22:遠足出発
遠出に出発する朝がやって来た。
簡単な旅支度を整えたシルヴァと私は、玄関の前に立っていた。
私は腰から下げる霊珠の袋を三つに増やして、合計九個を持っている。
シルヴァは例の杖のような木の棒を手に持った。
「片道二日、現地で採集一日。合計五日程度の行程だ」
彼が言って、私は頷く。
森を一ヶ月も旅してきた身としては、ちょっとした遠足気分だった。
何より一人ではなく、道案内のパートナーがいるのがとても頼もしい。
それぞれ背負った荷物には、干し肉と残り少ないパンが入っている。
まだ森の木の実は多少はあるし、食べられる草もある。道中で見かけたら確保しながら進むことにする。
「忘れ物はないな? 行くぞ」
「おー!」
そうして私たちは出発した。
西の岩山は木々の梢の向こうに見えているが、なかなか近づいてこない。
私たちは時々お喋りをしながら、せっせと歩いた。
「お、食用キノコがあるな」
シルヴァが言って手を伸ばしたのは、赤い地に白い水玉模様の傘のキノコだった。
「え、えー。いかにも毒がありそうだけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。ただし、よく似たもので毒ありもある。……見ろ、傘のここが反っているだろ。こういう形のやつは食える。ここがまっすすぐなのは毒だ。見分けるのに自信がなければ、手を出さないことだな」
「うーん。もう少し勉強します」
毒キノコは恐ろしい。前世でも死亡ニュースが毎年必ず流れていた。
「あっ。緑の実がある」
私はその木に駆け寄った。
なっている実はいつも食べている例のあれに似ているが、木が蔓草ではない。普通の低木だった。
「これ、食べられる?」
「そいつはマタタビだな」
一歩遅れて来たシルヴァが言ったので、私は目をぱちぱちとさせた。
「マタタビ? 猫が酔っ払うやつ?」
「そうだ。そのままだと辛味が強くて食えないが、塩漬けにするとうまい。果実酒もいいな。場所を覚えておいて、帰りがけに採ろう」
「へぇ~、いいね!」
シルヴァはさすがに詳しい。
「ねえシルヴァ、こういう知識は誰かに教わったの?」
「…………」
すると彼は少し黙った後に続けた。
「母さんが教えてくれた。母さんは薬師だったから」
しまった。また不用意に踏み込んでしまっただろうか。
私がしゅんとしたのに気づいたのだろう、彼はポンポンと私の頭を叩いた。
「気にするな。両親のことはもう諦めがついている。四十年も連絡一つない以上は、そういうことだろう」
事故か、事件か。
詳しい背景が分からないから何とも言えないけど、無事ではないのだろう。
「それにしても、人間である母さんの方がエルフの父さんより草花に詳しいなんて、今思い出しても笑えるな」
いかにも可笑しそうに、彼はそんなことを言い出した。
私に気を遣っているのかもしれない。
「お父さんはどうして詳しくなかったの?」
話題に乗るつもりで聞いてみる。
「母さんいわく『ズボラだから』。父さん自身は『俺は草より肉が好きなんだ』と言っていたが」
なんと、肉好きエルフだった。
エルフと言うと菜食主義みたいなイメージがあったが、あれも作品によるのかな。
「じゃあシルヴァのお肉好きも、お父さんに似たのね」
正直言えばズボラなところも似ているが、それは黙っておく。
「そうかもな。プリムローズのおかげで、最近は腹いっぱい肉が食える。そこは感謝している」
「えー? 他のところも感謝してほしいな。お料理もお掃除もばっちりでしょ?」
「あーはいはい。感謝してる、してる」
「誠意がこもってない!」
言い合いをしながら、笑い合いながら、私たちは歩いていった。
◇
こうして一日目の行程は問題なく過ぎていった。
夕暮れ時になると、野宿の準備をする。
シルヴァは地形をちゃんと知っていて、野宿に適した大木の根本まで案内してくれた。
すぐ近くに川もあったので、そこから水を汲んできて簡単なスープを作る。
秋の冷える時期、温かい食事をお腹に入れておくとずいぶん違う。
(『暖』の霊珠を使った方がいいのかな)
私はこの期に及んでまだ悩んでいた。
霊珠の話は言い出す機会がなく、今でも秘密のままだった。
「プリムローズ。こっちで寝ろ」
シルヴァが自分の隣の地面を叩く。
そこはちょうど張り出した木の根と彼に挟まれて、一番暖かい場所だった。
「私が外側でいいよ」
「生意気言うな。大人しく言うことを聞いていろ」
ジロリと睨まれてしまったので、私は従っておくことにした。
森での立ち振舞いは、彼の方が慣れているのも本当だ。
荷物からそれぞれの毛布を取り出して、くるまる。
シルヴァと身を寄せ合うようにして座った。
「今日は疲れたか?」
「ううん、平気」
「それなら、いい。明日も早いからな。さっさと寝てしまえ」
「そうするね。……おやすみ」
「ああ」
毛布越しに彼の体温が伝わってくる。
そっと上目遣いで見てみれば、すぐ間近に彼の顔がある。
小屋では距離を取って寝ているので、一瞬だけドキリとした。
エルフの血を引くだけあって、とても美しい顔立ちだった。
髪と同じ色の金のまつ毛は長くて、翠緑色の瞳に濃い影を落としている。
鼻筋はまっすぐで高い。気難しそうな薄い唇でさえ、彼の美しさを損ねていなかった。
でも、それよりも。
シルヴァの頬は少年らしい丸みが少し残っている。
大人になりきる前の、柔らかな子供の面影が。
年齢は私よりも――前世の年を足したとしても――上なのに、こうしていると年相応の少年にしか見えなかった。
(前世の息子の寝顔も、こんな感じだった)
思い出すと胸が苦しくなる。
娘にも息子にも、私は親としての責任を果たしてやれなかった。
そして目の前の彼は、親を亡くして長く孤独に暮らしている。
(分かってる。この子は私の息子じゃない。代わりになるようなものではない)
息子と彼では性格も見た目も違う。
取り違えるのは、双方にとって失礼なことだ。
それに現状、助けられているのは私の方だ。
住む場所を与えられ、物資を分け与えてもらっている。
足手まといになっているつもりはないが、親が子を庇護するのとは逆の立場になる。
――それでも。
どうしても彼を放っておく気になれなくて。
私はそっと、彼の肩に頭を預けた。




