる。

 俺の後ろでヤンキー侍女がカーテンを開けた。外の日差しが入り込み、部屋の中が少し明るくなる。


「君と話がしたいんだ」

「べ、別に私には、話したいことなんてありませんけれど!?」

「うーん。ついさっきも『殿下と会いたい、おしゃべりしたい』とか言ってた気がするけどなー」


 いつの間に近づいてきていたヤンキー侍女が、ぼそっとそんなことを言う。


「どうしてそれを言ってしまいますの!?」


 がばっと布団がめくれて推しが顔を出す。


「そうだったのか……」

「ち、違います! いえ、その……違いませんけど! でも違うんですの! ええと、違うというのは言っていなかったというわけではなくて!?」


 慌てたのか無限ループが始まっちゃった。

 目もぐるぐるしてるし、思わず頬が緩むのを感じる。


「私も会いたかったよ、ジェニファー」


 そう言うと、推しは唇を尖らせると同時に、眉根を寄せて渋面になった。とてもすっぱそうである。梅干しでも食べたのかな?

 でもその表情いい。写真に撮りたい。かわいい。


「ずるいです……」

「うん?」

「殿下は、ずるいです……そんな風にあっさり言ってしまうんですもの……」


 すっぱい表情のまま、恨みがましい声で推しがそう言う。


「私は素直に本心を言っているだけに過ぎない」

「わたくしだって……殿下に、お会い……したかったと思っていたなんて、あるはずがないとは言いきれませんわ!?」

「どっちだよ……」


 ヤンキー侍女がぼそっと指摘する。


「君にも素直に気持ちを伝えて欲しい。でもゆっくりでいい」


 俺がそう言うと、ほんの少し驚いた顔をしたのち、推しは泣き笑いのような表情で見つめてきた。穏やかな気持ちでその視線を受け止める。


「殿下……」

「ジェニファー……」


 ごほん、とわざとらしい咳払いの音。

 そちらを見ると、ヤンキー侍女が苦笑いを浮かべていた。


「あー、二人だけの世界に水を差して申し訳ないんだが、後で恨み節を聞かされそうだから言っとくな? お嬢様、身だしなみ大丈夫そ?」


 言われて推しは自分の状態を思い出したらしい。

 ぼさぼさ髪に泣きはらした目、すっぴんに寝間着姿。おまけに、ほんのわずかに汗のにおい。まぁね、部屋に引きこもってたわけだからね。俺としては全然受け入れられるけどね。


「――っ!?」


 唖然とした表情で唇をわなわなと震わせたのち、推しは声にならない悲鳴を上げた。


「わ、わたくし、帰りますっ!」

「どこへだよ……」


 急に立ち上がって叫んだ推しに対して、ヤンキー侍女が苦笑しつつ突っ込みを入れる。まぁね、ここ推しの部屋だからね。これ以上、帰れる場所はないよね。

 指摘されて自分でも気づいたらしい。推しは両手で顔を覆うと、よろよろと座り込んだ。再び頭からすっぽりと布団をかぶる。


「布団の中が帰れる場所ってことか……」

「今日は最高の反応がそろい踏みですね」


 納得するヤンキー侍女の横で、クール侍女はずっと満足そうだった。


「もう、人のことを笑いものにして! 出て行ってくださいまし!」


 布団の中で推しが騒いでいる。


「さすがの殿下効果だな……たぶん引っ張り出せそうだから、別室で待っていてもらえないか? 急いでお嬢様を磨いて連れていく」

「分かった、そうさせてもらおう」


 ヤンキー侍女の指示で、他の侍女が応接室らしき部屋に案内してくれる。

 用意してもらった紅茶とお菓子を楽しんでいると、クール侍女が口を開いた。


「すけこまし殿下」

「それはさすがに違う気がするが、なんだろうか」

「もはや消化試合ではありませんか?」

「何を言う。ようやく出発できたというくらいでしかないだろう」

「その認識のずれはどこからくるんでしょうね……」


 いやいや、何がずれてるのだね。だって相手は推しなのだよ?

 やはりクール侍女は推しに対するリスペクトが足りない。これはちゃんと教え込まなければならないだろう。

 推しがいかにすばらしいかを、クール侍女に理解してもらうための説明をこころみていると、ノックの後ヤンキー侍女と推しが入ってきた。


「待たせたな……何があった?」


 気づいたらクール侍女がぐったりしていた。ふむ、少しばかりやり過ぎたかもしれない。


「殿下にジェニファー様への愛を語られていました」

「あ、愛!?」


 クール侍女の回答を聞いた推しが目をむく。


「愛というより事実だな。ジェニファーのすばらしさを彼女に説いていた」


 推しは胸を押さえると、キッとこちらをにらんだ。


「お、お戯れが過ぎます、殿下!」

「うん? 私は本気だが……」


 戯れってどういうことだろう? 冗談で言ってると思ってるのかな?

 そんなことないんだけどなぁ……。

 胸を押さえたまま推しがうなる。威嚇かな? 最近の推しの姿はちょっと野生動物っぽい。見たことのない姿でいっぱいである。


「お嬢様、後で愚痴を聞かされる私の身にもなってな?」

「ううぅ……」


 推しはうなりながら涙目になった。

 ヤンキー侍女が視線で促してくるので、口を開く。


「結論から言おう。ジェニファー、私との婚約を維持して欲しい」

「お断りしますわっ!」


 即答だった。

ご覧いただき感謝です!

ブクマや☆☆☆☆☆評価ポチッをお待ちしてます!


次話で完結です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ