14:北にやって来た
北に進んだ先の森で、私は改めて拠点を作っていた。
今度は崖の洞穴ではなく、岩場に開いた小さな洞窟である。
最初からあった洞窟で、火で燻して虫を追い出した。
土の洞穴はじめじめしがちだったが、しっかりと燻した岩はもう少し過ごしやすい。
川も歩いて三十分ほどの距離にあるので、水の確保もバッチリだ。
洞窟の家の奥には例の箱を置く。
表面に彫られた文様が、今は私と人の世界とを繋ぐ唯一の証だ。
見渡す限りの自然の中で、ちっぽけな人工物の箱とその中身が、私の心を慰めてくれる。
この箱の持ち主、事故を起こしてしまった馬車の人はどんな人だったのかと、時々考えていた。
「はあっ。朝になったけど、寒い」
ある日の朝、洞窟から出てきた私は白い息を吐いた。
周囲は寒くなる一方で、ここが北の土地なのだと実感できた。
前世は北海道出身。だから寒さは懐かしくもある。
けれど懐かしがってばかりはいられない。
(本格的に冬がやって来る前に、生き延びられるだけの準備を整えなければね)
以前はたくさんあった緑の実やアケビは、少し減ってしまっている。
見かけたらなるべく確保しておいて、岩のお家の前でドライフルーツにした。ビタミン大事。
栗やドングリも拾ってきては、鍋代わりのマグカップで茹でる。
マグカップは小さいので不便だが、ないよりずっとマシだ。
食べられる草やキノコを見分けられれば良かったのだが、あいにく知識がない。
下手なものに手を出してお腹を下したら怖いので、やめておいた。
反対に、狩りは割と捗っていた。
ここいらは森の深い部分にあるらしく、動物たちはあまり人間を警戒しない。
ドングリなどを置いて待ち伏せしていれば、リスやウサギ、山鳥などが無防備にやって来る。
そこへ『速』の霊珠でブーストした速度で駆け込めば、案外簡単に捕獲できた。
捕まえてしまえばこっちのもの。解体は得意だ。
ノミやマダニなどの虫に注意しつつ、毛皮を剥いだり羽をむしったりしてお肉の一丁出来上がりである。
お肉は基本、干し肉にする。
『凍』の霊珠も有効なのだが、やはり無駄遣いは省きたいところだ。
霊珠は今、三個は安定して作れるようになった。四個は無理だ。
魔力なのか体力なのか今ひとつ判然としないが、鍛える方法が分かれば鍛えていきたいのだが。
「さて、今日もお肉確保しておこうかな」
洞窟の中に貯めておいたドングリを一掴み掴んで、待ち伏せする場所まで行くことにする。
私は旅の途中で作っておいた、細い蔓草を編んで作った小袋を手に取った。
蔓草を縦横に組み合わせて布状にしたものを、少し太めの蔓で口の部分を通して閉めただけのカンタン巾着袋だ。
目が粗いのであまり小さなものを入れるとこぼれてしまうが、ドングリくらいならギリギリオッケーである。
待ち伏せの場所は決まっていない。その時々で獲物が来そうな場所を決めている。
そんなわけで今日は、森から少し入ったところにある木の根元にドングリを撒いてみた。
あとは木陰に身を隠して待つだけだ。
(さて。獲物、来るがいいわ)
しばらく待ってみるが、今日は何も来ない。
朝の森は小鳥たちのさえずりが響いていて、存外に賑やかだ。
小鳥でもいいから来ないかな……と思っていたけれど、結局何もやって来なかった。
まあ、そんな日もある。
獲物が来たら『速』の文字を刻むので、霊珠は無駄になっていない。だからいいかな。
「干し肉のストックは増えて、食料はだいぶ貯まっているし。じゃあ今日は、探索範囲を広げようか」
ここを拠点としてから、主に狩りをして過ごしてきた。
近くの川を見つけたけれど、あまり探索はしていない。
探索の範囲を広げれば、木の実のなっている場所も新たに見つけられるかもしれない。
私は入れ物代わりのマグカップを手に取ると、歩き始めた。
◇
森はどこまで行っても代わり映えしないようでいて、多少の変化がある。最近になって気づいたことだ。
迷わないように、特徴的な木や地形を覚えておくのだ。
もう目印代わりの布はないので、迷子防止は切実な問題だった。
地面を歩くとしゃりしゃりと音がする場所がある。霜が降りているのだ。
「どうりで寒いわけだわ」
私は昨夜作った『暖』の霊珠を握っているので、ぬくぬくである。
そろそろ夜だけではなく、一日中必要になりそうだ。そうなると霊珠の消費量が上がってしまうな。
より一層の計画性が求められる。
たまに見かける木の実をすかさずゲットしつつ、私は歩いた。
そうして歩いていくと、私は珍しいものを見つけた。
道である。
獣道のように細い道ではあったが、確かに踏み固められたものだった。
「へえ? 実は街道が近かったとか?」
私はあまり期待しないで考えた。
もちろん、冬になる前に人里に出たい気持ちはある。
しかし思うのだ。今の状態で人里に出て、暮らしていけるか? と。
今の私は十歳の子供。時々洗っているものの、ちょっと薄汚れた格好をしている。
何の後ろ盾もなく、孤児だといえる。
霊珠と漢字の能力はあるが、これが異端なのは自分でも分かっている。
これまで漢字の能力など聞いたこともなかったし、属性鑑定の神官も驚いていた。
こんな状態で町に出て、いったいどうしろと?
孤児院にでも潜り込めればいいけれど、そんなものがない町だったら詰みである。
それに自慢ではないが、プリムローズは愛らしい少女だ。
今でこそ森暮らしで汚れているが、お風呂できれいにすればかなりの美少女である。
……別に自慢ではなくて事実です。
実家のお屋敷の鏡で見たプリムローズは、本当に可愛らしい姿をしていたから。
銀髪はきらきらと透き通るようで、紫の目は宝石のようだった。
美人と評判だったお母様とそっくりで、将来が楽しみだと言われていたものだ。
モブ顔だった前世は前世、今は今。
そんな美少女が孤児としてふらふらしていたら、変態に目をつけられないとも限らない。
奴隷はこの国では非合法だが、どんな裏社会があるかなんて私には分からない。
なんか、考えれば考えるほど町は私にとってリスクではなかろうか。
それなら森でサバイバルしつつ食料を蓄えて、そのうち町の人と取引できるような獲物を狩るのはどうだろう。
(普通のウサギや鳥の肉も、需要があるだろうし。イノシシみたいな大物を仕留められれば、稼げるかも)
などと考えながら道を辿っていく。
町はリスクが大きいが、それでも人寂しい気持ちはある。
森に捨てられてからもう一か月以上、何なら二か月近く、ずっと一人で過ごしてきた。
カスな実家よりよほど自由に過ごせたけれど、たまにふと不安になる時もある。
だから町があるなら、場所を確認するだけでもしておきたかった。
しばらく細い道を歩いていくと、ふと木々が開けた。
その先には小屋が一つ、ぽつんと立っている。
ログハウスのような木製の小屋だ。大きさは小さめで、予想だがせいぜいワンルームか手狭な1DKくらいだろう。
屋根ある煙突からは、薄い煙が立ち上っていた。
周囲は小さな畑になっていて、何やら何種類かの作物が植えられている。
「家! 人がいるかもしれない!」
人と出会うのはかなり久しぶりだ。
あの時の猟師以来だろうか。
(いったいどんな人が住んでいるんだろう?)
私は急にドキドキしてきた。




