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転校生

 


 私が彼女に出会ったのは夏の終わりを感じる、半袖が少しだけ寒くなってきた頃だった。あの頃の私は毎日が退屈で仕方なくって。生きている意味がわからなくって。消えてしまいたくって。けれど、今になって思えば、誰かに気づいてほしいと、この世界から連れ出して欲しいと、心の中で私は切実に願っていた気がする。


 *


 学校にはちゃんと毎日通っていた。別にいじめられていたわけでもないし、 話せる人がいないわけでもないし、色々と疲れはするけれど絶対に行きたくないというほど、学校は嫌な所ではなかったからね。でも、勉強は大嫌いだよ。もちろん。


 放課後になると、ほとんどの子達は部活に行く。私は部活なんて面倒なことをわざわざする意味が分からないからやっていない。皆が部活に行った後の教室は誰もいなくて、凍てつくような静寂に包まれる。窓から流れ込む風に髪の毛が揺れ、差し込む夕日に眩しさを覚えて廊下に顔を向けた。しばらく廊下を見ていたけれど、そこを通る人は誰もいなくて時計の針だけが進んでいく。どれくらいそうしていたのだろう。夕日はいつの間にか紅みを失い、代わりに暗闇が顔を出し始めていた。


 私の放課後の過ごし方は毎日こんな感じだ。一人になった教室で特に何をするでもなく、ただぼーっとしているだけ。不思議とこの教室には部活の音や話し声などの周りの音が聞こえてこないから、世界で私一人になったような気持ちになる。でも、それがなんだか心地よくてとても好きな時間だった。この教室にいる間は将来とか、人との付き合いとか、勉強とか、現実の嫌な事を忘れさせてくれる。前に小説を読んで現実逃避をする人がいると聞いたことがあるけれど、それと同じ様な感覚かな。多分ね。


 すっかり暗くなった帰り道は朝とは違う顔をしているように思えた。「今日も一日頑張れ! 」とでも言いたげな朝とは違って、先の見えない夜の道は全てを闇に吸い込んでしまおうとしているみたいに見えてちょっぴり怖かった。


 *


 もう9月下旬になるけれど今日は夜になっても蒸し暑い。エアコンをつけようか悩んだけれどやめた。エコだよ。エコ。扇風機で我慢するか。でも、あんまり涼しくないな。肌が汗で少しべたついて気持ち悪くて、なんだかイライラしてくる。汗とイライラと一緒に嫌なことも湧き出てきた。どうして勉強するんだろう。どうして誰かと仲良くしなくちゃいけないの。どうして将来働くの。全部全部全部めんどくさいだけじゃん。いつか死ぬのに頑張って生きる必要なんてないじゃん。


 我慢出来なくてやっぱりエアコンをつけた。設定は20度。低すぎる気もするけどまあいい。どうせ生きてる意味もわかんない人生だし。環境問題とかどうでもいいし。(電気代はちょっと心配)。


 部屋の温度が下がっていくのと一緒に、今度は汗とイライラと嫌なことが引いていく。落ち着いた私は布団に寝転がった。


 私は人生に楽しみを見いだせていない。だから必死に生きていく意味がわからない。誰かに必要とされていると感じたこともないし、私なんて消えてしまってもいいんじゃないかとも思う。きっと、お母さんとかお父さんは悲しんでくれるはずだ。悲しんでくれる人がいるならそれで満足な気がする。それなら、いっそのこと消えちゃいたいな。


 下がりすぎた部屋の温度は、その冷たさで私の思考を悲観的な方へと追いやっていく。私まで冷たい人間になりそう。元々温かくなんてないけれどね。


 温度を28度に設定してようやく心が安定した。さすがに自殺はダメだ。自殺はどんな死に方をしても他人に迷惑をかけてしまうと聞いたことがある。もちろん両親が一番傷つくだろう。悲しんでくれたからといって本当に私は満足なのだろうか。ただ単に周りの人たちに迷惑をかけるだけじゃないのか? だから自殺はダメだ。改めて考えれば消えてしまうことよりも、生きることを楽しめる要因を探した方がよっぽど私のためになると思う。


 探そうとしても簡単には見つかるものではないから、逆に人生が楽しくない理由を冷静に考えてみることにした。いつもなら絶対にしないことだけれど、今日はなんだか違う気がしてこんなことも思考できてしまいそうだ。


 答えは案外簡単に見つかった。それは『友達』がいないという事。しかしそんな事を言うと、「いやいや、まってよ。何を言っているの? 話せる人は学校にいるんじゃないの?そーゆー人を友達って言うんじゃないの?」 と反論されてしまうかもしれない。もちろん一応の友達はいるよ。ここでは、友達(仮)とでもしておく。彼女たちは私と仲良くしてくれるし、一緒にいてもまったく楽しくない、とまでは言わない。


 でも、彼女達といても心が休まったことはない。それはきっと、私が彼女たちに合わせているからだ。会話を合わせて、笑いを合わせて、嫌われないようにする。私は自分の心をすり減らしながら、仲の良いフリをする。それだけの友達。偽物の友達。一人での学校生活が嫌だから、ぼっちだと皆に思われるのが恥ずかしいから。生きる意味がわからないなんて言ってるくせに、周りの目が気になってるんだ、私。ほんとにださい。


『友達』か。本当の友達はどうやったらできるのかな。その問は大嫌いな教科書には載っていない。誰かに教わることじゃないから。


 その日の夜は久しぶりに夢を見た。私が笑顔で誰かとお話している夢。夢の中で私は心から会話を楽しんでいた。あんなに楽しくおしゃべりしたのなんて過去に一度もないくらい。すごく幸せな夢だった。


 *


 夢を見た日から一週間が経つけれど、私の日常は変わっていない。負の感情を表に出さないように空気を読んで、機嫌をとって、一日が終わるのを待つ。とっても辛い。みんなに嫌われないように、自分の感情を胸の中に押し込めて、別の自分を演じるんだもの。放課後の時間だけが私を本当の私に戻してくれる。もしかしたら、私の友達って放課後の教室の静寂なのかな? あの静けさが本当の友達? なんて寂しい子なの私。


 いつもより遅く登校すると教室はやけに騒がしかった。いつもこんなにうるさかったっけ。ひょっとして私がいないから……? ちょっと胸がざわつく。私何かしたっけ? 私のことじゃないよね? 気をなんとか保って左足を踏み入れた。


 教室に入ると、みんなは特に私を気にする様子もなく各々会話を続けていた。私の考えすぎかと思いつつも重い足取りで自分の席に向かって進む。


「みき、おはよう」


 マイが私に右手を上げて言った。


 私も「おはよう」って返した。心臓はばくばくだったから上手く声に出せたかはわからないけれど、他の皆も「おはー」とか言ってくれるから安心した。よかった。私の悪口で盛り上がっていたわけじゃないのか。ほっと胸を撫で下ろす。


「どうしてこんなに盛り上がってるの? 」


 呼吸を整えた後、カズミに訊いてみた。


「それがさ!今日このクラスに転校生来るらしいよ! 」


 と興奮気味で教えてくれる。


 なるほど。そういうことか。確かにこんな田舎に転校生なんて珍しいもんな。興奮するのもわかる。


「男子かな、イケメンかな!?」


 ミサキが一番はしゃいでる様子だ。


「そんな都合よくイケメンが転向してこないって」


 マイが冷静に突っ込む。


「もー、夢がないこと言わないでよ」


「そんなに期待されたら、転校生の子もやりずらいでしょ」


「そーだけどさー、イケメン転校生とか憧れるじゃん? 少女漫画みたいでさ」


「はいはい。まず転校生が男子かもわかんないのに。ミサキは脳内お花畑さんだね」


「ひどーい。ばーかばーか」


 ミサキはマイにあっかんべーしてる。


 この二人は仲良しだな。羨ましい。私には到底できそうもない会話だ。私は口に出す言葉を間違わないように、相手の気分を損ねないように、と彼女たちと話すときはよく考えてから話す癖がついてしまっていた。だから、こんなにもごく普通な会話も私にはできっこないんだ。


 私の口から自然と言葉を引き出せるような人が現れれば、きっとその人は私と本当の意味で友達になれるんだと思う。



 10分くらい経って先生が教室に入ってきた。


「知っている人もいるかもしれないが、今日からこのクラスに転校生がくるぞ」


 笑顔で先生が話す。


「入ってきてくれ」


 先生が声をかけるとその子は「はい」と返事をして黒板の前に立った。長くて艶っぽい黒髪に、モデルのように長くて細い脚。スカートも短くて都会の子って感じ。スカートの短い子は私には皆ギャルに見える。性格もギャルっぽいのかな? 都会の人ってだけでなんか怖い。ぱっちり二重の目はキリッとしていて気が強そう。


「絶対友達にはなれない」それが私の感じた彼女への一番の印象だった。でも顔立ちは異様な程に整っていて容姿は完璧。昨日古文でならった『清らなり』という言葉は彼女にこそ相応しいと思うくらい。あまりにも美しいから目の保養になるレベルだよ。


 彼女は教室全体を見渡した後白いチョークを手に取り、名前を綺麗な字で書いていく。


『白河 あかり』という名前らしい。


「白河あかりです。東京から引っ越してきました。ここに来るのは初めてなのでわからないことも多いですが、皆さんと仲良く出来たらと思います。よろしくお願いします」


 と丁寧な挨拶をして一礼する。


 皆思わず拍手した。スカートの短さと中身の良さは別ものみたい。しっかりした女の子だなと思った。イケメン男子を期待していたミサキも見蕩れている。クラスの男子なんてみんなして顔を赤らめて口元が緩んでて変な顔。それほどまでに美しい少女。


 でも確かに美しいけれど、彼女は私とは違う世界の人間だ。きっと友達も自然とできて、中身もしっかりしてて、容姿もよくて、損することなんて何にもないじゃん。羨ましい。せめて容姿だけでも全員均等にしてよ、神様。同じ人間でも絶対に見た目が良い方が有利。あぁ、辛い。ますます私の人生の価値が薄れていく……。


 私も彼女くらい容姿端麗だったなら、人生を楽しめた気がする。まあ、ほんとは私の性格にも問題があるってことはわかっているけれど。


「じゃあ、白河。紫香楽の隣にスペース空いてるからそこに机と椅子を運んで着席してくれ」


「わかりました」


 ん? なんだって? 先生が今私の名前言わなかった?


「え!? ここに座るんですか?」


 思わず訊いてしまった。


「ん? そうだぞ。そこしか空いてないからな。別に嫌じゃないだろ? 」


「は、はい」


 断るわけにもいかず了承する。


 私の横にはずっと謎のスペースが空いていた。授業で隣の人を気にしなくていいからラッキーなんて私は今まで思っていたけれど、まさか彼女が隣に来ることになんて。話せる自身ないよ……。ていうか、私なんか相手にしてくれなさそうだな。


「あの、先生。この教卓の横にある机と椅子を持っていけばいいですか?」


「おお。そうだ。じゃあみんな、白河が通るから道を空けてやってくれ」


 生徒達は机を寄せて、白河さんが通るためのスペースを空けてあげる。


 彼女は甘く小さな声で「ありがとう」と言って、窓側の一番後ろの席に座っている私の横までそれを運んできた。近くで見るとやばい。こんなに美しい子がいるのかってくらい整った容貌。こんな田舎の学校にはもったいないほど美しいのだ。まるで、人形のような作り物であるかのようにも見える。


 白河さんは机を綺麗に整頓して並べて着席する。それから、私の方を向いて「よろしくね」と小さく微笑んだ。笑みを浮かべた口元がなんだかセクシーで、その薄くリップの塗られたぷるぷるの唇を指で触れてみたくなった。っていかんいかん。我ながら変態的思考をしていることに気付き、私は慌てて「こちらこそ」とぎこちない笑顔で返事をした。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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