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転生少女は魔法の世界を『漢字』の力で生き抜きます  作者: 灰猫さんきち
第1章

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02:捨て子

 その瞬間。

 水晶玉にかざしていた手が熱を帯びた。

 手が熱いのか水晶玉が熱を発しているのか分からないが、とてもそのままではいられないほどだった。

 閉じたまぶたの向こうで光が明滅している。

 神官や家族たちが上げる声が聞こえた。


(もう無理!!)


 私が手を引っ込めようとした、まさにその時。


 急に熱が引いた。

 引いたというよりも、私の手から離れて凝縮していった。


「……え」


 そう言ったのは誰だったろうか。


 カラン、と小さく硬質な音が響く。


 目を開けた私が見たのは、私の手の平から生み出された小さな水晶玉が床に転がっていくところだった。





「これは……小さな霊珠!?」


 神官長が驚きの声を上げる。

 コロコロと転がる玉を拾い上げて、透かすように見ている。

 小さな玉は直径が二センチ程度。祭壇の霊珠の十分の一の大きさだ。


 神官長が小さな玉を拾い上げ、驚きに目を見開いた。


「何ということでしょう。質感も中に『魔力が宿っていない』ところも、霊珠そのものだわ……!」


「どういうことですか。娘の属性は火ではないのですか!」


 父が神官長に詰め寄った。

 神官長は首を振る。


「少なくとも通常の属性ではありません。こんなことは初めてです」


 彼女の言葉に父は色めき立った。


「何だと。我がアートライト家は代々炎の家系。それ以外の属性、いいやそもそも属性ですらないものが出るなど、許されない!」


「伯爵、落ち着いてください。我々としても精査しなければ何とも言えません。今日のところはお帰り願います」


 興奮して唾を飛ばす父と、呆然としている私。継母と義妹はヒソヒソと何かを話している。

 私たちの様子を見かねたのだろう、神官長が続けた。


「後日、改めてウェスタ神殿で調べます。それまではご自宅で静養を」


「……分かりました」


 父は舌打ちしそうな様子で、不承不承黙った。

 神官たちに促され、神殿を出る。

 馬車に乗り込んだが、私は途中でおかしなことに気づいた。

 屋敷に帰る道とは違うのだ。


「アートライト伯爵家に、火以外の属性が出るなどありえない。というよりも、あれは何だ。属性ですらない。ウェスタ神殿の霊珠は、魔力属性を鑑定するためのものなのに」


 ふと、父が言った。

 継母が実に意地悪な笑みを浮かべて、答える。


「あなた、死んでしまった人のことを悪く言いたくありませんが。プリムローズの父親が、あなたではなかった可能性があるのではなくて?」


「……なに」


 そう言った時の父の顔は、どう表現すればいいのだろう。

 怒りと歪んだ喜びが入り混じったような、とても父親とは思えない顔だった。


「きっとそうよ! お姉様、お父様に似ていないもの!」


 意味が分かっているのかどうか、義妹がはやし立ててみせる。

 確かに父は燃えるような赤髪。

 対して私はお母様譲りの銀髪。顔立ちもお母様に似ているとよく言われていた。


 さて、前世の記憶を思い出した今なら言える。「ふざけんなカスどもが、不倫してたのはお前らだろ!」と。

 けれどただの十歳の子供だったこの時は、ただただぼんやりとしているしかできなかった。

 良くない言葉であることは分かっても、何を言われたのか理解できていなかった。


 馬車はどんどん進んでいく。街路を抜け、城門を通り過ぎて郊外へと。

 一時間ほども進むと、町外れの森の入口に差し掛かった。

 この森は王都に近いだけあって、それなりに人の出入りがある。

 今もちらほらと猟師や木こりらしき人々が森に入っていくのが見えた。


 私たちはそこで馬車を降りた。


「お姉様、早く降りてよ。まったくノロマよね!」


 私は降りたくなかったけれど、義妹に小突かれて仕方なく地面に立った。


 父を先導に、私たちは森の奥へと向かって歩いた。

 稀にすれ違う猟師や木こりは、私たちが貴族だと気づくと慌てて道を譲ってくれた。

 父はそんな彼らを蔑んだ目で見るだけで、挨拶もお礼も言わなかった。


 相変わらず継母と義妹はきゃいきゃいとお喋りをしている。


「せっかく魔力属性鑑定儀式の予習に来たのに。変な能力だったから、予習にならなかったわ」


「本当にね。プリムローズはどこまで使えない子なのかしら」


 父と私は無言だった。

 父は振り返らず、ひたすら歩いていく。私は遅れないように必死で後を追った。


 三十分ほど歩いただろうか。

 森の小道が細まり、辺りから人の気配が薄まった頃、父は振り返った。


「プリムローズよ。お前も仮にも我がアートライト伯爵家の子である以上、炎属性以外は許されない。ましてや正体不明の能力などと……。お前が私の血を引いていないと、今日、確信した」


「え」


「お前の母がどこかの男と交わってできた、それがお前だ。そうに決まっている。汚らわしい!」


 父が吐き捨てる。


 今なら言える。「身分コンプレックスこじらせて不倫に走った挙句、お母様に濡れ衣着せてるんじゃねーよカスオブカス!」と。

 モラハラ気質の人間は割とこういう風に責任転嫁と他責をする。実に胸糞悪い。


 でもこの時の私はまだ前世の記憶を取り戻しておらず、ただの無力な子供だった。

 母を侮辱されていると理解はしたが、父親にどうやって言い返していいのか見当もつかなかった。


「お前を屋敷に置いておくわけにはいかん。私の子ではない上に、気味の悪い力を持っている。そんな人間は追い払わねばならん」


「ええ、本当に。炎属性でなかった以上、伯爵家の子ではありませんもの」


 継母が同意した。所作だけは上品に口元を隠していたが、下品な笑みが漏れ出していた。


「どうするの? お父様、お母様」


 わざとらしく両親の手を取って、義妹が底意地の悪い笑みを浮かべている。


「……この森に置いていく」


 とうとう父が言った。

 彼は森の奥を指さした。


「行け。そして二度と戻ってくるな。なるべく人目のつかないところで、野垂れ死ぬなりなんなりしろ」


「そ、んな」


 私の精一杯の抗議は、父の暴力でさえぎられた。思いっきり突き飛ばされて、私は地面に尻もちをついた。

 伸びっぱなしの銀の髪が地面に触れる。


「何度も言わせるな! 汚らわしいガキめが」


 父が歩み寄ってくる。助け起こされるはずはなく、蹴られて私はまた地面を転がった。


「わあ、お姉様、かわいそう! あ、お姉様じゃないんだっけ」


 義妹がけらけらと笑った。

 かわいそうと口では言うが、父の暴力を止めるでもない。ただ笑っている。


「行け! 早く消えろ!」


 再度怒鳴られて、私はのろのろと起き上がった。


(行きたくない。どうしたらいいか分からない)


「行けよ! クソガキが!!」


 背中を突き飛ばされて、また転びそうになる。何とか踏みとどまった。


(行くしかない)


 私の力では大人にかなわない。また蹴られて転ぶのが落ちだ。


(どうしてこうなったんだろう。鑑定の儀式で、よく分からない力が出たから?)


 頭が働かない。思考が止まったまま歩き始める。


「まあ、やっと行ったわ。ノロマで嫌になっちゃうわね。でもこれで、厄介払いができたというもの」


「全くだ。あのような汚らわしいガキを手元に置いておくなど、想像するだけで寒気がする」


 背後から父と継母の声がした。

 もう私の戻る場所はないのだと、実感できた。


 私はたった一人で、森の細い道を歩いていった。


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