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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第3章

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41:商売の方針

「ふわー。おはよ」


 ほんの少し眠っただけで、頭はずいぶんシャッキリした。

 改めて考える。


「『解凍』だからその場で溶けちゃったのよね。じゃあ、『解除』ならどうかな」


 残っていたササミを少し切り分けて、『解』『除』をやってみた。

 霊珠が文字を刻んで光る。


「お? すぐ溶けちゃうわけでもなく、見た目には変わらない」


 ササミは凍ったままである。

 次にそのササミをまだ温かい鍋に入れてみる。


「おおお? 溶けてきた」


『冷凍』のままではいくら煮ても凍ったままなのに、この肉は鍋の熱を受けて溶けてきている。

 つまり、想定通り!


「やったね!」


「やりましたね」


 ヴィオラとハイタッチする。


『冷凍』を『解除』した肉であれば、普通の冷凍肉と同じ。

 常温で徐々に溶けていくが、これだけガチガチに凍っていればしばらくは保つ。

 運送用の箱に雪や氷を詰め込んでおけば、遠方まで運んでいけるだろう。

 運ぶのにも売りさばくのにも霊珠は必要ない。


「これは大きな商機です。こんなに美味しい肉であれば、貴族や富裕層もこぞって高値で欲しがるでしょう。うふふ……金貨の山が見えますよ」


 ヴィオラは手をこすり合わせている。


(お金持ち、か)


 私はふと目を足元に落とす。

 いくつかの思いが胸に渦巻いて、言葉が出た。


「ねえヴィオラ、貴族やお金持ち相手で客単価を上げるのは正しいと、私も分かる。でもね、私、お腹を空かせている平民たちにこそこのお肉を食べてほしいの」


「え?」


 シルヴァとヴィオラ、ついでにコタローも私を見た。

 みんなの視線を受けながら思い出すのは、前世の食卓だ。

 二十一世紀の日本は豊かな国で、庶民の食事も実に幅広い料理が並んでいた。


 でも。

 そんな中でも、明日の食事に困るとまではいかなくても、貧しい人はいた。

 私も生活費を出すのが精一杯で、学費まで手が回らなかった。娘は奨学金を借りて大学へ行った。

 奨学金は将来、借金の利子をつけて返さないといけない。

 それを分かっていても、私は大学に行くだけのお金を出してあげられなかった。

 成績優秀な子だったのに。

 本当に申し訳なくて、無念だった。


 息子の部活も途中で諦めてしまった。

 あの子はサッカーをやっていたが、用具を揃えるお金や遠征費を出せなくなったからだ。


 それでも食べるものだけは満足させてあげたくて、職場の社内割引き販売や節約レシピを駆使してきた。

 豆腐ともやしばかりの時もあったが、栄養バランスを崩すことなくやれていたと思う。


 そして、この世界では飢饉が起きると口減らしで子供を捨てるのだという。

 ヴィオラの話は本当に衝撃的だった。

 前世の貧しさとは比べ物にならないくらい、この国は貧しい人が多い。それこそ切実に食べるものがないくらいに。


 この巨大なドラゴンの肉は、何人前になるかも想像できないほどだ。

 これがあれば、少なくとも近隣の村の人たちが、冬を越せるくらいになるのではないか。

 森に子供を捨てるような真似はしなくても済むのではないか?


 だから私は言った。


「貴族たちは別に食べ物に困っていないもの。そんな人たちよりも、本当にお腹を空かせている人たちにこそお肉を食べてほしい。単価が安くなるから、商売の旨味が減るのは分かる。でもこのドラゴンのお肉は、私とシルヴァが協力して狩ったものだから。仕入れ費用は安くするよ。それで何とか、手を打ってもらえないかな」


 ドラゴン狩りも別に元手はかかっていない。

 霊珠をたくさん消費したのと、シルヴァの杖が壊れただけだ。

 ……まあ杖が壊れたのは損害といえばそうだけど、今は新バージョンにアップデートするべく研究中だし。オッケー、オッケー。


「…………」


 ヴィオラは無言のまま立ち尽くしている。

 私たちが見守っていると、やがて首を振って語り始めた。


「平民相手の商売は、本当に旨味のないものです。薄利多売は手間がかかるばかりで、働けば働くほど損になることすらあります」


 そうかもしれない。

 薄利多売が成り立つのは、前世のように大量生産ができる場合だからだと思う。

 移動や運送のシステムが整っていないこの世界で、単価が安い商品を行商しても雀の涙しか儲けが出ないだろう。

 その薄い利益を生活費に当てたり、次の仕入れ費用にしなければならないのだから、きついに決まっている。


「だから私は行商人として独立して以来、なるべく高級品を商うようにしました。十五歳でシルヴァの元を離れ、行商人に弟子入りして三年で独立して、貴族や富裕層とコネを作ってきました。それを今さら、平民相手の商売に切り替えろと?」


 彼女の表情はあくまで優雅なんだけど、瞳の奥底にハングリー精神が見える気がする。


「そうだったのか? だがお前は、毎年僕の小屋に食べ物や資材を持ってきてくれたじゃないか。高級品ではないだろうに」


 シルヴァが戸惑っている。

 ヴィオラは苦笑した。


「それは貴方が特別だからですよ。貴方に関しては利益度外視で物を運んでいました。まあ、一部の薬草は貴重なものなので、貴族との顔つなぎに役立ちましたが」


 育て親で命の恩人だものね。

 それでもきちんと薬草の価値を見抜く辺り、実にしっかりしている。


「私は貧しさのせいで、親に捨てられた。あの時のことはよく覚えています。ひもじくて、寒くて、凍えるようで。シルヴァに拾ってもらわなければ、あのまま死んでいたことでしょう。……もう二度とあんな思いはしたくありません。自分自身の腕で稼いで、必ず大儲けする。食べ物の心配などしなくて済むくらい、大金持ちになる。商人へ弟子入した時にそう決めたのです」


 彼女は拳を握る。

 貧しさに負けたくないという闘志が見て取れた。


「ですから、ドラゴンの肉という特別な商材を平民相手に売るのは、あまりにも惜しい」


 そこまで言って、ヴィオラは息を吐き出した。

 彼女は迷っている。

 お金持ちになるという目標と、昔の彼女のような食い詰めた子供を減らすという思いの間で迷っている。


 迷っているということは、交渉の余地があるということだ。


「じゃあ、こうしない?」


 なので私は提案をした。


「貴族と平民、どちらにも売るの」


「え? しかし貴族とはプライドの高い方々です。貴重な食材とはいえ、平民と同じものを食べるのを良しとしない人も多いですよ」


「うん、知ってる。私も一応貴族の出だから。無駄に平民を見下すよね、彼ら」


 そこまででもない人もいるが、うちのクソ父などはそれはもうひどかった。

 魔力を持つ魔法使いこそが神の代理人であり、平民を支配する権利がある、みたいな理屈で。

 いや、それは今はいい。


「だから、平民に売るのは素朴な焼肉やスープ。貴族にはちょっと凝った料理。そうやって棲み分けるのはどうだろう?」


「…………!」


 ヴィオラは目を見開いた。

 私は続ける。


「平民向けには、塩を振っただけの焼肉でいいね。だって肉自体がこんなに美味しいもの。大満足でしょ。……で、貴族向けの料理は、香辛料をすり込んだローストチキン、もとい、ローストドラゴンとか」


 さっき解体した感じでは皮も美味しそうだった。弾力があって食べごたえがありそう。

 なら、鶏皮焼き鳥ならぬドラゴン皮焼きとか。北京ダックもどきとか。

 私ができる料理は家庭料理メインだが、工夫次第で応用できるレシピはいっぱいある。


「それに冷凍したままであれば、長持ちするから。他にも夏や秋のうちに野菜を冷凍して、お弁当や定食として売り出す手もあるね」


 正直、この世界で料理するのはけっこう大変だ。

 かまどへ火を入れて煮炊きしなければならないし、食材もさして豊富とはいえない。

 運送網が未発達な上、冷蔵庫もないからだ。


 となると、肉を調理した状態で冷凍するのもアリかもしれない。

 前世の冷凍食品のように、解凍すればすぐに食べられる状態にしておけば、すごく便利だろう。

 電子レンジは存在しないが、お湯で温めるレトルトみたいな感じで何とかなるのではないだろうか。


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― 新着の感想 ―
松阪牛をスーパーで激安価格にして売ってほしい、みたいな話。 ドラゴン肉の希少性からすれば貴族向けと平民向けでは売価が二桁か三桁ズレても驚かない。ていうか王侯貴族でも食べる機会が一生に一度あるかというレ…
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