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一週間の魔法  作者: 海水
7/7

七日目

最終話です。

 あたしが目を覚ました時に見たのは、見慣れたあたしの部屋の天井だった。寝てるのもいつもの寝床。違うのはクロがいない事。

 天然モフモフ湯たんぽの感触は、無い。


「分かっちゃいたけどさ……」


 クロはランドで、ランドは貴族で、ランドは凄い魔法使いで、あたしなんか比べちゃいけない存在だ。

 あたしは平民で、あたしは魔法オタクで、クロの横にはいられないんだ。悲しくてポタンと目から雫が落ちる。

 身分なんて、なけりゃいいのに。


「あーぁ、また一人かぁ……」


 窓の外はもう夕暮れだった。空は悲しそうに赤く染まっている。あたしの心模様みたいだ。

 結局その日、クロが来る事はなかった。モフモフの無い一人の布団は、冷たかった。





 翌朝、ちょっとだるい体を引きずって、魔法研究所に向かった。世界は何もなかったかのように、いつもの様に動いていた。クロに出逢った日々が嘘だったみたいに、いつもの通り、普通だ。


「もう、冬か」


 あと少しすれば冬になって、もっと寒くなって、雪も降るんだ。モフモフ湯たんぽが、欲しい。


「猫でも、探すかな」


 そんな事を考えていれば、もう研究所だった。杖から降りて建物内を歩いて行く。


「おはよーございまーす」


 いつもの通り挨拶をして、いつもの通り席に着く。隣にはいつもの通りアカネちゃんがいる。


「オハヨー、アカネちゃん」

「あれ、シーラちゃん、来ても大丈夫なの?」

「ほへ?」


 アカネちゃんだけでなく、禿上司や他の同僚も驚いた顔であたしを見てくる。

 あれか、昨日勝手に早退したからか?

 

「何か、あった?」

「何って、一昨日、行方をくらませてたランドが、突然ここに来て、シーラちゃんが魔力切れで寝込んでるから数日休むって言いに来たの!」

「はぇ?」

「もう、警察やらお偉いさんやらで大騒ぎだったのよ!」

「ほぇ?」


 何が何だか分からない。クロがここに来たの?


「シーラちゃん、いつの間に、どこでランドと知り合ったの? 彼、すっごい心配そうな顔してたんだよ! あの顔は絶対そうだよ!」


 アカネちゃんは、ちょっとニヤついた。


「どこって言っても……」


 あたしが焦っていると、禿上司が音もなくスススと近寄ってきた。


「今週はシーラ君を休ませるように、と上からのお達しが来た。とにかく、休んでくれ」


 禿上司がハンカチで汗をふきふきしてる。すっごい量の汗で、ハンカチから滴ってるくらいだ。


「彼、シーラちゃんを休ませないと、又いなくなるぞって脅してたのよ」


 アカネちゃんが嬉しそうに話しかけてくる。なんだなんだ、どうなってるのよ?


「えっと、あたしどうすれば……」

「今日はゆっくり休んで、彼と一緒にいれば!」


 アカネちゃんはあたしを強引に立たせると、手を引いて外に向かって行く。


「ふふ、シーラちゃんも隅に置けないなぁ」

「ちょっと、違うってば!」

「またまたぁ~」


 アカネちゃんに杖を持たされて、にっこにこされて、あたしは仕方なく家路についた。





 今日の空は良く晴れて遠くまで見えていた。青い空の向こうまで、くっきりと見えた。


「クロが、いるのかなぁ……」


 くっきり見える空が、遠くからボロアパートを見せてくれた。あたしの部屋の隣に明かりがついてるのが見えた。


「隣に誰か来たんだ……って、あんな取り壊し寸前のボロアパートに誰が来るってのよ」


 あたしは、ちょっとの望みを持って、杖を走らせた。有り得ない望みだけど。





 杖を下りてあたしの部屋の玄関に向かえば、ドアの前に黒い猫が行儀よくお座りをしていた。

 

「クロ?」


 その猫を抱き上げて顔を見れば、瞳は茶色だった。


「あれ、青じゃない」


 その黒猫はしゃべらずに「にゃー」と鳴いた。


「ソイツはチコだ」


 聞き覚えのある男の人の声が、横から聞こえて来た。振り向けば、そこには夢で見た、黒い髪の彼が、青いローブを羽織って立っていた。

 やっぱり実物はカッコイイ。


「……クロ、じゃない、ラン、ド?」

「いや、クロで結構だ。ランドの名は、棄てた」

「すてた?」

「貴族としての権利や家も棄てた。俺は貴族なんかよりも魔法使いとして生きていたいんだよ」


 ランド、じゃない、クロは肩を竦め、苦笑しながらあたしに向かって歩いてきた。腕の中の黒猫はするっと抜けて逃げた。


「なんで?」

「帰ると言ったろう?」


 クロの声で、彼がそう言った。


「具合は良さそうだな」


 彼は薄く笑い、ホッとした表情を浮かべた。優しそうなその顔に、ちょっとだけ見惚れた。


「そうだ、あんた研究所に来たでしょ!」

「一昨日な」

「一昨日?」


 あれ、昨日じゃないの?


「シーラ。お前、一日半寝込んでたんだぞ?」

「ほぇ?」


 あれ、あたし、夕方に起きたんだよね?


「シーラが魔力切れで気を失った後に、部屋に行って寝かせて、その足で魔法研究所に行った。あそこは何度か行った事があるから場所は知ってる」


 クロが顔を近づけて、あたしのおでこにコツンと額を当てた。青い瞳があたしの目を見つめてる。

 あたしの顔の温度がグングンと上がっていった。


「……まだ熱っぽいな」

「いや、それは……」

「もうちょっと休んでた方が良いな」


 クロが額を当ててるおでこから、あたしを心配する感情が伝わって来た。嬉しいんだか困ったんだか、あたしの胸には嵐が巻き起こってる。

 「ふむ」と言いながらクロが離れていった。心臓が働き過ぎてる。過労になっちゃう。


「では食事は明日にでも持ち越した方が良いな」


 クロは顎に手を当てて何やら独り言を言っている。あたしは未だ理解が出来ていない。


「っていうか、なんで隣の部屋に来たの? このボロアパートは取り壊すって話も出てるのよ!」

「あぁ、それなら問題ない。ここを買い取った」

「はぁ?」

「聞こえなかったか。買い取った、と言ったんだ」


 クロが真面目な顔になった。


「女の子の部屋に転がり込む訳にもいかないからな。せめて隣の部屋にするか、と思ってな」

「ななな」

「大家に聞けば、取り壊すなんて言うじゃないか。平和的な話し合い(・ ・ ・ ・)をして、敷地ごと買い取ったんだ。貴族の財産は放棄したが、魔法で築いた資産はあるんでな」


 あたしが唖然と口を開けて呆けてれば「女の子なんだから」と顎に手を当てられた。


「まぁ、時間はある」

「なんの時間よ!」


 顎を固定されながらも反撃に転じた。やられっ放しは癪に障る。


「シーラを口説く時間、だ」


 クロはちょっと恥ずかしそうにした。


「猫のクロは人間だった訳だ。で、どうだ、クロはシーラから見て、合格か?」


 クロの青い瞳があたしに刺さって来る。目を離そうと思っても、身体はそうは思っていないみたいだ。


「そそそうね、まぁ、及第点くらいは、あげられるかしら!」


 嘘です。合格です。

 それでもあたしは精一杯の強がりを見せた。

 乙女の意地よ!


「ふむ、猫には勝てないか」


 クロは困った顔をした。顎からそっと手が離れていった。


「……もう猫にはならないの?」


 天然モフモフ湯たんぽは無くなってしまった。悔やまれる。非常に悔やまれる。


「あの魔法は即席で作ったもので、欠陥だらけだ。時間を任意にして、切り替えも任意にした改良版を作った」


 クロが指をパチンと鳴らすと、一瞬眩しく光り、彼がいた場所には黒い猫がお座りしていた。


「性別は雌のままだがな」


 その猫はクロの声でしゃべった。


「あの魔法って、即席だったの? 芸術品みたいに作りこまれてたけど」

「さすがシーラだな。よくわかってる!」


 クロは嬉しそうに笑った。





 あたし達は部屋に入ってテーブルでお茶をしてる。あたしとクロは珈琲で、チコには冷ましたミルクをあげた。この子は猫らしく、にゃーと鳴いている。まぁ、クロがおかしかっただけなんだけど。


「そういえば、さっき言ってた食事って?」

「あぁ、シーラを口説くのにも手順がいるだろ? まずは食事でもと思ってな」


 クロはしれっとしてる。口説く、と聞くたびにあたしの耳が熱くなる。だけど負けてはいられない。


「あたしは安くないわよ!」

「どんなに高くても構わないさ」

「ぐぅ……」


 クロはにっこり笑ってる。心を読まれてるのか、余裕かまされて、なんだか悔しい。


「……猫に勝つには、時間がかかりそうだがな」


 苦笑いしたその顔も、なかなかだ。









 あれから一か月。


「うわぁ~遅刻する~」

「食事は作ってあるぞ」

「にゃ~」


 顔を洗って髪を梳かして騒いでいるあたしを余所に、クロは優雅に珈琲を淹れている。チコはカリカリに夢中だ。


「まだ時間はあるぞ」

「化粧には時間がかかるのよ!」


 あれから、あたしはクロと同棲生活を送っている。あたしは魔法研究所に勤めて、クロは魔法の製作と先生と、なんか色々としているらしい。実業家みたいだけど、自由を満喫している様だ。

 働かなくても暮らせるぞ、とクロはいうけど、あたしは今の魔法研究所の仕事が楽しいんだ。

 何より、クロが傍にいることが、楽しいと思える理由だ。





「シーラが楽しいなら、俺は何も言わん」


 クロはあたしを自由にしてくれる。自分が貴族だったときは、何かにつけて行動を制約されていたから、らしい。だから、あたしのやりたい事は邪魔しないみたい。優しい猫さんだ。


「浮気は認めんがな」

「それは、クロの心がけ次第、かな?」


 そもそもそんな気はないけど、癪に障るからこう答えちゃう。


「む、俺の気持ちは真剣だぞ?」


 クロの焦る顔を見るのが、嬉しい。





「ほら、折角の食事が冷めてしまう」

「あ、はーい」


 朝食はクロが、夕食はあたしが作ることにした。家事も分担制だ。

 寝る時はクロは猫になって、天然モフモフ湯たんぽになってくれる。そして癒しのモフモフタイムも健在だ。


「偶には人間として、シーラと一緒に寝たいんだが?」


 パンを齧りながらクロがぼやく。


「ま、まだ早いのです!」


 クロの要求も、まだ恥ずかしいからと棄却してる。

 あたしは安くないのだ!

 ……まぁ、そろそろ良いかな、とは思ってるけど。


「お、そろそろ時間だぞ?」

「じゃ行こうかな」


 玄関の姿見の鏡で身だしなみのチェックだ。


「化粧もばっちり、体調良し、顔色よし。準備おっけー!」


 脇でクロがニッコリして見てる。見守られてるみたいで、ちょっと嬉しい。


「よそ見して建物に当たらない様にな」

「クロこそ、迷子にならないでね」

「善処する」


 クロが顔を寄せてきて、唇が重なる。

 優しい感触と感情が伝わってくる。


「いってきまーす!」

「気をつけてな」


 クロに見送られ、ボロアパートを飛び出して、朝日が降り注ぐ空を杖で滑空していく。

 キラキラと光る世界は心地よい。


「んー、今日も世界は美しい!」


 キラキラに光る希望の世界。

 あの時にクロが言ったことが、分かるようになった。


「今日も一日、がんばりましょー!」


 お日様は今日もニッコリだ。

 青空に杖を走らせて、研究所に急いだ。

お読み頂き有難う御座います。

本編はこれにて終了です



シーラ「クロは、なんで空を見たかったの?」

クロ「あの青い空の先には、自由があるのかなぁ、とな。その先に何があるのかも、気にはなってるんだけどな」

シーラ「ふーん」

クロ「ふーん、て、冷たいな」

シーラ「あたしは湯たんぽで暖められる側ですのでー」

クロ「……猫の俺は手強いな」

シーラ「どっちのクロも必需品よ」

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