17:レッツお料理
食材はたくさんあるが、惜しむらくは調味料が塩しかないことだ。
醤油も味噌も、砂糖もみりんも酒も何もない。味付けはシンプルになってしまう。
となると、レシピは。
「よし。具だくさんスープにしよう」
体が温まって手軽でたくさん作れるとなれば、それがいいだろう。
こんな時のために、解体した山鳥の骨をいくらか持ってきている。鶏ガラみたいに出汁が取れるはずだ。
「水はありますか?」
私が尋ねると、シルヴァは小屋の脇にあるかめを指さした。
「そこに水瓶がある。どうせ川まで汲みに行くから、使ってしまって構わない」
覗いてみると、水瓶には半分くらい水が残っていた。これだけあれば足りるだろう。
とりあえず鍋に入れていた肉を、食べる分だけより分ける。
残した分はシルヴァが家の中から大きな葉っぱを持ってきたので、それに包んでおいた。
「かまど、借りますね」
「本気で料理する気か……」
シルヴァはまだぶつくさ言っていたが、気にしないことにした。
本気で嫌なら追い払うだろうし。
小屋に入ってみると、入口すぐが台所になっていた。手狭ながらもかまどもある。
水と肉を入れた鍋をかまどにセットする。
「火起こし頼みますね。あと、包丁とまな板貸して」
「人使いが荒い」
シルヴァはしかめっ面ながらも、包丁とまな板を渡してくれた。
かまどに新しい薪をセットして、火かき棒で熾火を起こしている。やがて小さな火が灯った。
私はその隙に野菜を切る。
といっても、畑から引き抜いたばかりのニンジンや大根だ。泥だらけなので洗わないといけない。
水瓶の水は残り少なかったが、まあ足りる。
(いっそ『水』の霊珠で一気に洗い流したいけど)
能力を披露するのは、もう少し様子を見てからにしよう。我慢。
素手で洗おうとしていたら、シルヴァが背後から金タワシを投げて寄越した。私の頭に当たり、銀髪に絡みつく。
「それを使え」
「ちょっと! 髪に絡んじゃったじゃない。後ろから投げるのやめてよ」
「知るか。ちゃんとキャッチしない方が悪い」
憎たらしい言い方ではあるが、気を遣ってくれたのは確かだ。
絡まった髪を解いて、タワシでごしごしと野菜を洗い始めた。
(あー、『暖』の霊珠を使いたい)
秋の終わりの水は冷たく、あっという間に指先がかじかんでしまう。
私は今まで、水に触れる時は意識して『暖』を併用していた。こうして使わない時があると、威力絶大だと改めて思う。
川での水浴びとか、霊珠がなければとてもできたものではない。
それでもどうにか野菜を洗い終わった。
大根やらの野菜を抱えて小屋に入り、皮を剥きつつ切って鍋に投入していく。もちろん、鶏ガラを入れておくのも忘れない。
「骨を入れるのか? 食べるのに邪魔だろう」
シルヴァは不思議そうだ。
「こうするとスープが美味しくなるんですよ。まあ見ていて。それよりもう一つお鍋あります?」
「小さいのならあるが」
「それでいいよ。油あります?」
「獣脂なら」
もらった手鍋に獣脂のかけらを落とし、塗り拡げる。
「今度は何を作るんだ?」
「大根とニンジンの皮のきんぴら」
まあ、味付けが塩だけなのできんぴらと言えるか疑問だが。
シルヴァは眉間にしわを寄せた。
「は? 皮? 生ゴミだろうが」
「とんでもない! 野菜は皮と実の間が一番栄養があって美味しいんですよ。ここを食べないなんてもったいないんだから」
前世の知恵である。
ただ捨てれば生ゴミだが、少し手をかければ料理になる。
お金もない、時間もないのシングルマザーは体力勝負だった。いかに少ないお金と材料で、子供たちにしっかり食べさせるか。そういう工夫なら任せてほしい。
野菜の皮を細切りにする。トントン、トントンとリズミカルな音が響いた。
シルヴァから木べらを借りて炒めていく。
油はちょっと臭い獣脂だし、味付けは塩だけ。かまどの火は前世のコンロのように高火力ではない。
それでもせっせと炒めると、ジュワアァッ! と良い音が立つ。
隣でシルヴァがごくりと喉を鳴らしたのが分かった。
だんだんとスープの鍋も煮立ってきて、鶏ガラスープの良い匂いが漂ってくる。
ぐつぐつと煮える野菜類と肉は、いかにも美味しそうな様子だ。
そしてとうとう、料理が完成した。
「プリムローズ特製、鶏ガラの具だくさんスープと野菜の皮のきんぴら。召し上がれ!」
器に盛って食卓の上に並べれば、料理たちはきらきらと輝いているようだった。
温かな湯気が立って、外の寒い空気を和らげてくれる。
シルヴァの小屋に二人分の食器があってラッキーだった。まあ、代わりばんこで皿を使っても私は構わないが。
「さて、いただきます……」
「待て。これも食え」
彼が取り出してきたのは、小さな黒パンだった。
いかにも固そうなそれを半分に割って、自分と私の皿に添える。
野菜はもちろん、パンも本当に久しぶりだ。私はついつい笑顔になる。
「わあ、パン! もらっていいの?」
「別に。料理の手間賃だ」
シルヴァはぷいと横を向く。
彼の様子だとパンは貴重品だろうに、私に分け与えてくれた。
それが嬉しくて、私はにっこり微笑んだ。
◇
料理はどちらも大変美味しかった。
スープはシンプルながらも鶏ガラ出汁が効いていて、塩味にひと味もふた味も深みを増してくれた。
皮のきんぴらはやはり素材が良く、薄切りの細切りにしたために固さは気にならない。
噛めば噛むほど味わいがあって、二人でもぐもぐシャキシャキと食べた。
二人で何度もおかわりをして、やがて満足の息を吐く。
パンは確かに固かったけれど、スープに浸せば食べやすい。またスープを吸ったパンはとても美味で、私は指についたパンくずまで舐め取ってしまった。
「はぁ~、お腹いっぱい。幸せ。こんなに美味しいごはんは、いつぶりだろう」
「まあ、美味かったのは認める」
シルヴァも言葉だけ見ればぶっきらぼうだが、顔は明らかに緩んでいた。
「だが、お前は貴族なんだろう。そこまで感激するほどか?」
「するほどよ。私はもう一ヶ月も森で迷子をしていたし、その前だってろくなご飯をもらっていなかったんだから」
クソ父とテンプレシンデレラ継母&義妹の話をしてやったら、シルヴァは顔を曇らせた。
「家族といえど、愛情があるとは限らない、か」
「そういえば、シルヴァの家族はどこにいるの?」
彼は十四歳程度の少年だ。この世界は前世よりも独り立ちの時期が早いけれど、それでもこの年代なら親と暮らしていてもおかしくないのに。
この小屋は明らかに一人暮らしのサイズだ。同居の家族がいるようには見えない。
「親の居場所は知らない。母親は恐らくもう死んでいる」
「え」
絶句する私に、彼は皮肉そうに笑った。
「僕は何歳に見える?」
「え? えっと、十四歳かそのくらいじゃない?」
「なるほど、人間だとそうなるか。……僕の年齢は六十二歳だよ。十分すぎるほどの大人だ」
「はぁぁ!?」
六十二歳!?
思わず大きな声を上げて、お腹いっぱいだったためにちょっとウップとなった。
そんな私を呆れたように眺めながら、シルヴァは髪を耳に掛けてみせた。
尖った耳があらわになる。
「この耳を見れば分かるだろ。僕は人間じゃない。父がエルフ、母が人間のハーフエルフだ。年の取り方が違うのさ」
その時の彼の表情は。
とても皮肉で……とても悲しそうだった。




