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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第1章

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07:迷子のプリムローズ

 結論から言おう。

 道に迷った。


 辺りはもう夕暮れ時なのだが、森は途切れるどころかどこまでも続いている。

 さらには日の沈む方向が西なのに、どう見ても北へ向かってしまっていた。


「あっちが日没の西だから、やっぱり北に向かってる」


 スカートの端を握りながら、私はがっくりとうなだれた。

 コンパスや地図があるわけでもないし、太陽は樹木の枝でさえぎられがちだった。

 それでもせめて、もう少し慎重に進んでいればと後悔がドカドカと押し寄せてくる。

 ここまで魔物や肉食獣に出会わなかったのだけが幸いだ。


 ちなみに袖の中に転がしている霊珠は、二個に増えていた。

 木の実を食べたおかげで体力(と魔力?)が温存できたので、試しにやってみたら作れたのだ。


 なお、昨夜作った『暖』の霊珠はお昼すぎに砕けてしまった。

 持続時間は半日少々といったところか。

 これが霊珠の標準的な時間なのか、それとも『暖』は長めなのかはまだ分からない。そのうちおいおい記録を取っていこう。


「暗くなってきたな……」


 夕焼けはだんだん夜の闇に変わっていく。

 それまでは比較的穏やかだった森が、急に怖いものになってしまう気がした。

 足元が見えない暗闇の中を歩くのは、怖い以上に危険も多い。

 今日は歩くのをやめて、どこかできるだけ安全そうな場所で休むのがいいだろう。


 とはいえ、昨日のように岩場が見つかるわけでもない。

 私は仕方なく、とある木の根本に腰掛けてみた。

 顔と地面の距離が近くなると、むわりと湿った土の匂いが鼻をくすぐる。

 秋で朝晩は冷えるものの、まだ虫もいる。

 私はまとわりついてくる羽虫を払いつつ、スカートに残っていた緑の実を口に放り込んだ。

 甘酸っぱい味が、不安でいっぱいの心を静めてくれた。


 この緑の実はありふれたもののようで、歩いている途中でも何度か見かけた。

 歩くのに不便してまで持ち運ぶ必要はないかもしれない。

 そう思って、残さず食べてしまった。あまり置いておくと傷むかもしれないし。


 私は二つの霊珠を握りながら、張り出していた木の根元に体を滑り込ませた。

 長い銀の髪が引っかかりそうになったので、慌てて引っ張る。

 一つ括りに縛っておきたいが、あいにく縛る紐すらない。

 入り込んだ木の根元は、昨日の岩場ほどではないが周囲を囲まれていて落ち着けた。


(それにしても、明日はどうしよう)


 方角は完全に見失っている。

 ここからあの岩場に戻れるかどうかすら自信がない。こんなことであれば、小川を見つけた地点から戻るべきだった。

 後悔先立たずだ。


「やっぱり寒いや。……『暖』」


 昨日と同じように文字を刻む込むように念じれば、霊珠はほのかに光った。

 無事に文字が刻まれる。

 周囲がほんわかと暖かくなった。


 この力のお陰で生き延びているが、こんな力があったお陰で森に捨てられたとも言える。

 いや、あの父親のことだから、能力がどうであれいつか私を捨てただろう。

 であれば生きる力があっただけマシと考えよう。


 湿った土と木々の匂いに包まれながら、私はうつらうつらと眠り始めた。






 緊張しながらの眠りは浅い。

 ホーホーとフクロウの鳴く声や、ざわざわと風が梢を揺らす音。そういった音が響くたび、びくりと目を覚ました。

 それでも途切れ途切れに眠った効果は大きく、朝になる頃には体力が戻ってきていた。


「よし。日課といきますか」


 そろそろ慣れてきた霊珠作りを行う。

 右手を握り、左手をかぶせる。体の中の熱と力を凝縮させるように念じれば、いつの間にか霊珠が生み出されていた。


『暖』の霊珠はまだ手元で熱を放っているが、昨日と同じであれば昼前には砕けるだろう。

 今の所、日中ならば寒くはない。

 なるべく霊珠を増やしつつ、王都の方角を目指さなければ。


 空が朝焼けに染まっている今は、方角が分かりやすい。

 西に目星をつけて、私は今日も歩くことにした。






 ここでお知らせがあります。

 道が途切れました。


 ……いやなんで!?

 西に向かっていたはずが、獣道が途切れてしまったのだ。

 時刻はお昼頃。先ほど、『暖』の霊珠が砕けたところだ。


「どうしよう……」


 森に入ってもう何度目か、私は途方に暮れた。


 私は迷子のプリムローズ。

 モラハラカス野郎の父親とテンプレシンデレラの継母に捨てられて、森で迷子になったの。

 ……うん、現実逃避をしても悲しいだけだわ。


 空を見上げると、木々の間に灰色の曇り空が見える。太陽は出ておらず、方角も判然としない。


「森から出るの、諦めた方がいいのかな……」


 私はがっくりと肩を落とした。自分がここまで方向音痴だとは知らなかった。

 いいや、山や森では熟練者でも迷うと聞いたことがある。

 ならば何の装備もない素人が三日も生きているのだから、それだけでも大したものだと思いたい。


 まだ昼だが、どうにも雲行きが怪しい。今日は雨が降るかもしれない。森に入って初めての雨だ。

 体が濡れれば体力が奪われる。雨宿りできる場所を探さなければ。


 私はとりあえず進むのを諦めて、周囲を探索してみることにした。


「あ。紫色の実がなってる」


 小さな緑の実以外にも、紫の実を見つけた。手のひらサイズの大きさで、楕円形をしている。

 これも蔓草のように伸びて、他の木に絡みついて育っていた。


「これってアケビ?」


 前世、テレビで見た覚えがある。

 一つもぎ取って割ってみると、中には白い果肉と黒っぽい種が入っている。

 匂いを嗅いでみたが、ほんのり甘い香り。毒ではなさそうに思える。


 思い切ってかぶりついた。


「ん、甘くて美味しい!」


 とろりとした果肉がジューシーである。味は梨とか柿に似ていた。

 果肉を舌でこそげ取って、残った種はプププと吐き出しておく。

 ついでに皮をかじってみたが、こちらは苦かった。


「野生の木の実でも、こんなに美味しいなんて」


 お昼ご飯代わりに五つほど食べる。なかなか満腹になった。


 お腹が膨れたので、霊珠作りを追加しておく。

 こちらも問題なく作れた。霊珠はこれで三つだ。袖の中に入れれば、コロコロと音がしている。


 歩く邪魔にならないよう、今日はアケビを一つだけ確保してその場を離れた。


 さらに歩いていく。

 三日目ともなれば少しは慣れたが、やはり獣道未満の森はとても歩きにくい。

 下草が絡まり、土は沈んで大変だった。

 私の今の服装は、粗末な綿のドレスと革靴。靴下と下着。もう三日も着たままなので、だいぶ汚れている。

 あまり直視したくない汚れっぷりだが、今はそれどころではない。考えないことにする。


 そのうち崖下に出た。

 崖の一部にはぽっかりと穴が空いている。洞窟と言うにはちっぽけな洞穴だ。


「あそこで雨宿りできるかな?」


 覗き込んでみるが、暗くてよく分からない。

 そのまま入ってみる勇気はなかった。

 だって、いかにも虫とかいっぱいいそうなんだもの。


 試しに森に落ちていた枝を拾って、洞穴の中に突っ込んでみる。


「ほ、ほぎゃー!」


 枝を引き寄せて私は叫んだ。

 でっかいサソリがハサミで枝を捕まえていたのだ。

 サソリは毒針のついた尻尾をフリフリとした。


「無理!」


 私は一目散に洞穴を離れた。


「くそ、洞穴で雨宿り作戦失敗か」


 毒虫だらけの洞穴とか、とても入れたものではない。


「むむ、あれは……」


 崖下を歩いていくことしばし。

 私は次なる発見をした。


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