25:決着
「『観』!」
私が漢字を思い浮かべると、杖に嵌った霊珠が一つ光った。
実は先ほどから気になっていた点がある。
ドラゴンの攻撃は激しいのだが、時折妙な隙があるのだ。おかげで私は命拾いしていた。
観る。観察。
動詞だからすぐ砕けてしまうけれど、わずかな時間で十分だった。
ドラゴンの左の脇腹に傷がある。
蛇腹のような皮膚に隠れて、そのままではよく見えなかった。
ウロコに覆われていない腹部で、深い爪痕のような傷だ。
私は崖下で横たわったままの親虎を横目で見た。
傷跡はあの虎の爪と同じサイズに見える。
親虎の渾身の一撃がきっと届いていたのだろう。
(腹部……。そうか)
急所は頭だと思い込んでいたが、そうではないのかもしれない。
頭は頭蓋骨が分厚く、ウロコにも覆われている。
腹部であればウロコが薄い。
攻撃を叩き込むのなら、ここだ!
「……『刃』! 『硬』『貫』!」
私は立て続けに霊珠に文字を刻んだ。
杖が光を増して、回路に魔力が巡っていく。
手で握るだけよりも遥かに力強く、効率よく。手のひらという狭さに拘束されず、いくつもの漢字が光を放った。
杖から伸びた光の刃で、ドラゴンの鉤爪を払う。
「ギッ!?」
切る、というよりは貫く動作で、頑丈な鉤爪にヒビが入った。いける!
いくら『速』の霊珠があっても、体はもう疲れ切っていた。
けれどこれが最後の正念場だ。
私は震える足に鞭打って地面を蹴った。
牙や尾の一撃をかいくぐり、傷跡の走る腹部へと迫る。
ドラゴンも私の狙いに気づいたようで、傷ついた腹を庇うように動く。
太い尾を腹の前に持ってきて、ガードした。
「甘いっ!」
けどそれは、尾が攻撃に使われなくなったということでもある。
より自由に動けるようになった私は、動きを止めた尾を足場にして高く跳躍した。
ドラゴンが牙を振るうが、刃で払う。
「……貫け、刃よ!」
そしてそのまま自重の落下を加えて、刃をドラゴンの腹に叩き込んだ!
刃は尾と腹の隙間から内部に入り込み、皮膚と肉とを引き裂いた。
「ギャアアァァア!?」
たまらずドラゴンが悲鳴を上げる。
無茶苦茶に尾と爪を打ち振るってくる。これほど深手を負わせても、まだ致命傷ではない。とんでもない生命力だった。
だから私は最後の霊珠を発動させた。
刻んであった文字は『爆』。
竜の腹に深く刃を――シルヴァの杖を突き立てたまま、発動の魔力を流す。
次の瞬間。
大きな爆発音とともに、竜の腹部が弾け飛んだ。
◇
目の前にはドラゴンの死体がある。
腹に大穴を開け、ぶすぶすと黒い煙を立ち上らせている死体が。
ぐらり、とドラゴンの巨体が傾いだ。
そのまま力なく地面に倒れ込む。
ずん、と重量感のある音と小さな地響きがした。
「や……やった!」
爆発の余波で吹き飛ばされていた私は、体を起こした。
杖をドラゴンの腹に突き立てていたおかげで、内臓やら皮膚やらがクッションになっており、それほど大きな衝撃を受けたわけではない。転んだだけだ。
「ミャァ!」
高い声がして、子虎が走ってくる。
私の足元とドラゴンの脇を走り抜け、崖下で倒れたままの親に駆け寄った。
何度も顔を舐めて前足で触るけれど、親は動かない。
近づいてみれば、瞳は半開きのまま虚空を眺めていた。
そっと鼻の前に手を持っていっても、息吹は感じられない。
――死んでしまっている。
「ミュウ……」
子虎が悲しそうに鳴いた。
「どうだ?」
気づけばシルヴァが私の横に来ていた。
「駄目みたい。息してない」
「そうか……」
彼は頭を振り、次に私の肩をがしっと掴んだ。
「で、説明してもらおうか、プリムローズ? あの小さな霊珠は何なんだ?」
「ああ、うん。説明するけど。さすがに疲れたから座りたい」
正直に言えば、足はもうガクガクで立っているのも難しい。
親虎から少し離れた場所に座る。
シルヴァが水筒から水をくれたので、ありがたく飲んだ。
そうして私は話した。
十歳の魔力属性鑑定の儀式で、属性ではなく霊珠を生み出してしまったこと。
そのおかげで、元々不仲だった親から捨てられたこと。
熊に襲われた時、霊珠に漢字が刻まれて力を振るったこと。
森で生き残るため、自分の能力を色々と試していたこと……。
「後はシルヴァと出会って、今に至るって感じ。ごめんね、隠していて。突拍子もない力だから、どう思われるか不安だった」
正直に打ち明けると、彼は肩をすくめた。
「別に。これだけの力であれば、隠すのは当然のことだ。むしろよくもまあ、ドラゴンと戦おうと思ったな? 肝が冷えたぞ」
「うっ、そこは反省してる。……でも後悔はしていないよ」
私は親虎の横を離れようとしない子虎を見た。
あの場面で、あの子を見捨てるのはどうしてもできなかった。
イノシシは殺したくせに、自分でも矛盾を感じる。
でも子供を見捨てずに助けるのは、私が私でなくなってしまうくらいに大事なことだったんだ。そう気づいた。
「それに、シルヴァにも秘密があったよね。あの杖……杖……」
言って気づいた。
霊珠を嵌め込んだ杖は、『爆』の効果を食らって木っ端みじんになってしまっている。
「あぁ、お前が壊したあれな」
シルヴァは実に嫌味くさいジト目をしていた。
「アレは僕の命にも代わる大事なものだ。お前の窮地に貸したつもりが、まさか直後に派手に壊されるとは」
「ご、ごめん、あの時はあれしか勝ち目を思いつかなくて」
「だいたい無茶が過ぎる! 結果としてお前が無事だからいいものの、大怪我をしたらどうするつもりだったんだ!」
シルヴァはだんだんヒートアップしてきた。
「いやあ……。ドラゴンの内蔵がクッションになるから、まあ平気かなって……」
「無茶だ! あとグロい、気持ち悪い! 内蔵まみれの十歳児とか、どこの世界の恐怖物語だ!」
うーむ。
杖を壊したのは心の底から悪かったと思っているのだが、気持ち悪いと言われるのは心外だ。
生き物であれば内臓は誰でも持っているものだし、仕方ないじゃない。
シルヴァはひとしきり怒鳴ると、はあっと深いため息をついた。
「まあ、いい。杖はまた作ればいいだけの話だ」
「えっ、作れるの!? 命に代わる大事なものなのに?」
私が驚いて声を上げると、シルヴァはまたもやジト目になった。
「大事だとも。真に大事なのは設計理念だがな。お前が壊したアレは、試行錯誤の末の最新版だ。だが作り方は記録してある。時間があればもう一つ作るのは問題ない」
「よ、よかった……」
私は胸をなでおろした。
唯一無二のものだったら、本当に取り返しがつかないところだった。
シルヴァはにやりと笑った。
「何せ、お前と霊珠という最高の実験材料を得たからな。今後は今までとは比べ物にならないレベルへ到達するだろう」
「へ? そういえば、あの杖は霊珠がぴったり嵌っていたよね。魔力の流れもやたらスムーズだったし……」
「当然だ」
彼は得意そうに胸を張った。決め台詞を言うように、タメを作ってから口を開く。
「霊珠に対して適性がここまであるとは、僕も知らなかったが。あの杖は既存の魔法概念をくつがえす、いわば魔力循環装置なのだから」
「……ごめん、全く分からない」
彼は「すごーい!」みたいなリアクションを期待していたのだと思う。
シルヴァのドヤ顔が凍りついた。みるみるうちに真っ赤になる。尖った耳まで真っ赤だ。
「これだから無知な子供は! 魔法の基礎知識から講義しないと駄目か!?」
「あっはい、お願いします」
「ああ、くそっ! いいか、魔法というのはな……」
こうしてシルヴァ先生の魔法講義が始まってしまったのだった。
正直休みたいんですけど。
読んでくださってありがとうございます。
少しでも「面白そう」「続きが気になる」と思いましたら、ブックマークや評価ポイントを入れてもらえるととても嬉しいです!
評価は下の☆マーク(☆5つが満点)です。よろしくお願いします。
既にくださっているかたは、本当にありがとうございます。




