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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第2章

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25/25

25:決着

「『観』!」


 私が漢字を思い浮かべると、杖に嵌った霊珠が一つ光った。

 実は先ほどから気になっていた点がある。

 ドラゴンの攻撃は激しいのだが、時折妙な隙があるのだ。おかげで私は命拾いしていた。


 観る。観察。

 動詞だからすぐ砕けてしまうけれど、わずかな時間で十分だった。


 ドラゴンの左の脇腹に傷がある。

 蛇腹のような皮膚に隠れて、そのままではよく見えなかった。

 ウロコに覆われていない腹部で、深い爪痕のような傷だ。


 私は崖下で横たわったままの親虎を横目で見た。

 傷跡はあの虎の爪と同じサイズに見える。

 親虎の渾身の一撃がきっと届いていたのだろう。


(腹部……。そうか)


 急所は頭だと思い込んでいたが、そうではないのかもしれない。

 頭は頭蓋骨が分厚く、ウロコにも覆われている。

 腹部であればウロコが薄い。

 攻撃を叩き込むのなら、ここだ!


「……『刃』! 『硬』『貫』!」


 私は立て続けに霊珠に文字を刻んだ。

 杖が光を増して、回路に魔力が巡っていく。

 手で握るだけよりも遥かに力強く、効率よく。手のひらという狭さに拘束されず、いくつもの漢字が光を放った。


 杖から伸びた光の刃で、ドラゴンの鉤爪を払う。


「ギッ!?」


 切る、というよりは貫く動作で、頑丈な鉤爪にヒビが入った。いける!


 いくら『速』の霊珠があっても、体はもう疲れ切っていた。

 けれどこれが最後の正念場だ。

 私は震える足に鞭打って地面を蹴った。

 牙や尾の一撃をかいくぐり、傷跡の走る腹部へと迫る。


 ドラゴンも私の狙いに気づいたようで、傷ついた腹を庇うように動く。

 太い尾を腹の前に持ってきて、ガードした。


「甘いっ!」


 けどそれは、尾が攻撃に使われなくなったということでもある。

 より自由に動けるようになった私は、動きを止めた尾を足場にして高く跳躍した。

 ドラゴンが牙を振るうが、刃で払う。


「……貫け、刃よ!」


 そしてそのまま自重の落下を加えて、刃をドラゴンの腹に叩き込んだ!


 刃は尾と腹の隙間から内部に入り込み、皮膚と肉とを引き裂いた。


「ギャアアァァア!?」


 たまらずドラゴンが悲鳴を上げる。

 無茶苦茶に尾と爪を打ち振るってくる。これほど深手を負わせても、まだ致命傷ではない。とんでもない生命力だった。


 だから私は最後の霊珠を発動させた。

 刻んであった文字は『爆』。

 竜の腹に深く刃を――シルヴァの杖を突き立てたまま、発動の魔力を流す。


 次の瞬間。


 大きな爆発音とともに、竜の腹部が弾け飛んだ。





 目の前にはドラゴンの死体がある。

 腹に大穴を開け、ぶすぶすと黒い煙を立ち上らせている死体が。


 ぐらり、とドラゴンの巨体が傾いだ。

 そのまま力なく地面に倒れ込む。

 ずん、と重量感のある音と小さな地響きがした。


「や……やった!」


 爆発の余波で吹き飛ばされていた私は、体を起こした。

 杖をドラゴンの腹に突き立てていたおかげで、内臓やら皮膚やらがクッションになっており、それほど大きな衝撃を受けたわけではない。転んだだけだ。


「ミャァ!」


 高い声がして、子虎が走ってくる。

 私の足元とドラゴンの脇を走り抜け、崖下で倒れたままの親に駆け寄った。


 何度も顔を舐めて前足で触るけれど、親は動かない。

 近づいてみれば、瞳は半開きのまま虚空を眺めていた。

 そっと鼻の前に手を持っていっても、息吹は感じられない。


 ――死んでしまっている。


「ミュウ……」


 子虎が悲しそうに鳴いた。


「どうだ?」


 気づけばシルヴァが私の横に来ていた。


「駄目みたい。息してない」


「そうか……」


 彼は頭を振り、次に私の肩をがしっと掴んだ。


「で、説明してもらおうか、プリムローズ? あの小さな霊珠は何なんだ?」


「ああ、うん。説明するけど。さすがに疲れたから座りたい」


 正直に言えば、足はもうガクガクで立っているのも難しい。

 親虎から少し離れた場所に座る。

 シルヴァが水筒から水をくれたので、ありがたく飲んだ。


 そうして私は話した。

 十歳の魔力属性鑑定の儀式で、属性ではなく霊珠を生み出してしまったこと。

 そのおかげで、元々不仲だった親から捨てられたこと。

 熊に襲われた時、霊珠に漢字が刻まれて力を振るったこと。

 森で生き残るため、自分の能力を色々と試していたこと……。


「後はシルヴァと出会って、今に至るって感じ。ごめんね、隠していて。突拍子もない力だから、どう思われるか不安だった」


 正直に打ち明けると、彼は肩をすくめた。


「別に。これだけの力であれば、隠すのは当然のことだ。むしろよくもまあ、ドラゴンと戦おうと思ったな? 肝が冷えたぞ」


「うっ、そこは反省してる。……でも後悔はしていないよ」


 私は親虎の横を離れようとしない子虎を見た。

 あの場面で、あの子を見捨てるのはどうしてもできなかった。

 イノシシは殺したくせに、自分でも矛盾を感じる。

 でも子供を見捨てずに助けるのは、私が私でなくなってしまうくらいに大事なことだったんだ。そう気づいた。


「それに、シルヴァにも秘密があったよね。あの杖……杖……」


 言って気づいた。

 霊珠を嵌め込んだ杖は、『爆』の効果を食らって木っ端みじんになってしまっている。


「あぁ、お前が壊したあれな」


 シルヴァは実に嫌味くさいジト目をしていた。


「アレは僕の命にも代わる大事なものだ。お前の窮地に貸したつもりが、まさか直後に派手に壊されるとは」


「ご、ごめん、あの時はあれしか勝ち目を思いつかなくて」


「だいたい無茶が過ぎる! 結果としてお前が無事だからいいものの、大怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」


 シルヴァはだんだんヒートアップしてきた。


「いやあ……。ドラゴンの内蔵がクッションになるから、まあ平気かなって……」


「無茶だ! あとグロい、気持ち悪い! 内蔵まみれの十歳児とか、どこの世界の恐怖物語だ!」


 うーむ。

 杖を壊したのは心の底から悪かったと思っているのだが、気持ち悪いと言われるのは心外だ。

 生き物であれば内臓は誰でも持っているものだし、仕方ないじゃない。


 シルヴァはひとしきり怒鳴ると、はあっと深いため息をついた。


「まあ、いい。杖はまた作ればいいだけの話だ」


「えっ、作れるの!? 命に代わる大事なものなのに?」


 私が驚いて声を上げると、シルヴァはまたもやジト目になった。


「大事だとも。真に大事なのは設計理念だがな。お前が壊したアレは、試行錯誤の末の最新版だ。だが作り方は記録してある。時間があればもう一つ作るのは問題ない」


「よ、よかった……」


 私は胸をなでおろした。

 唯一無二のものだったら、本当に取り返しがつかないところだった。


 シルヴァはにやりと笑った。


「何せ、お前と霊珠という最高の実験材料を得たからな。今後は今までとは比べ物にならないレベルへ到達するだろう」


「へ? そういえば、あの杖は霊珠がぴったり嵌っていたよね。魔力の流れもやたらスムーズだったし……」


「当然だ」


 彼は得意そうに胸を張った。決め台詞を言うように、タメを作ってから口を開く。


「霊珠に対して適性がここまであるとは、僕も知らなかったが。あの杖は既存の魔法概念をくつがえす、いわば魔力循環装置なのだから」


「……ごめん、全く分からない」


 彼は「すごーい!」みたいなリアクションを期待していたのだと思う。

 シルヴァのドヤ顔が凍りついた。みるみるうちに真っ赤になる。尖った耳まで真っ赤だ。


「これだから無知な子供は! 魔法の基礎知識から講義しないと駄目か!?」


「あっはい、お願いします」


「ああ、くそっ! いいか、魔法というのはな……」


 こうしてシルヴァ先生の魔法講義が始まってしまったのだった。

 正直休みたいんですけど。




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