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宴は続く

新キャラが出るよ!

やったね竜娘ちゃん!


「さて、そろそろいい塩梅かな」


 石を熱していた薪が真っ白に燃え尽きるのを見届けた後、まだ赤く燻る灰を穴の傍に掻き出して、その上に青々とした大きな葉を何枚も、灰の白が見えなくなるまで重ねる。

 そうして満を持して取り出したるは、でっぷりと肉付きの良い大猪の足。

 その太さ、大きさはまるで牛の枝肉のようで、水に濡れたように光るその表面は、甘い甘い脂で塗れている。

 これを穴の底、敷いた葉の上に寝かせ、包み込むように上からまた葉を重ね、灰や土で汚れないよう丁寧に梱包していく。

 そうしたらその上から優しく土を被せ、さらに火を起こして熱気を土に伝える。

 こうすることで上と下、石と焚火の熱が肉にじわりじわりと伝わり、しっかりと中まで焼くことができる、らしい。

 らしいというのは、私も実際にこの方法で調理したことが一度もないからである。

 それはそうだろう。老いさらばえたとはいえ、こちとら科学が発展した現代日本で生きてきた人間なのだから。

 似たようなことをやった経験はあるが、これほど本格的なものとなると、やったことがある人間を探すほうが難しいだろう。

 まあ、ともかく、やるしかないのだから、手探りだろうが何だろうが、とにかく試してみるしかない。

 さて、火を焚いている間、干し肉と燻製の準備を終わらせてしまう。

 燻製にする分は手製の燻製器に並べ、その下で火を起こして煙で燻す。干し肉の方はもっと簡単で、私の背丈ほどの枝に次々と突き刺して、手ごろな枝先につるして終わりだ。

 大きなものは枝とシュロ縄で作った簡易的なハンガーに吊るして、これもまた同じ枝に並べる。

 場所がなくなれば縄を使って下へ、下へと継ぎ足していき、おおよそ全ての肉を干し終えた頃、そこには正に肉の(すだれ)とも呼べそうな代物が出来上がっていた。

 さらに量が量であるので、その肉の簾があっちにも、こっちにも。

 肉、肉、見渡す限り肉だらけ。

 圧巻の光景だが、これだけ肉の匂いをまき散らしていれば、腹を空かせた獣が迷い込んできても不思議ではない。

 獲って食うつもりはない、いや、場合によっては獲って食うかもしれないが、大切な食料を盗まれるわけにもいかないので、私は周囲の安全確認も兼ねてぐるりと拠点の周りを歩くことにした。

 その手に焼いたばかりの骨付き肉と、棍棒代わりの枝を握りしめて。

 ちなみに肉はあばら肉、いわゆるスペアリブだ。

 これがまた絶品で、食らいつけば堰を切ったかのようにさらりとした脂が流れ出し、その芳醇な甘さを追うようにして、赤身の歯ごたえ、旨味が口内に広がる。

 口の周りは脂まみれ、握った手から滴る脂が肘まで汚す始末であるが、その脂を舐めとると、これがまた、たまらなく美味い。

 とてもとても人様にはお見せできない有様だが、生憎とここは未開の森の中。人目(はばか)る理由はない。

 

「これで酒でもあれば文句はないが、酒の成る木でも生えていないものかねえ」


 そんな軽口が漏れるほどの浮かれようであった。

とはいえ、あの大猪を仕留めてからこちら、この立派な二本角が何かを感じ取ることがなくなったので、少なくとも敵意のあるものが潜んでいることはないだろう。 

 まあ、あれほどの化物がそう何匹もいてはたまらないのだが、この島は狭いようで広い。

 熊やら虎やら、危険な野生動物が潜んでいても不思議ではないのだ。

 どちらにせよ、こちらの姿を見て逃げ出してくれる程度には賢ければいいのだが。

 槍を手に野生動物とやりあう等と、できればもう二度と経験したくはない。

 

「おっと、こんなところにもどくだみがあったかい。ちょうどいい、持って帰って茶にするか」


 案の定、拠点の周囲は穏やかなものであった。

 しかし道すがら野草や果実を集めて帰ったところで、私はあっと声をあげた。

 なんと、枝から垂れ下がっていた薄切り肉に何とかしてありつこうと、黒い毛並みをした獣がぐっと身を伸ばしていたのだ。

 それを見た途端、私は思わず駆け出していた。


「こらあ、何を悪さしとるかっ!」


 棍棒を振り上げ凄んでみせると、その獣はぴょんとその場に飛び上がった後、慌てふためいた様子で藪の中へと逃げ込んでいった。

 その後ろ姿、そしてちらりと見えたあの顔つきには生前見覚えがあった。


「猪の次は狸ときたか。これはまた、次から次へと……」


 あの穴熊に似た顔つきと犬のような体格。夏毛なのか顔も尻尾もすらりとしていたが、あれは間違いなく狸だった。

 この辺りを縄張りにしていた大猪がいなくなって顔を出してきたか、肉の匂いに釣られてやってきたか。

 どちらにせよ、大猪とは別の意味で厄介このうえない。

 冬季になればころころとした丸っこい体つきになり、愛嬌のある顔つきもあって犬のような愛くるしさを持つ狸だが、油断はできない。生息圏が重なった場合、彼奴らも立派な害獣となり得るのだ。

 狸は雑食性で魚も小動物も、昆虫だろうが見境なく食べる。つまり、私が今しがた丹精込めて作っている干し肉も、連中にとっては美味しい獲物に他ならない。

 こちらの与り知らぬところで暮らしてくれていればよかったのだが、一度目を付けられた以上、あの個体はまたやってくるだろう。

 下手をすれば、己の身内まで伴って。


「参ったなあ、ついつい大物の心配ばかりしていた」


 思えば、あの大猪が幅を利かせている間、陰で細々と生きていくしかなかった者たちもいたはずで、その最大の脅威が取り除かれた今、そうした者たちが生活圏を広げてくるのは半ば必然であった。

 幸いなのは、あちらにこちらを害する意思も、能力もないということ。

 窮鼠猫を噛む、というわけではないが、それほどまでに追い込まない限りは精々が食い物を盗んだり、荒らしたりといった程度であろう。

 それでも命に繋がる一大事ではあるのだが、出会い頭にこちらを殺す気で突進してくる輩に比べれば随分とましである。

 さらに、一番初めに顔を出したのが狸、というのもまた幸いであった。

 狸がいるということは、その獲物、鼠もきっといるはずだ。

 こいつが曲者。あるいは大猪よりも手強い相手になる。

 小さな体は少しの隙間からでも家屋に浸入できるし、丈夫で鋭い歯は家の壁など簡単に穴を空けてしまう。

 さらには驚くべき速度、文字通り鼠算で数を増やし、大食いで悪食。

 噛まれるのは勿論のこと、場合によっては風化して空気中に舞い上がった糞を吸い込んだだけでも様々な感染症にかかったりと、とにかく質が悪い。

 

「こりゃあ、早いとこ手を付けないと駄目だなあ」


 日本の歴史を振り返ればわかる通り、鼠に対し効果的なのは高床式、つまりは地面から離れた高いところに家を建てることである。

 もっとも、鼠返しなどを取り付けなければ効果は落ちるが、ひとまずは鼠どもに目を付けられる前に、干し肉は出来上がり次第あの大樹の上に移しておくことにしよう。

 

「しかしまあ、一応はこれでも大猪を仕留めた張本人なんだが、随分とまあ、すんなりと顔を出してきたな」


 人懐っこいのか、あるいは侮られているのか。

 怒鳴りつければさっと逃げたので、それなりに臆病ではあるはずだが。

 

「せめて猫なら鼠狩りでもさせたが、狸ではなあ」


 そう独り言ちつつ、肉片も残さず食べきって綺麗になった骨を籠へ入れる。

 日は傾き、うっすら夕暮れになり始めた辺り。

 そろそろ良いかと、私は肉を埋めた穴を慎重に、慎重に掘り起こした。

 ここで土や灰がかかってしまえば、せっかくの御馳走が台無しになってしまう。

 そうして丁寧に土を取り除き、包んでいた葉をゆっくりと解いていけば、その途端むわっとした熱気と、頭の奥を貫くような濃厚な肉の香りが顔中を嘗め回していった。

 

「おお、おお、こりゃあ凄い!」


 汚さないよう慎重に、まるで赤子を扱うかの如く優しく取り上げ、テーブル代わりの石板に置いたそれはこれまで見てきたどの肉料理よりも豪快で、野性的で、魅力的であった。

 皿代わりの葉からは止めどなく肉汁が零れ落ち、煌めく脂がまるで星空のような輝きを放っている。

 さらにはこの香り。

 串焼きも相当に甘美な香りであったが、これはそれを何倍にも濃縮したような、くらりと目眩すら覚えるほどの、まさに淫靡な誘惑ともいえる代物であった。

 たまらず、その肉の塊に齧り付く。

 牛の枝肉ほどはある馬鹿でかいステーキに齧り付く経験など、後にも先にもこれっきりであろう。

 ぐっとこちらを押し返す、固い歯応え。

 それに構わず力づくで身をよじり、肉を食いちぎれば、その端々から肉汁が弾け、甘い香りと共に辺りへと舞い散った。

 そして噛み締めるごとに溢れ出る旨味と甘さたるや、まるで一晩砂糖に漬け込んだよう。

 これで香辛料も何も使っていないのだから、驚きである。

 堪能する。

 これ以上ない美味を、この先もう味わえないであろう御馳走を、一口一口じっくりと味わい、腹に収めていく。

 そうして半分ほどぺろりと平らげ、辺りがすっかり暗くなった頃に、またそいつはやってきた。


「お前な、また来たのか」


 がさがさと藪を揺らし、ひょっこりと顔を出したのは昼間の狸であった。

 痩せぼそった顔だけを藪から出して、くりくりとした丸い目でこちらをじっと見つめている。

 いや、正確には私ではなく、私の目の前にある肉を凝視していた。

 その口端から、だらだらと涎を垂らしながら。

 くっと、耐え切れず肩を揺らす。


「お前、お前なあ、そんな顔で見ても分けてはやれんぞ。これは私が仕留めた獲物だからな」

 

 わかるか。

 そう問うてみるも、狸は小首を傾げるばかり。

 代わりに、その奥底からくう、と可愛らしいうめき声を漏らした。

 その間抜けな様子に、もう辛抱たまらなかった。

 

「く、くく、お前、お前なあ、そんな腹が減ってんのか」


 いかん、尻尾が痙攣する。

 思わず地面を叩きそうになる尾を空いた手で抱きかかえながら、逆の手に持っていた肉片を差し出した。

 じっと、一対の丸い目がこちらを伺う。


「いいか、分けてやるのはこれっきりだからな。次からは鼠を捕るんだぞ。お前さんばっかり贔屓するわけにはいかんからな。もし悪さをすれば、鍋にして食っちまうからな」


 こちらの言葉を理解しては、いや、恐らくは警戒心より空腹が勝ったのだろう。

 藪から出てじわりじわりとこちらとの距離を詰める狸であったが、肉のすぐ傍まで来ると、ぱっと引っ手繰るようにして肉を咥え、藪の中へと飛び込んでいった。


「やれやれ、素っ気ない奴だ。礼でも言っていけばいいものを」


 とはいえ、ただの肉一切れ、ただの気紛れである。

 そこまで恩着せがましく言うのも、またみっともないか。

 呵々と笑い、残った肉に食らいつく。

 と、また藪から狸が顔を出した。その口には、先ほどの肉が咥えられたまま。

 何事かと目を細める私を見て、まるで礼でも言うように。

 くう、と一言だけ鳴いて、狸は今度こそ藪の奥に消えた。

 数瞬の間。

 目を丸くし、とりあえず口に含んだ肉を飲み下した後、


「こりゃあ、狸に化かされたかな」


 柔らかな月明かりの下、そんな間抜けなことを呟くのだった。

※新キャラ(人間とは言ってない)

※野生動物への餌付けは止めましょう

※最近食ってばっかりだなこいつ

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