12:保存食作り
「ぷはー。食べた、食べた。お腹いっぱい」
これ以上ないほどお腹に肉を詰め込んで、私はごろりと地面に寝転がった。
前世の死ぬ直前は割といい年で、お肉を食べてもお腹が量を受け付けてくれなかった。
そもそも私が食べるくらいなら、娘と息子に食べさせてあげたかったし。
こんなにお腹いっぱい食べたのは、今世はもちろん、前世を通しても初めてかもしれない。
それでも焚き火の脇には、まだたくさんのお肉がある。
このままではすぐに傷んでしまうから、保存方法を考えないと。
「お肉の保存方法と言うと……干し肉?」
干し肉? ジャーキー? 違いがよく分からないが、しっかり水分をなくせば日持ちがするだろう。
幸いなことにお肉はスライス済みだ。干しやすいと思う。
私は重たいお腹をさすりながら起き上がった。
まだ昼間だけど、暗くなる前に作業を終わらせておかなければ。
「どうやって干そうかな……そうだ」
まず、周囲から手頃な大きさの石をいくつか集めてきた。
次にその石を四方に配置して、その上に枯れ枝を渡す。
枯れ枝を格子状に渡したら、その上にお肉を置く。
こうすれば上下から風が通って乾きやすいはず。
しかしお肉はまだまだたくさんある。
半分ほども枝の上に置いていくと、石も枝も足りなくなってしまった。
「地面に直置きしていいかな? ……駄目か」
土で汚れてしまうし虫もやって来る。いくら乾燥させた後でも食べにくい。
「ううーん……。霊珠を使うかな……」
手持ちのカラの霊珠は残り一個だけ。
夜までにはもう一つ作れると思うので、今晩の『暖』は確保できる。
「よし。思い切ってやっちゃおう」
せっかくのお肉を腐らせるのはもったいない。
しばらく実験はお休みする覚悟で、私は最後の霊珠を取り出した。
「――『凍』!」
カッと霊珠が光って、『凍』の文字が刻まれた。
それを未処理のお肉の山に添えると、みるみるうちに凍っていく。
やがてカチコチに凍ったお肉の山ができあがった。
同時に『凍』の霊珠は砕けた。
やはり動詞は効果を発揮してすぐに砕けてしまうので間違いなさそうだ。
けれど『刃』の名詞が『硬』の形容詞と接触していると相乗効果があったように、動詞ももしかしたら変化を起こせるかもしれない。
まあ、その辺の確認はまた霊珠を貯めた後の話になる。
「うわ、すごい。かなりの低温冷凍っぽい」
私はお肉を触ってみたが、岩みたいに硬かった。業務用冷凍庫で冷凍したような硬さだ。
これだけ凍っていれば、徐々に溶けるとしてもしばらくは平気だろう。
私は馬車から木材を引き剥がして持ってくると、それをシャベルのようにして洞穴に横穴を掘った。
その穴にカチコチに凍ったお肉をぎゅうぎゅうに詰め込む。
こうすれば、洞穴の中を『暖』で温めても影響は少ないはずだ。
洞穴の前にずらりと並べられた干し肉予定のお肉と、しっかり冷凍されたたっぷりのお肉。
これで当分はご馳走三昧だ。
「うふふ。今後が楽しみね」
私はお肉の山を眺めて、ニマニマと笑った。
◇
その後はゆったりと過ごした。
何せお腹が重たいので、あまりテキパキと動けない。
『速』の霊珠はまだ砕けていなかったが、素早く動いたら「うっぷ」となりそうである。
「このお肉を狙って、魔物や動物が来ないといいけど」
少し考えた結果、なるべく火を絶やさないようにすることにした。
小さな焚き火に絶えず枯れ枝をくべて、炎を燃やしておく。
強力な魔物相手には無意味かもしれないが、動物相手なら忌避感を与えられるだろう。
幸いなことに森は静かで、何かがやって来る気配はない。
お腹いっぱいで焚き火の前に座っていると、とろとろと眠気がやって来た。
「…………」
気がつけばうつらうつらとしていたようだ。
ハッと目を上げると、少し先の藪に何かがいる。
(また魔物!?)
思わず身構えたが、藪から顔を出したのはキツネだった。
どうやらお肉を狙っているようで、じっとこちらを見ている。
「あっち行け、しっしっ。お前にあげるお肉はないよ」
小石を投げて追い払うが、キツネはなかなか立ち去ろうとしない。
当然か。ご馳走の山が目の前にあるんだものね。
私は野生動物を餌付けする趣味はない。どんな病気を持っているか知れたことじゃないし。
「あっち行けってば!」
枯れ枝の先に火をつけて手に持ち、私は立ち上がった。
お腹はもうこなれているから、動いても大丈夫だ。
『速』の霊珠がまだ砕けていないため、人間離れした身のこなしでキツネの鼻先に接近する。
「ピャッ!?」
あまりに素早い動きで驚いたのだろう、キツネは飛び上がった。
逃げようとするが、もっと怖い思いをさせて二度と近づかないようにしなければならない。
「喰らえ!」
私は燃える枯れ枝をキツネの鼻先に突きつけた。
小さな炎はヒゲを焦がして、チリチリと小さな煙を上げる。
「ギャーッ!?」
ヤケドはしなかったと思うのだが、炎の熱気にキツネは心底驚いたのだろう。
ヒゲの先が焼けてくるんとカールしている。
そのままの状態で、キツネは脱兎のごとく逃げていった。
森に静けさが戻った。
「ふふん。二度と来ないでよね」
私はかっこつけて、長い銀髪をかき上げる。
「……って、アチッ! あっしまった、髪が焦げるぅ!」
危うく髪に火が燃え移りそうになって、私は慌てて火消しする羽目になったのだった。
◇
たっぷりの食料を確保した私は、一段と豊かな暮らしを手に入れた。
干し肉作りは案外上手にできて、三日ほどもするといい感じに水分が抜けてきた。
雨が降らなかったのも幸いである。
私は冷凍されたお肉を焼いたり、干し肉をかじったりしてお腹を満たしつつ、霊珠作りに励んでいる。
そうそう、火打ち石での着火に成功した。
一度焚き火が燃え尽きてしまったので、熾火の上でカチカチと火花を飛ばしてみたら、ちゃんと火が点いたのだ。
やみくもに石を打ち合わせるのではなく、火花が飛んだ先に着火しやすいものがあるのが大事だったみたい。
洞穴の住居も少しずつ整えている。
雨や風が吹き込まないように、入口には蔓草を切り取ってきたものをすだれのように吊るしてみた。
『刃』の霊珠を使わずとも、馬車の箱に入っていたナイフがあれば蔓草を切るくらいのことはできる。
洞穴の床には葉っぱを集めて敷き詰めて、簡易ベッドにした。
おかげで土の床に寝るよりも体を休められるようになった。
飲み水は川からマグカップ二個で汲んできて、火にかけて沸騰させてから飲んでいる。
マグカップは金属製だから、そのまま火にかけても何とかなった。
馬車の遺物には助けられてばかりだ。感謝、感謝。
こうなると、ちょっと箱の文様が気になってくる。
いつか王都に戻ったら、これを家紋とする人を探してみてもいいかもしれない。ほとんど命の恩人だもの。
さらに一度は在庫が尽きてしまった霊珠も、今はまた四個ほどの余裕ができた。
徐々に実験を再開したいところである。
「生活が安定して来ると、王都を目指す気持ちが薄れちゃうよね……」
今日も今日とてお肉のデザートに緑の実を噛みつつ、私は独り言を言った。
時刻はお昼時。
お肉でお腹いっぱいにして、緑の実やアケビの実で甘味と水分補給をする。なかなか良いサイクルだ。
冬になるまでに何とかして森を出なければならないのは分かっているのだが、迷子になったトラウマがなかなか消えない。
このまま生きていけるのなら、それでいいじゃないかという気持ちが湧いてくる。
「いやいや、さすがに冬は無理だから。森を出ないと」
クソ父は私が野垂れ死んだと思って喜んでいるだろうが、母方の祖父母は心配していると思う。
娘である私のお母様を病気で亡くして、次に孫の私まで死んでしまったなんて、あんまりだろう。
せめて私の無事を伝えて、ついでにクソ父の所業も教えてやらねば。
「干し肉を持てるだけ持って、もう一度西を目指してみようか」
でもとりあえず今日は、霊珠の実験でもしておこう。
そう思って立ち上がったら。
「おおーい。誰かそこにいるのか……?」
少し遠くから、不意に声がした。野太い男性の声が。




