84 おまけ その2(新しい始まりの予感)
春休み明けの学園は、新入生達の初々しい声に満ちていた。
どの生徒達も期待と不安に満ちた表情を浮かべている。
———自分もあんなだったろうか。
彼らへ視線を送りそう思い、エドモントは即座に首を振って否定した。
入学した頃のエドモントは自分の立場を受け入れられず、捻くれていた。
今は一組のリーダーとしてクラスをまとめる役目に充実感を得ているけれど…一年前の自分だったら絶対にあり得ないだろう。
邪神が消えた事で魔物もその数が激減した。
だから魔法学園への入学希望者も減るかと思われたが、今年の新入生の数は去年よりも多いという。
それはこれまで魔物討伐の為の知識や技術が中心だった授業内容を改め、魔術を領地経営や医療などに役立てる為の知識も教えていく事になったのも理由の一つだ。
そのためか、平民の入学生が特に増えたと聞いていた。
魔術団でもこの度研究所を新たに設け、多岐に渡る魔術の研究開発を行なっていく事になった。
ちなみに研究所の所長はエドモントの兄、エーミールだ。
卒業後の選択肢は増えたが、エドモントは当初の予定通り魔術団に入り、魔物討伐に関わっていくつもりだ。
「エドモント様!」
学園長室へ向かおうとしていたエドモントは名を呼ばれ、振り返った。
「お久しぶりです!」
一人の少女がこちらへ向かって走ってきた。
高い位置で一つにまとめた髪と大きな瞳が快活な印象を与える、愛らしい面立ちの少女だ。
「…私の事、覚えていますか?」
不安そうにエドモントを見上げるその瞳には見覚えがあった。
「———クリスティーン嬢…?」
「はいっ!」
ぱっと明るくなったその表情には、遠い記憶にある幼い少女の面影があった。
クリスティーンの姉、コンスタンツェ・バルリングはかつてエーミールの婚約者だった。
バルリング家は辺境伯として、国防の一端を担っている。
代々魔力も強く、魔術を担うアーベントロート家との婚姻は国の戦略としての政略結婚だった。
だが五年前、魔女に魅了されたエーミールと婚約破棄をし、その後コンスタンツェは領地に戻り幼馴染と結婚したと聞いていた。
クリスティーンとエドモントはバルリング一家が王都に来た時に何度か会った事がある。
幼い二人には大人達の会話は退屈だろうから外へ遊んでくるよう庭へ追い出されたのだが、女の子と接する機会のなかったエドモントはクリスティーンをどう扱ったら良いのか分からず、ただ庭を黙々と歩くばかりだった。
クリスティーンはそんなエドモントに文句を言う事も飽く事もなく…むしろどこか楽しそうに、エドモントの後をちょこちょこと付いて歩いていたのだ。
さすがにただ庭を歩き回るだけで何も話さないのはまずいけれど、何を話していいのか分からなかったエドモントが覚えたばかりの魔法を見せると青い目を輝かせて見つめていた。
すっかり成長したけれど、クリスティーンの瞳はあの時のままだった。
「クリスティーン嬢も学園に入ったのか」
「はい。その為に家でずっと魔術の勉強をしていました」
さらに瞳を輝かせてクリスティーンは言った。
「私、魔術団に入れるくらい強くなってエドモント様と結婚するんです!」
「……は?」
「一目惚れだったんです。でもお姉様とエーミール様が結婚するから私はダメだと言われて」
クリスティーンは頬を膨らませた。
「お姉様達の婚約が解消したからいいでしょうって言ったらあんな裏切り者の弟の所になんかやれないって。裏切ったのは魔女のせいでエドモント様は悪くないのに。だから私、決めたんです」
強い光を宿した瞳がエドモントを見上げた。
「魔法学園でいい成績を修めて、エドモント様にふさわしいって認めてもらおうって。そうしたらエドモント様、私をお嫁にもらってくれますか?」
「え、あ、ああ…」
相手の勢いにエドモントが思わず頷くと、クリスティーンは再び顔を輝かせた。
「約束ですよ!それでは入学式があるので失礼します」
ぺこり、と頭を下げるとクリスティーンは再び走って戻っていった。
「———え…嫁?」
小さくなっていく背中を見つめながら、エドモントはクリスティーンの言葉を反芻し…瞠目した。
クリスティーンと最後に会ったのは六年以上前。
まだ彼女は十歳くらいだったはずだ。
それまでも数えるほどしか会った事がない自分を…?
困惑するエドモントの脳裏に自分をまっすぐに見つめる青い瞳が浮かんだ。
———そういえば女の子は苦手だったけれど、彼女に見つめられるのは嫌ではなかった。
「…今年も何が起きるか分からないな」
クリスティーンが去った方を見やり呟くと、エドモントは再び歩き出した。
おわり
当て馬みたいになってしまったエドモントですが…彼は女の子に対しては消極的なので、これくらいグイグイくる子の方がいいなと。
これで完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




