10 つなぐ、結ぶ
最終話です。
「はぁ!? なんでだよっ!?」
ヤンキー侍女が目を剥いて驚きながら叫ぶ。いや正直、驚いているのは俺もだけど。
少なくとも嫌われてないと思ってたんだけどなぁ……。
「これは面白くなってきましたね」
クール侍女は目をキラキラさせて喜んでいる。
君ほんとにこういう予期しない展開が好きだよね……。
「理由を聞かせてもらっても? やはり、中身が違うとはいえ、婚約破棄をした人間とは関係を維持したくないとい――」
「違います」
食い気味で否定される。ええ、勢いがすごい……。
「……ではなぜだろうか?」
推しは半目でこちらを睨みながら歯を食いしばる。え、それどういう感情? どんな表情でも愛らしいけど……。
「殿下のそばにいると、体調が悪化することに気づいたからです!」
「体調が……?」
そんなことあるのか……?
考えたくはないが、俺という存在がストレス源になって、何かしらの精神障害のようなものを引き起こしてしまっているとか?
最初のお茶会とか普通だったのに、どうしてだろう。ぼんくらではなく、俺が何かしてしまったということか……。
「あー、お嬢様? 初めて聞いたけど、具体的にはどういう症状なんだ?」
「……まず、心臓の鼓動が早くなります」
「心臓が……?」
「それに、殿下と視線を合わせるのがとても苦痛になりました」
「目が合うとどうなっちゃうんですか?」
探るような表情でクール侍女。
試しに推しの方を見ると、同じことを考えたのか目が合う。と思った瞬間に、勢いよく推しの顔が明後日の方向を向いた。難しい顔で下唇を突き出している。かわいい。
「……耐えられずに、目をそらしてしまいます」
「……」
クール侍女とヤンキー侍女が顔を見合わせる。二人ともさっきまで困惑顔だったのに、推しの反応を見た途端、砂糖をそのまま口に入れられたような顔をする。
「もうこれ放置でいいんじゃないかな」
「奇遇ですね。私もそんな気がしてきました」
「お、お待ちなさい!」
推しが必死の形相で侍女二人にすがるような視線を向ける。
「わ、わたくしは、ど、どうしたらいいんですの!?」
「どうしたらって……」
「ねぇ?」
侍女二人は揃って俺の方を見た。推しもつられて俺の方を見て、また勢いよく顔をそらしてるのがかわいすぎるんだが、それはさておき。
「あー、その、ジェニファー……これは、念のための確認なのだが」
「な、なんですの?」
「本当に、婚約破棄を、してしまうというのは……――」
婚約破棄という単語が俺の口から出た瞬間、推しの表情が絶望に染まった。わなわなと唇を震わせながら、信じられないような目で俺を見てくる。
「ないということで問題な――」
「ないですっ!」
これも食い気味である。
「じゃあ婚約維持ということでい――」
「嫌ですっ!」
しりとりかな?
「ねー、あたしら仕事に戻っていい?」
「たしかに時間の無駄な気がしてきました……」
侍女二人はやる気を失っている。
仕方ない。あまり強硬策には出たくなかったのだが……。
「で、殿下……?」
おもむろに立ち上がり、推しの前にひざまずく。
「ジェニファー」
「な、なんですの、突然っ!?」
ちらりとこちらを見るが、すぐにぷいと顔をそらす。
「私の目を見てくれないか?」
「む……無理ですっ!」
そっぽを向いて顔を上げ、つーんとする推し。
彼女がきつく握りしめたまま膝に置いていた手を取る。
「え? ふぁ、ふあぁ……で、殿下の、て、手が……」
「ジェニファー」
呼びかけると、ふにゃりと表情を崩し、とろんとした目でこちらを見る。
「結婚しよう」
「は、はいぃ……」
耳まで真っ赤になった顔で、確かに推しはうなずいたのだった。
あきれとも苦笑ともつかないような生暖かい表情で、侍女二人が俺たちを見ていた。
*
1か月後。
俺たちは、控室として使わせてもらっていた聖職者の館から大聖堂へ向かうため、渡り廊下の中を歩いていた。
「でっ、殿下……近い、近いですわ!」
「ジェニファー。民衆の前で正式な婚約者として紹介をするんだ。もう少し近づかないと」
「うう……で、でも、心臓の鼓動が……」
めいっぱい腕を伸ばして、推しが俺の服の袖をちょこんとつまんでいる。
本来は腕を組んで歩くべきだけれど、この状態が限界みたいだ。
ちなみに、ようやく俺も確信が持てたのだけれど、やはりこれは照れてドキドキしている状態らしい。いつの間にこんなことに……本人は未だに体調不良だと思っているようだけど。
それにしても俺の婚約者、かわいすぎないか? かわいすぎてやばい。
「ほら、深呼吸して。いつも、舞台にさえ上がればなんとかなっていたじゃないか」
「――すぅー……、はぁー……。ええと、それは……そうなんですけれど……」
俺の言葉に従って素直に深呼吸してしまう推しが愛しくて仕方がない。
今日は大聖堂前の広場でのお披露目会だ。根回しはしていたとはいえ、ここに至るまでなかなか大変だった。
王族や公爵に近しい者たちだけを集めた食事会に始まり、卒業パーティーのやり直しを兼ねた婚約維持の周知会、王族全員と多くの貴族に加えて外国の使節も参加する宮廷舞踏会。
ぼんくらが招いたこととはいえ、婚約を維持するためには王太子とその婚約者が不仲であるというイメージを払拭しなければ。そう思い、推し自身とも相談しつつ各方面に周知を徹底するための会を何度も設けたのだが、直前は毎度こんな感じである。
それでも、始まってさえしまえば、スイッチが切り替わったように凛とした姿になるのだから、きっと今回も何とかなるだろう。むしろ、今のこういった姿を見せてくれるのは、俺のことを身内として感じてくれている証拠なのかもしれない。
「な、なんですの? 人の顔を見つめながらにやにやして!」
「なんでもないよ。ただ、私の婚約者は世界で一番かわいいなと思って、幸せを噛みしめていた」
「んなっ!?」
推しの顔が一気に桜色に染まる。
「殿下はすぐそうやって、わたくしのことをからかうんですから!」
器用に袖をつまんだまま、ぷいと推しが顔をそらす。横を向いた推しの頬がふくらんでいるので、むくれた表情をしているに違いない。
「すまない。本心はもう少し控えめに伝えた方がいいのだろうけれど、気づいたら言葉が口から飛び出してしまうんだ」
「んもう!」
と、大聖堂のバルコニーに続く扉の向こうから、クール侍女とヤンキー侍女が姿を現した。
「二人とも遅ぇよ!」
「来ないからお迎えに来ました」
「ご苦労さま。さぁ、殿下。参りましょう」
急にすんっと表情をいったん真顔にしたかと思うと、微笑を浮かべて推しが穏やかに告げる。しかも、何事もなかったかのように、するっと俺の腕を取って自身の腕に組み入れた。さっきまであんなに躊躇していたのに。
どうやら、扉の向こうに近衛兵や侍女たちが忙しそうの動き回っているのを見て、モードを切り替えたみたいだ。
少し歩いた後、俺は我慢しきれなくなって推しの耳元でささやいた。
「ジェニファー」
「ひゃあっ!? な、なんですの!?」
くすぐったのか、推しは小声で悲鳴を上げるという器用なことをして見せた。
「愛しているよ」
「い、今それを言う必要ありまして!?」
少し涙目になって、推しの瞳がこちらをきっとにらみつけてくる。
「すまない。どうしても言いたくなってしまって……でも言い足りないから、後でゆっくりたっぷりじっくり伝えることにするよ」
「そういうところですわ! そういうところですわっ!」
腕を組んだまま、器用にもう一方の手で推しがぽかぽかと俺の胸を叩いてくる。
周りで動き回っていた人たちが一瞬こちらを見て、またすぐに元に戻った。皆、肩を震わせている。笑いをこらえているみたいだ。
最近、関係者の前でもこうして愛を伝えているので、もはや見慣れたものかもしれない。侍女二人もあきれ顔だ。
推しは、はっとして周りの反応を見て、それから俺の方を見上げてきた。
「んもう!」
俺も笑いをこらえていることに気づいて、またぷいと顔をそらす。でも腕はしっかりと組んだままだ。
「わたくしだって……お慕い申し上げておりますわ……」
小声でささやくように、そう推しがつぶやく。
本人は俺に聞かせるつもりはなかったみたいだけど、この体の耳はやたらスペックが高いので、そのささやき声を拾ってしまった。
俺の目からは、推しの耳の裏と頬しか見えないけれど、どちらも真っ赤だ。もだえそうになる体をかろうじて落ち着かせて平静を装う。このかわいい生き物をどうしろと言うのか。
俺が遊んだゲームでの推しは、その人となりを誤解されるのが常だった。能力が高く、完璧を演じることができてしまうので、どうしたって冷たい印象を与えてしまうのだ。
けれど、こんなかわいらしい反応をする一面だってある。もっと引き出していけば、きっと周りの人間や国民も推してくれるんじゃないだろうか。
もちろん、世界で最も彼女を推しているのは、間違いなく俺なのだけれど。
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3/10 追記: 番外編については活動報告に書きました。




